二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●音楽●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

2010年12月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年02月

| PAGE-SELECT |

≫ EDIT

名物「八橋とうがらし」と寿量院

●寿量院は徳川幕府のスパイ機関?


日吉八幡神社裏門

外町の総鎮守、八橋の山王さん(日吉(ひえ)八幡神社)の、羽州街道に面した裏門はもともと、神社南隣の台地にあった東照宮・寿量院(天台宗・寺禄二百石)の山門であった。

徳川幕府はその威光をあまねく知らしめすため、日光東照宮(徳川家康を神格化した東照大権現を祀る)を総本山とする分社を各地に配置。そのひとつであった秋田の東照宮・寿量院の前史をひもとくと、天和二年(1682)、三代藩主佐竹義処(よしずみ)が、天徳寺内に徳川将軍家代々の御霊(みたま)を祀る御霊屋を造営したことにはじまり、元禄年間の八橋帰命寺を経て、延享三年(1746)造営の寿量院に御霊屋を移す。

初代久保田藩主・佐竹義宣は、関ヶ原の戦いにおいて石田三成の西軍に内通したことが、徳川家康の怒りを買い、水戸から東北の片田舎・久保田に左遷されたあげく石高は半減、大家臣団を抱えて財政の困窮がつづく。そんな佐竹氏が徳川将軍家の位牌を祀る霊廟を造営した理由は、徳川家に二心無きことを証明すること、つまり服従を表明するため。内心は忸怩たるものがあったに違いないが、この時代、幕府に逆らうことは一族の滅亡を意味した。

上野の寛永寺(徳川将軍家の菩提寺)もしくは日光東照宮から一年交替で派遣された寿量院の院主(住職)は、数十人の僧侶とともに徳川方に対する佐竹氏の感情と藩の動向を監視する探偵の役目を兼ねていたともいわれている。

幕末から維新の動乱期に入り、徳川幕府の息がかかった寿量院は急速に衰退し廃寺に。戊辰戦争では官軍の野戦病院として利用された後、かつては華麗な伽藍を誇った大寺院は明治四年に解体。その一部は同年に焼失した八橋菅原神社の再建に活用され、山門は北隣の日吉八幡神社に移設された。


日吉八幡神社裏門


菅原神社

大正十五年、寿量院跡地に秋田測候所(現・秋田地方気象台)が牛島町から移転。八橋球場を見下ろす気象台の高台は、プロ野球の試合があると無料外野席としてにぎわった。平成元年、秋田地方気象台は山王の合同庁舎に移転。


寿量院跡地

垣根の向こうが寿量院跡地。左手に八橋球場のスコアボードがみえる。


大きな地図で見る


●名物「八橋とうがらし」は寿量院の置き土産?

日光から派遣された寿量院の僧侶がこの地にもたらしたと伝えられているのが、寺内村八橋の往年の名物「八橋とうがらし」。
名物「八橋唐辛子」と云うのは牛蒡の千切りにせるものを紫蘇の葉にて包み軽い塩味と蕃椒(※ばんしょう・唐辛子の異称、またはその粉)に依る辛みとを施せるもので、その昔寿量院の僧日光より持ち来たって植え之を作りその後連綿として続き現在に到るものである。八橋唐辛子製造は八橋部落の大半の家庭により行われているが、特に農家に多く秋の農繁期である稲上げが済むと女の手に依り牛蒡きざみやら紫蘇巻やらが行われ、樽漬けにされる。こうして約五十日が過ぎた十二月の末頃唐辛子は樽から取り出されて何本かゞ一把に結ばれ、商品となる。吹雪吹く師走の町をモンペに白ホーカブリそしてショイカゴ姿の女達に依って「トウガラシヤアーエ」と叫び売り歩かれる八橋唐辛子はやはり何と云っても本町での忘れられない名物である。然しこの行商も今では昔の如き主婦の正月前のホマツセンコカセギ(※泡沫銭コ稼ぎ)の小経営販売の域は脱して組合組織に変わり多量に遠地に売り出される様になった為、あまり見ることが出来ないのは残念である。
昭和二十二年刊『寺内町史』より
稲刈りの終わった農閑期、八橋の大半の農家で栽培していたトウガラシを加工し、行商によって販売していた「八橋とうがらし」はやがて、組合組織の会社で大量生産されるようになる。


