二〇世紀ひみつ基地

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2011年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年10月

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消えたケヤキ・川反定点観察


2005.02

旭川に架かる三丁目橋より二丁目橋(北)を望む。

二丁目橋手前の樹齢140年ほどのケヤキ並木は那波家の防火林、その下に那波家の水汲み場。


2007.11

那波家のケヤキ並木の手前(南側)に樹齢100年前後と思われるケヤキと樹種不明の広葉樹が、往時の旭川の風情を偲ぶように存在したが、つい先日(2011年9月初旬)通りかかったら、それらの樹木は根元だけ残して、きれいさっぱりと伐採されていた。


2011.09


2011.05


2011.09


2011.09

消滅した樹木の裏側は川反三丁目の「升屋」(那波商店呉服部)。日当たりの悪さを解消するための伐採だったのだろうか。


2010.11 中央通りより消滅した樹木を望む


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ドデンしたエロポスター・秋田駅前大屋根下


2011.09

秋田駅西口、大屋根下、ニュー金座街ビル前、暖色のランプに照らされた可動式ボード(画像左下)に掲示された、もつ鍋屋の従業員の手によるものらしき、ハゲオヤジと水っぽい女が描かれた、妙な雰囲気の手描きポスターが、なんだか気になってデジカメに記録する。



画像をパソコンに取り込んで、よく見ると左下に・・・・・・



光り輝くチ×コが www

描き手がそれを意識しなくても、少し表現がダイレクトにすぎるが、これは一種の「サブリミナル広告」だ。

政治的メッセージや性的イメージを連想させる図形もしくは言葉を、印刷物や映像に忍ばせることで、見る者の潜在意識にはたらきかけて印象づけるとされるサブリミナル。

その効果が実証されているわけではない、いわば「都市伝説」に分類される現象ではあるが、サブリミナル効果を信じるクライアントの依頼を受けて制作したとしか思えない広告は少なくはない。以下の動画はその実例。


Subliminal Sex Messages and Pornography in Advertising and Cartoons

ニュー金座街ビル2F、 もつ鍋・牛タンの「どでん舌」は、増田町の日野精肉店が直営する居酒屋。おなじフロアにある「秋田牛玄亭」も系列店。

店名の由来は秋田方言の「ドデン(動転)した」=「驚いた・びっくりした」。

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2012.10 追記



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サブリミナル効果 - Wikipedia

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秋田高女(秋田北高)・かつての女学校も今は



保戸野の土手より対岸の秋田高女(現・秋田北高)を望む。初代校舎の正門は旭川側を向いていた。


2011.08 保戸野の土手より北高を望む



明治三十二(1899)年、高等女学校令の施行により、道府県に最低一校の高等女学校設置義務が規定される。
明治三十四年(1901)、秋田市中島に「秋田県立秋田高等女学校」創立。遠方からの入学者のために寄宿舎を併設。

尋常小学校(義務教育)および高等小学校卒業後、男子は旧制中学校など、女子は高等女学校などに進むことになるが、家庭の事情で義務教育にさえ通えない子どもが多かった時代、進学できるのは富裕層の子女だけ。とくに女子の進学率は極端に低く、高女に入れることがステータスとなる時代であった。


大正二年十月「秋田高等女学校運動会」体操風景

明治末から大正・昭和初期にかけての女学生の服装は、髪を洋風の束髪に結いリボンを結び、着物に海老茶色の袴、カバン代わりの風呂敷包みをかかえ、洋靴に黒いハイソックスを履く和洋折衷スタイル。

体育の授業や運動会でも同じスタイルで、徒競走など激しい運動をする場合は、着物にタスキ掛けし、袴を膝上でくくって運動性を高めた。大正末の頃になると徐々に洋風の運動着がみられるようになる。


大正十三年五月「秋田高等女学校運動会」ダンス風景

着物に袴姿の生徒の中に洋風運動着の生徒がまじる。運動着もジャンパースカート風やワンピースなどさまざま。

昭和三年(1928)セーラー服を制服として制定。



秋田高女のシンボル「あげまき」のワンポイント刺繍がオシャレだが、なぜこの位置に?

きものと悉皆みなぎ/家紋図鑑/総角(あげまき)
左左右右 あげまき結びの結び方

昭和五年(1930)十月、火災により擬洋風建築の初代校舎焼失。
昭和六年(1931)新校舎落成。


二代目校舎(昭和六年~昭和四十年)

中央エントランスおよび階段にコンクリートを用いて防火ゾーンとした木造二階建て新校舎。旧校舎の正門は北西を向いていたが、新校舎は南西向きに変更。つまり画像の左手奥を旭川が流れていることになる。

昭和二十三年(1948)、学制改革により新制高等学校に転換、「秋田県立秋田北高等学校」と改名。
平成二十年(2008)四月、男女共学が始まり、百余年におよぶ女学校としての歴史に幕をおろす。

詩人で書家・国文学者の尾上八郎(尾上柴舟)作詞、「春が来た」「春の小川」「朧月夜」など、唱歌の名曲を手がけた岡野貞一作曲による校歌は、昭和七年から歌い継がれてきた歌詞の「我等乙女」の部分が「我等若人」に書き換えられて、かつての麗しさを損なってしまった。

秋田高女・秋田北高 旧校歌を聴く(MP3)
秋田北高校歌


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秋田県立秋田北高等学校

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木内デパート展望塔・巫女人形おみくじ自販機



木内デパート屋上「お子さま遊技場」を見下ろし、ロケット型ネオン塔の足場でもあった展望塔の、ピンボール・マシーンが並ぶゲームコーナーのかたすみに、巫女さん姿の人形がおみくじを選んでくれる、からくり仕掛けの自販機が鎮座していたのを憶えているだろうか。

10円硬貨を投入すると鳥居の下に立つ人形が、おもむろに後ろを向き、参道を進み拝殿の扉を押し開けて、おみくじをお盆にのせて帰ってくる、古典的からくり人形の流れをくむ見世物的装置。展望台に立ち寄るたびに、その動きにときめいていた。

昭和30年代から40年代にかけて、デパートの娯楽施設などで見られた「おみくじ自販機」はやがて消失。しかし、今もその仲間たちが各地の神社仏閣・観光地に健在、遠くは中国・台湾にまで輸出され、道教寺院スタイルに姿を変えて活躍している。


北海道定山渓


静岡県浜松市・奥山半僧坊


中国 南京・鶏鳴寺


▲なぜデパートに「おみくじ自販機」?

「おみくじ自販機」を製造する大阪の岡本製作所は、観覧車・メリーゴーランドなど遊園地用遊具全般を手がける機械メーカー。木内デパート屋上「お子さま遊技場」の遊具も同社製と思われ、その関係で「おみくじ自販機」も納入されたものだろう。同様な経緯で、屋上に遊園地がある全国のデパートのゲームコーナーなどに、少々場違いな「おみくじ自販機」が設置されていった。


1973


▲元祖おみくじ自販機の「女子道社」

自動販売機とおみくじの組み合わせは一見異質に見えるが、実は両者の結びつきは深い。全国のおみくじ製造シェア60%以上を誇る、山口県の「女子道社」が「おみくじ自販機」の元祖。
おみくじの故郷・周南市かの
‥‥前略‥‥
女子道社の歴史は明治時代までさかのぼります。男尊女卑の風潮強い当時の世相にあって、先々代の二所山田神社の宮司宮本重胤さんは、神道には本来女性をけがれとみなす思想はなかったことから、女性神主の登用を提言し、女性参政権をいち早く訴えました。女性を対象とした全国組織『敬神婦人会』を設立し、女性の自立を主張、その教化の一環として明治39年機関誌『女子道』を発刊しました。そしてその資金源として考えられたのがおみくじであり、女子道社が創業されました。

心を込めて折られたおみくじは神社に祀られ、清めの儀式の後、日本全国だけでなく、遠くはハワイまで発送されます。おみくじの種類は全部で18種類。先々代が明星派、先代がアララギ派の歌人であったこともあり、和歌を織り込んだみくじをはじめ、金みくじ、赤みくじ、振り出し用みくじなどの他、外国人観光客や学生向けの和英文みくじ、催事・イベント用の開運みくじなど、時代の変化や人々のニーズに応じたおみくじを発案しています。また、羽車式みくじ機、電動式みくじ機などのおみくじ販売機の製造も行い、現在まで多くの神社仏閣へ納品しています。‥‥後略‥‥
寺社仏閣がそれぞれ自家製のおみくじを作っていた時代、宮本重胤氏は吉凶判断に和歌をおりこんだおみくじと、その頒布機械(自販機)を考案。全国の神社に配布する「敬神婦人会」機関誌『女子道』のネットワークを通して、機関誌の印刷技術を駆使したおみくじの販路を拡大していく。