書籍広告・大正七年

大正七年に名古屋で開催された「全国食料品博覧会」において一等賞を受賞した、八橋商会謹製の「八橋とうがらし」、商品名「とうがらし佃煮」。
八橋の名物は数多いが、その一つに“八橋のトウガラシ”ことシソ巻きがある。秋のとり入れの後の、農家のアルバイトであった。‥‥中略‥‥
ゴボウにシソを巻き、トウガラシをきかせた塩づけで、数本の細いワラで結ぶ。 からし、とンがらーし。 と女の人たちが市内で呼び売りした。男のほうは ああ、辛いはナンバの粉。 とトウガラシ粉を売る。カラシの伝来については、寿量院の日光僧がもたらしたという説がある。
昭和三十九年『秋田魁新報』より
この記事が書かれた時点で、まだシソ巻の「八橋とうがらし」を製造する家があったというが、もしかしたら今も八橋地区では自家用に造る家があるのかもしれない。記事中に「男のほうは ああ、辛いはナンバの粉。 とトウガラシ粉を売る」とあるが、昭和四年の新聞記事に、それを売り歩いたと思われる「唐辛し爺ちゃ」を惜しむ記事がある。
惜しまれる・・・
 唐辛し爺ちゃ

  市中をふれあるいた
    あの声はもう聴けぬ


市外寺内村が出所であり名物の一つとして今以て賞美され又同村唯一の財源として売れ高も相当額に上っているものに例の唐辛しがあり今でも八十余歳の老翁が朝まだき市中をふれ歩いているので人これを呼んで「唐辛し爺ちゃ」とされるものに同村時治祖父井筒武助(八五)があってこれが抑もこの唐辛しの元祖と称されているのである然るに去る二十八日午前九時過ぎ八橋畷を通行中自動車にはね飛ばされ惨たらしくも死んだので今後同爺の姿を永久に見ることが出来なくなった訳である‥‥後略‥‥
昭和四年『秋田魁新報』より
はたしてシソ巻の「八橋とうがらし」はどんなものだったのか、ネットを検索するとそれに類似した商品がいくつかあった。


漬物王国山形の辛いお漬もの【桂巻】いげたや庄司醸造株式会社

こちらは山形の老舗漬物屋が造る、ゴボウとトウガラシをシソの葉で巻いた味噌漬け「桂巻」。材料は「八橋とうがらし」と同じだが、塩漬けではない。同店では、きざんだトウガラシをシソで巻いた「しそ巻なんばん」も製造している。

そしてもうひとつ、青トウガラシをシソの葉で巻いた塩漬け、日光名物「志そ巻きとうがらし」。



 志そ巻きとうがらしは、日光修験が体を暖める耐寒食として愛用したことから起こったといわれ、日光東照宮造営以後は、日光詣りのお札にそえる「日光みやげ」にされたといわれています。このことにより、志そ巻きとうがらしは「日光とうがらし」ともいわれています。

 修験道は普通の仏教と違って、香辛料や薬味を嫌わないところがあります。とうがらしは16~17世紀に日本に渡来した香辛料ですが、羽黒修験でも「南蛮いぶし」というとうがらしの煙りでいぶす修行が行われています。

 日光修験の強飯式(日光の輪王寺で行われる山盛りの飯を強要する神事)でも、山盛り飯で責めた後、『中禅寺の木辛皮、蓼ガ湖のたで、御花畑のとうがらし、寂光の大根……』の口上とともに、とうがらし、木辛皮(山椒の樹皮)、蓼、大根をのせた『菜膳』が出されています。

◇ ◇ ◇

 そんな修験道と共に三百年前から伝わるのが志そまきとうがらしです。当店は古くは輪王寺へ供物を納める店でもあり、江戸末期から明治初期頃から志そまきとうがらしの本格製造をはじめ、現在では日光で唯一の製造元となり、伝承三百年の志そまきとうがらしを中心に日光伝統のたまり漬など幅広く販売しております。