30年以上続いた機関誌『女子道』は廃刊するも、おみくじ事業の「女子道社」は存続、今も各地に見られる、赤い塗装の各種おみくじ販売機はすべて「女子道社」の手になるものだ。


おみくじの自動販売機・女子道社製

ちなみに、ネット上に「宮本重胤が明治39年に開発したおみくじ販売機が我国最古の自販機」との記述がみられるが、日本初の自販機は発明家・俵谷高七が明治21年に特許出願した煙草自販機である。


2010.11 封鎖されて久しい展望塔

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二〇世紀ひみつ基地 1973 県民会館の土手から
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関連リンク

岡本製作所へようこそ

女子道社/周南市観光協会
二所山田神社 - Wikipedia

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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千秋公園ポケットパークから基準超放射線検出

千秋公園「穴門の堀」堀端で造成中のポケットパークの芝生から県の基準を上まわる放射線が検出されたというニュース。
公園の芝生から通常値上回る放射線量 秋田市、工事中の2カ所

 秋田市で工事中の2カ所の公園の芝生付近から、本県の通常レベル(毎時0・022~0・086マイクロシーベルト)を上回る放射線量を検出していたことが12日、分かった。市は8日に検査を実施し結果を把握していたが、「工事中で立ち入り禁止となっている上、近くを通りかかっただけでは健康に影響ないレベル」として、公表していなかった。

 通常レベルを超える放射線量を検出したのは千秋公園ポケットパーク(千秋明徳町)と田尻沢街区公園(新屋田尻沢西町)。市からそれぞれ工事を受注した市内の造園業者が、今年6月に芝生の張り付けを行った。芝生はいずれも茨城県産だった。両公園とも来年3月完成予定で、ロープなどが張られて立ち入り禁止になっていた。

 横手市の保育所で同県の業者から仕入れた芝生を張った園庭付近から、本県の通常レベルを超える放射線量を検出したことを受け、秋田市は8日、同県産の芝生を張った市内の公園3カ所の放射線量を測定。地上1センチの空間放射線量は、千秋公園ポケットパークが毎時0・112マイクロシーベルト、田尻沢街区公園が同0・156マイクロシーベルトだった。

 市は近く、芝生の放射性物質について詳細な検査を行い、除去が必要かどうか判断する。
(2011/09/12 20:06 更新)
公園の芝生から通常値上回る放射線量 秋田市、工事中の2カ所|さきがけonTheWeb
茨城産芝生から通常値超 秋田の公園

 秋田市の「千秋公園」と、同市新屋田尻沢西町の「田尻沢街区公園」で、同市が、ともに一般市民が立ち入ることができない区域の芝生上の空間放射線量を測ったところ、それぞれ県の通常レベルの最大値である毎時0・086マイクロ・シーベルトを上回る同0・1121マイクロ・シーベルトと、同0・1558マイクロ・シーベルトを検出していたことが12日、わかった。

 両公園を管理する同市は今後、人体への影響などを調査した上で除去などの対応を決める。同市公園課によると、これらの芝生は、千秋公園が茨城県土浦市産、田尻沢街区公園は同県つくば市産で、いずれも秋田市の業者が6月、市の委託を受けて、それぞれ130平方メートル、234平方メートルに植えた。両公園とも、芝生のある区域は2012年3月末まで工事中のため市民は立ち入り禁止となっている。

 今月8日、東日本大震災後に茨城県産の芝生を植えた市内3か所で測定して検出したが、同市は公表していなかった。同課は「一般の人が立ち入ることがない区域なので、公表しなかった」としている。
(2011年9月13日 読売新聞)
茨城産芝生から通常値超 : 秋田 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
新たに秋田市の公園の芝生からも高濃度放射線
2011.9.13 02:06

 横手市内の保育園の芝生から高い放射線が検出された問題で、秋田市が調べた公園2カ所の芝生から高い放射線が検出されていたことが12日、分かった。両公園とも来年4月オープンに向け、工事中で立ち入り禁止だったため、市民への影響はない。

 市公園課によると、放射線の数値は千秋公園ポケットパークが毎時0・1121マイクロシーベルト、田尻沢街区公園が同0・1558マイクロシーベルトで、県のモニター調査の通常レベルの上限同0・086マイクロシーベルトを超えていた。
新たに秋田市の公園の芝生からも高濃度放射線 - MSN産経ニュース

2011.08

緑の斜面が例の芝生、その奥が広小路をはさんで「木内」。造成中のポケットパークがあるのは、2007年に建物二棟が取り壊されて更地になっていた場所。

今回検出された「0・1121マイクロシーベルト」という数値を、日常生活で受ける放射線量と比較すると・・・

100マイクロシーベルト 胸部レントゲン
200マイクロシーベルト  東京・ニューヨーク間を飛行機で往復
2400マイクロシーベルト  一年間の自然被曝量(世界平均)
6900マイクロシーベルト  胸部CTスキャン

除去などの対処をするに越したことはないが、まあ気にする必要のないレベル。むしろ神経質になりすぎてストレスをためるほうがよっぽど体に悪い。

造成中のポケットパークについての詳細は稿を改めて。


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2011年10月9日追記


2011.10

10月6日、汚染芝生を除去。

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二〇世紀ひみつ基地 広小路堀端・定点観察

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秋田駅前廃墟2011・ホテルハワイ駅前店


2011.08

経営不振により2009年倒産したホテルハワイ駅前店の、放置されて雑草がはびこるエントランス。

築40年の老朽化した建物は、評価額の4分の1(約1900万円)まで下げた三回目の競売でも落札されず、解体するにしても巨額の出費となるため手のつけようがない状態であることを、2011年3月30日付の YOMIURI ONLINE(読売新聞)が伝えている。

競売でも買い手ない秋田駅前の「ホテルハワイ」 : 住宅・不動産ニュース : YOMIURI ONLINE

その昔、この地は久保田城をとりまくお堀の一部であった。(下記関連記事を参照)上掲記事中に「土地は千秋公園一帯の地主が所有しており・・・」とあるから、明治維新で東京への転居を余儀なくされた佐竹家(旧城主)が今も変わらず当所の地主なのだろう。


2011.09

手入れする者もなく荒れ果てた、エントランスの植木と前方屋上の空中庭園。


2004.05

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土崎港「B級的昭和レトロ自販機」佐原商店


2011.07

土崎港に昭和33年創業の船舶食糧商「佐原商店」。

船舶食糧商とは、おもに外航船の食糧を中心に、船舶用品・部品などのほか、違法なブツ以外ならば注文次第でなんでも納入する、専門用語で「船食」と呼ばれる商売。依頼があれば、交通機関のチケットや旅館の手配、外国人でも安心して飲める飲食店の紹介などもしてくれる、船乗りにとって頼りがいのある、港の“なんでも屋”さん。



その「佐原商店」の言わずと知れた名物が、ハンバーガーと麺類を販売する二台の昭和レトロ自販機。どちらか一種・一台の設置はさほど珍しくないが、二種を併設するコーナーは全国的にも少ない。ハンバーガー(テリヤキ・チーズ)、そば・うどん各200円。麺類の味に定評あり。




'0909 懐かしB級巡り 31 秋田県秋田市 佐原商店1 うどん・そば自販機




'0909 懐かしB級巡り 32 秋田県秋田市 佐原商店2 ハンバーガー自販機



店舗の脇に手洗いシンクとテーブルを設置、天井からトウガラシのビンがぶらさがる。

全国のレトロ自販機を網羅し、上掲の動画を撮影した、有名サイト「グーテンバーガー~味わいの自販機コーナー~懐かし自販機」によれば、ハンバーガー自販機の全国残存数は合計20台に満たないというが、秋田市内には「佐原商店」のほかに、「秋田市立体育館」「秋田県立スケート場」と、合計三台が現存している。


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秋田駅前居酒屋激戦区・定点観察


2011.02


2011.02

外食大手チェーンのあいつぐ進出により、近年は居酒屋激戦区となった秋田駅前の、70年代からつづく「郷土料理・太平山」が閉店。隣接して同居する「味十番」(初期店名・味一番)も同時期からのラーメン屋だったが数年前に店を畳んでいた。


2011.02


2011.08

今年の(2011)8月、旧「郷土料理・太平山」の場所に、象潟の鮮魚問屋直営の「フィッシュジャパン」が経営する居酒屋「かまくらの郷」がにオープン。

その左隣の居酒屋ビルがかつての「スポーツボックス竹半」。さらにさかのぼると、戦前からこの近くで営業していた駅弁の「東洋軒」。


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関連リンク

太平山 - 秋田/郷土料理(その他) [食べログ]

活魚問屋直営 フィッシュジャパン/かまくらの郷
かまくらの郷/クーポンのホットペッパー
かまくらの郷 - 秋田/居酒屋 [食べログ]

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