とうがらしは青色がベッコウ色になるまで塩漬けにして、特別な種類の紫蘇の葉を塩漬けにし、一本一本丁寧に手で巻いています。

 このとうがらし1本のビタミンCはレモン10個分に相当するほどで、山にこもって修行する修験者たちの知恵ある食べ物でもありました。

落合商店「当店と志そまきとうがらしの歴史」より
この「志そ巻きとうがらし」別名「日光とうがらし」こそ、日光修験の流れを汲む日光東照宮から派遣された、寿量院の僧侶が八橋にもたらした「八橋とうがらし」のルーツに違いない。

_________

関連リンク

【楽天市場】~伝統の味~いげたやのお漬物 > なんばを使った辛い漬物:山形大石田 食彩処いげたや

元祖 志そまきとうがらし 落合商店
日光修験者たちの耐寒食「志そまき とうがらし」【 Flavo! 】

関連記事

二〇世紀ひみつ基地 八橋「おでんつぁん」のお祭り

日吉八幡神社(ひみつ基地内検索)

| 食材・食文化 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

老木の兎の神は月の神・八橋の山王さん


2004.05

「八橋の山王さん」と親しまれた秋田市外町の総鎮守・日吉(ひえ)八幡神社の境内にあるケヤキの老木。神鳴(雷)に打たれて生じたとおぼしき深い亀裂を覗くと、暗い洞(うろ)の中に神棚が置かれている。


2005.01

その神棚に祀られいてるのは今年の干支のウサギ。以前は翡翠色二体・白色一体の陶器のウサギがあったが、今年の初詣に確認すると一体が消失し、扉の前の皿に賽銭が供えられていた。


2011.01

社務所でこの神棚の由来について訊ねると、先代か先々代の宮司の時代からあるものらしいが、くわしいことは全く解らないという。神社ではなく外部の崇拝者の手により設置されたものかもしれない。

子孫繁栄・豊穣・跳躍などを象徴する縁起の良い動物であるウサギは八幡神社とも少なからぬ縁がある。

全国の八幡神社の総本社、大分の宇佐(ウサ)八幡宮の草創にかかわり代々大宮司を務めたのは、莵狭津彦(ウサツヒコ)莵狭津姫(ウサツヒメ)を祖とし、ウサギをトーテムとした氏族・宇佐氏であった。

その嫡流筋の宇佐公康氏が宇佐家の古伝を検証した『古伝が語る古代史・宇佐家伝承』(木耳社)によれば、古代莵狭(ウサ)族は
ウサ神を氏神として祀っていた。『古事記』に見える〈稲葉の白兔〉とは、実は莵狭族の族長をさしていったのであって、動物の白ウサギではない。
さらに莵狭(ウサ)族の天職について
古代日本人は、氏族の名称を動物や土地の呼び名になぞらえて、氏族の由来や職業を表示していたから、莵狭族の天職とするアマツコヨミ(天津暦)、すなわち、月の満ち欠けや、昼夜の別を目安として、月日を数えたりするツキヨミ(月読)やヒジリ(日知・聖)、または、天候や季節の移り変わりを見定めるコヨミ(暦)の知能によって、肉眼で見る満月面には、濃淡の模様があり、この遠くて手に取って見ることのできない模様が、あたかもウサギに見立てられるところから、月をウサギ神として崇拝し、そのツキヨミ(月読)の天職をもって、莵狭族と称するようになった。したがって、莵狭族の神はウサ神、すなわち月神である。
と著している。

八幡神社の総本社・宇佐八幡宮を創建した宇佐氏の氏神「ウサギ神」=月の神「月読尊」(ツクヨミノミコト)と、日吉八幡神社の老木の洞(うろ)に祀られたウサギがここでシンクロナイズした。

「月を読む」とは「月の満ち欠けを観察し月齢にもとづく暦を用いる」こと。ちなみに「暦」(コヨミ)の語源は「日にちを読む」という意の「日読み」(カヨミ)。古代から農事は月齢をもとに日程が組まれた。「月を読む」という行為には、豊作・豊穣の祈りが込められていることから、月の神を象徴する「ウサギ」は豊穣のシンボルということになる。

_________

関連記事

日吉八幡神社(ひみつ基地内検索)

| 祭り・民俗・歳時記 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

2011.01.10 友川カズキ LIVE 配信

2011年1月10日(月/祝日)
19:00 - 21:00 「ACORESTICS#5 feat.友川カズキ」
LIVE!! /友川カズキ MC/ 磯部涼

DOMMUNE (ドミューン)にて生配信予定。

下記アドレスの方が見やすい。
DOMMUNE on USTREAM

_________

関連リンク

DOMMUNE (ドミューン)

友川カズキ :: KAZUKI TOMOKAWA
映画『花々の過失』(原題:La Faute des Fleurs)公式サイト

関連記事

二〇世紀ひみつ基地 産館ホールへ行こう
二〇世紀ひみつ基地 どこにもない絵・友川カズキ
二〇世紀ひみつ基地 友川カズキはコトバを越える
二〇世紀ひみつ基地 秋田の犬、EUで吠える
二〇世紀ひみつ基地 広小路に「ヤング広場」オープン・1972
二〇世紀ひみつ基地 友川カズキと能代バスケット
二〇世紀ひみつ基地 映像作家ヴィンセント・ムーン、友川カズキに迫る
二〇世紀ひみつ基地 ホームコメディの主題歌は「生きてるって云ってみろ」
二〇世紀ひみつ基地 友川カズキ主演映画・ベスト音楽映像賞受賞!
二〇世紀ひみつ基地 稀代の表現者ちあきなおみ&友川カズキ
二〇世紀ひみつ基地 ドキュメント映画『花々の過失』予告編・友川カズキ
二〇世紀ひみつ基地 友川カズキ『花々の過失』秋田上映&ライブ決定
二〇世紀ひみつ基地 おい、俺を撃つなよ!・金八先生と友川カズキ

| 読む・観る・聴く | 20:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

秋田駅前商店街とヨーカドー変遷

さようならイトーヨーカドー(その2)


秋田駅前 1975

再開発前の秋田駅前。左上にバスの駐車場として利用されていた「高裁」跡地。その下に「東北電力」跡地。中央に南北に延びる金座街。この数年後、右下の南地区商店街に「イトーヨーカドー」を核テナントとするショッピングビル「秋田ショッピングセンター」が竣工する。


大きな地図で見る


1977年頃

戦後まもなく形成された商店街、平和通り・銀座街・末広町が交叉し、駅前通り・中央通り・仲小路に面した南地区商店街。隣接する金座街を含めて、その商店街を形成する各店舗の間口・奥行きは、末広町の西側にみられるように、一部を除いて同じ面積だったが、時代が下るにつれ、隣接地を譲り受けて店舗を拡幅する商店が目立つようになる。


1977年頃

ショッピングビル建設で消えた南地区商店街で営業していた約90人の地権者のうち、転出・廃業組をのぞく商店は、広小路の旧地検跡地(現・アトリオン)に建設した鉄骨平家建ての仮店舗「フレンドコア」に一時移転。


1980.11.22

昭和55年(1980)11月22日、「秋田ショッピングセンター」オープン。旧南地区商店街の地権者の他、一般公募をあわせて約80店のテナントが入居した。


秋田ショッピングセンター 創業時テナント 1980



7F

飲食街のフロアイタリアンレストラン トリトン
そば処 関所鳥料理 福鳥割烹 旭川
パーラー パルルやちよ太鼓寿司
カレーショップ かまくらとんかつ一番
じゃがいもとにくのみせクラム
中国レストラン ほうらい軒
うなぎ・なべ料理 六兵衛
しゃぶしゃぶ・すき焼・天ぷら 煌(あかり)
ジンギスカン てむじん
フランス料理 ベルネージュすずむら
ファミレス ファミール(ヨーカドー系)
佐藤歯科医院


6F

ホームファッションのフロア理容室 ヘアーサロン ヴイ佐々木
美容室 シャトー
時計・貴金属 モントル オノ
メガネの玉屋DPE ・カメラ 美光堂


5F

暮らしのフロア書籍 ブックスささき
ファンシーギフト Happy Day
レコード・楽器 カシワヤ楽器
インテリア小物 アベの家具


4F

子供と呉服のフロア呉服 秋田きもの呉服 きもの苑 高坂
履物 都屋印章 武田印房
ベビー・子供服 チャイルドまつや
フルーツパーラー チャッピー


3F

紳士とスポーツのフロア紳士服・ジーンズ かめやアベニュー
紳士用品 メンズシティー
紳士服 エフワンメンズなかよし駅前店
紳士服 メンズショップまつや
メンズブティック ピアマルヤス
釣具 フィッシングさんこう
喫茶 リスボン


2F

婦人ファッションのフロア アクセサリー 青山 DADA
婦人服 ドーナなかよし
婦人服 ノン・セゾン婦人服 カトレア
婦人服 未来婦人服 MODE 馬里奈
婦人服 メリーアン
婦人服 Boutique Hiratoku
フルーツパーラー リンゴの樹


1F

ファッションバラエティーのフロア婦人服 ブティック63婦人服 エバ
婦人服 パル靴・鞄 プリモ カワカミ
たばこ・喫煙具 105
アクセサリー 原宿 JIN JIN
薬品・化粧品 くすりの小泉
化粧品 マインなかよし
ミッキーのクリーニング
DPE ・カメラ 美光堂
アクセサリー ビジュ オノ


B1

総合食料品のフロアファミリーストアなかよし駅前店

そば・うどん まんぷく
カレー まんぷく
ハンバーガーショップ アメリカ
スパゲッティ・ピザ デリカワールド・トリトン
ジュース コメット
アイスクリーム ありす
コーヒーショップ もんちっち
焼きもの 花むら寿司 若寿し
ドラックなかよし駅前店
お茶・のり 緑司園フランス菓子 梵葉
和菓子 伊勢屋和洋菓子 勝月
おだんご 信濃や
ベーカリー レアルたけや
クレープ・元禄焼 元禄
和洋酒 IKAWA寿司 ごん兵衛
和総菜 横田屋中華 幸楽
惣菜 アラカル亭ミートショップ かとう
「ヨーカドー」テナントを除く

以下に例をあげたように、旧商店街時代の店名を継続するテナントの他、業態はそのままで店名を改称、または、まったく別の業種に転業する例も少なくはなかった。
「ヤマサストア」→「ブックスささき」
「中央電気商会」→ファンシーショップ「Happy Day」
食堂「幸楽」→中華「幸楽」和総菜「横田屋」
中華料理「豊来軒」→中国レストラン「ほうらい軒」
おもちゃの「ポパイ」→しゃぶしゃぶ・すき焼き・天ぷら「煌・あかり」うなぎ・なべ料理「六兵衛」
「駅前食堂」→イタリアンレストラン「トリトン」
「信濃屋旅館」→だんご「信濃や」
「スナックキムラ」→アイスクリーム「アリス」
「食堂まんぷく」→「カレー・まんぷく」「うどん・そば・まんぷく」
「たけや製パン」→「そば処 関所」ベーカリー「レアルたけや」
「秋印青果」→フルーフパーラー「リンゴの樹」
「高田果物店」→フルーフパーラー「チャッピー」

秋田ショッピングセンター テナント 2000








オープンから20年を経過すると、旧商店街時代からのなじみのテナントがずいぶん少なくなった。中華料理の名店「ほうらい軒」は7階レストラン街から地下フードコートに移転後に廃業。だんごの「信濃や」のように転出した店舗も。


カレーショップ かまくら 2004.01

中央通りに開業し、7階レストラン街に入っていたカレーの人気店「かまくら」。本格的ドライカレーとコーラのセットが好きでよく食べた。ショーウインドウに「都合により午後三時で閉店・・・」の貼り紙があるが、撮影後まもなく店を閉じてしまう。


秋田ショッピングセンター テナント 2010.10



7F

味と憩いのフロアパルルやちよどん扇屋ファミール
芝のらーめん屋さんてもみん
秋田カルチャースクール


6F

住まいと暮らしのフロアビューティサロン シャトー
メガネの玉屋100円ショップCan Do
武田印房


5F

子供とカルチャーのフロアブックスささきメガネ・時計 コニシ
ゲームコーナー ペニーポット


4F

ファッション・紳士と肌着のフロア森長モードセルネ履物 都屋
三松JTBトラベランド


3F

婦人ファッションのフロアBoutique Hiratokuツーフェイス
婦人服 未来カトレアダダ
ノンセゾンオアシス
きものの苑 高坂 喫茶 リスボン


2F

婦人ファッションとコスメ&ドラッグのフロアメリーアン ビスページⅡ
Mセレクションビーズハウス マミー
シーベレット
マインなかよし
ラッグなかよし
サーティワン・アイスクリーム金萬


1F

婦人ファッションと服飾雑貨のフロア香の専科 香MIX-O
靴・鞄 プリモカワカミ
たばこ喫煙具・時計 105
鞄 モリタ
靴修理・合鍵 イング


B1

食品のフロアパン ブレッズコート和惣菜 横田屋
井川酒店フォーナイン
ラーメン・そばラ ママン8・8
たこ佳おやつショップ Ei・Ei・O
イタリアントマト
「ヨーカドー」テナントを除く(ウィキペディアを参照)

以上はイトーヨーカドーが撤退する直前のテナント。30年前のオープン時からつづく店名は数えるほど。


 「フォンテAKITA」2010.12 プレオープン時テナント



7F

コーヒー&デザート パルルやちよ
ファミール芝のらーめん屋さん
まちの駅 あきた
秋田カルチャースクール


6F



5F



4F

武田印房美容 シャトー
プレイランド ペニーポット
コンタクトレンズ ひろこうじレンズセンター


3F

メガネ・時計 コニシレディス 舶来屋
レディス 都屋
レディス ベルハウスレディス カトレア
レディス 未来レディス フォーマルメッセージ
きものの苑 高坂レディス ノンセゾン
レディス オアシス
レディス ツーフェイスレディス ヒラトク
レディス ジャンニ・ロ・ジュディチェ
レディス ダダ
紳士服 森長


2F

化粧品 マインなかよし
薬・生活雑貨 ドラッグなかよし
サーティワン・アイスクリーム秋田銘菓 金萬

2011年2月、生活雑貨「ロフト」入居予定


1F

バック モリタバック プリモカワカミ
レディス まつやレディス MIX-O香の専科 香
タバコ喫煙具・時計 105靴修理・合鍵 イング


B1

スーパーマーケット ザ・ガーデン自由が丘SEIBU

たこ焼 たこ佳ラーメン・そば ラ・ママン8・8
コーヒー Cafe de non牛丼・カレー よね家
珈琲・輸入食品 ブラジル惣菜 横田屋

平成22年(2010)10月、「イトーヨーカドー秋田店」閉店。
同年12月、「秋田ショッピングセンター」改め「フォンテAKITA」プレオープン。

平和通り入口にあった「ヤマサストア」→「ブックスささき」も撤退。開業当初は15店が営業していた7階レストラン街の飲食店は今、「ファミール」「芝のラーメン屋さん」と「パルルやちよ」のみ。

セブン&アイ・ホールディングス系(旧ヨーカドー系)の「ファミール」、そして「パルルやちよ」が、昔と同じスペースで営業をつづけているが、末広町にあった喫茶店「やちよ」を起源とし、市民市場近くに駅前店もある「パルルやちよ」は、ビルが華々しくオープンした昭和55年(1980)当時の雰囲気を良く残している。


「パルルやちよ」2010.12

_________

関連記事

二〇世紀ひみつ基地 1980「イトーヨーカドー秋田店」開店の日

二〇世紀ひみつ基地 秋田駅前界隈・昭和四十年代初頭
二〇世紀ひみつ基地 秋田駅前・1970年代初頭

二〇世紀ひみつ基地 銀座街・消えた駅前小路
二〇世紀ひみつ基地 平和通り・消えた駅前小路
二〇世紀ひみつ基地 末広町・消えた駅前小路
二〇世紀ひみつ基地 秋田駅前「金座街」晩期

関連リンク

フォンテAKITA

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 21:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

おだやかな元旦の朝、千秋公園より


千秋公園より男鹿半島を望む 2011.01.01


千秋公園より鷹匠町を望む(ジオラマ風) 2011.01.01

| 散歩写真・路上観察 | 20:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

謹賀新年・平成二十三年元旦


本金タワーより広小路を望む 1960s

謹んで初春のお慶びを申し上げます
平成二十三年元旦 二〇世紀ひみつ基地


秋田市広小路 2007.02

_________

関連記事

二〇世紀ひみつ基地 お家も見えるよ「本金タワー」
二〇世紀ひみつ基地 1983「本金タワー」倒壊

市電(ひみつ基地内検索)

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 00:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |