二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●音楽●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

2009年02月 | ARCHIVE-SELECT | 2009年04月

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逆さ桐紋ニワトリ・路上の顔

顔があるアルミ製境界表示板・その六



顔があるアルミ製境界表示板・その五」と同様に「日本土地家屋調査士会連合会」のマーク「桐の紋」入り。これを逆さにするとニワトリの顔になる。逆さマークの赤いトサカ、とんがったクチバシ。

境界を標示する杭・表示板にはバリエーションが多い。昔ながらのコンクリート製や御影石製の杭、プラスチック製の杭。

表示板のデザインも様々で、アルミ製・真鍮製があり、アンカーを打ち込まない、ボンドだけで固定するタイプもある。そのほか設置団体の名が刻印されたものも見かける。

そのなかで“顔に見える表示板”は、目玉(アンカー穴)のあるタイプだけ。

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桐紋鼻のデカパン・路上の顔

顔があるアルミ製境界表示板・その五



「日本土地家屋調査士会連合会」のマークである「桐の紋」が刻印された、ずいぶんと年季が入った表示板。

どちらかというと犬系のその顔、赤塚不二夫先生が描いた「おそ松くん」のキャラクター「デカパン」に似ている。


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額に傷ある前科者・路上の顔

顔があるアルミ製境界表示板・その四



威嚇するかのように大きく開く逆三角形の口。

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昆虫系?・路上の顔

顔があるアルミ製境界表示板・その三



昆虫的な物件。

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秋田市の顔・路上の顔

顔があるアルミ製境界表示板・その二



顔があるアルミ製境界表示板・その一」と同じデザインだが、市有地に設置された表示板のため、秋田市の名が刻印されている。

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| 散歩写真・路上観察 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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追悼・遠藤選手は僕らのヒーローだった

秋田市に生まれ、体操を始めた中学時代から、那波家が理事をつとめる感恩講児童保育院(下記関連リンク参照)で育った体操選手・遠藤幸雄氏、3月25日逝去、享年72歳。



ローマ・東京・メキシコの各五輪に出場し、全盛を迎えた東京オリンピックで、個人総合で日本人初の金メダルをはじめ、平行棒で金、床で銀メダル、五輪通算7個(金5、銀2)のメダルを獲得。



昭和30年代の終わりに開催された東京オリンピックの時代、白黒テレビジョンの向こうで大活躍する、なじみ深き秋田顔の、あなたは僕らのヒーローだった。

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| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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春告げるナニワズの花開く頃

北国に春を告げる花といえば、マンサクやフクジュソウ、そしてナニワズの花など、春の喜びを表徴するかのような、明るい黄色をまとう花々たち。

千秋公園のナニワズも、三月の始め頃にはもう、その可憐な花をひらき、春の到来を実感させる。


03.14

「難波津・ナニワズ」北日本に分布するジンチョウゲ科の落葉小低木。樹液による喉の粘膜の炎症、皮膚炎を誘発する場合があるという有毒植物。

秋田では4月の初旬に開花し、濃厚な香りを放つ沈丁花(ジンチョウゲ)に似ているが、それにくらべるとナニワズは、ずいぶんとひかえめな香り。沈丁花が厚化粧の年増女ならば、ナニワズは可憐な乙女。

ほかの植物と違い、夏に落葉し赤い実をつけ、秋には若葉を芽吹かせる。初冬にはもう蕾をつけ、来春の準備をしているため、開花がきわだって早い。夏に落葉することから「夏坊主・ナツボウズ」の名も。

ナニワズの語源は『古今和歌集』の仮名序に、「おほささきのみかど(仁徳天皇)を、そへたてまつれるうた」としてとりあげられている和歌、「難波津に咲くやこの花冬ごもり 今は春べと咲くやこの花」の枕詞「難波津・なにわづ」という説がある。



奈良時代から手習い(書道)初歩の手本に用いられ、百人一首の冒頭に詠われた衆人によく知られた歌で、現代語に訳すと「難波津に咲くよ、この花が。冬の厳しさに耐え、今は春になったと、咲くよ、この花が。」という意味。

「この花」は「梅」をさすとされてきたが、この歌が詠まれた時代に、まだ我が国に梅(中国原産)は持ち込まれていないことから、「桜」とする説も。

春を待ちわびた北国の、雪の残る野に点々と咲きほころぶ花に、「難波津に咲くやこの花・・・・・・」を連想して名づけらたのだろうか、この春色の花は。


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民謡会館界隈・昭和レトロ居酒屋通り

秋田市民市場の近く、民謡歌手・進藤義声の民謡酒場「義声庵」で有名な「民謡会館」界隈。

古くからの飲屋も残るその一角は、列車やバスで通勤する、会社帰りのサラリーマンで賑わった往年の面影を残して、陰影のある秋田駅前昭和レトロ居酒屋通り。

2009年3月中旬、韓国ドラマ「アイリス」のロケが行われた。


民謡会館 05.03


04.03


民謡会館 04.03

階段下の焼鳥屋はのれんを下ろして今はない。


民謡会館 09.02


「よねしろ」付近 09.02


09.02


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民謡会館界隈

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二〇世紀ひみつ基地 韓国ドラマロケ・スタッフへの異常な厚遇

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韓国ドラマロケ・スタッフへの異常な厚遇

先日の夕刻、市民市場近くを歩いていたら、民謡会館へ向かう小路が車両通行止めになって、その向こうに人だかりが。


秋田駅前・民謡会館前

近づいてみるとそれは、例の韓国テレビドラマのロケ現場。寒流、いや、韓流ドラマには全く興味がないが、追っかけのオバサマ方の生態を、しばし観察。居酒屋「よねしろ」の店内にいた俳優が外に出てくると、黄色い歓声があがる。



今回の秋田ロケが韓国でどのように報道されているかというと、たとえば「東亜日報」の記事。

日,イ・ビョンホン特殊に‘寝床(トンボ)おごり’…秋田県,スタッフに無料宿舎

オンライン翻訳を通したものなので日本語が変だが、「秋田県がロケスタッフに宿代をおごっている」という意味のタイトルで、少し抜粋すると・・・
特に秋田県はオフシーズン爆発的な観光客増加に幸せな悲鳴をあげて製作スタッフ80人余りの宿舎を無償で提供して積極的な支援を惜しまないでいる。

製作関係者は“11日日本に到着する時から空港に2500人余りのファンが探して,歓迎して,ぴくっと驚いた。 秋田県も撮影に必要なすべての便宜を提供している”と伝えた。
「現地で撮影を始めて観光客が爆発的に増えた」というのはおおげさな表現。他の韓国ニューサイトにも、ロケを見るために「秋田県のすべての宿泊施設が予約が完了した状態」などとありえないことが書かれている(下記関連リンク参照)。

約80人におよぶスタッフの宿泊費を負担しているのは秋田県ではなく、寺田知事が会長を務める支援委員会が後援企業を募り、集まった会費から宿泊費、交通費などを拠出しているとのこと。在日パチンコ屋でもかかわっているのだろうか。県では「人的支援」ということで、県のマイクロバスでロケ地に動員された県職員が働いていた。

それなりの経済効果を計算した上でのこととはいえ、こちらから頼み込んで招致したわけでもないのに、今回の韓国スタッフに対する厚遇は異常に感じる。

テレビドラマの経済効果が2億円とか試算しているが、韓国に御執心の寺田知事が推進した「秋田韓国交流促進事業」のうち、搭乗者数が低迷する(この2月はウォン安で日本人客70%を上回る)「秋田~ソウル便」の利用促進のため、 PR 事業・補助事業などに投じた税金は、年間約1億3000万円~約2億円、これまでの総額は、約10億7000万円にのぼるというのだからあきれる。

寺田知事が固執し、その維持のために血税を注ぎつづけたソウル直通便。それに乗せられて、韓国に修学旅行に行かされた学生たちもまた、その固執が生んだ被害者といえよう。

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ゆるキャラ系マンホール・路上の顔三題

ヌーボーとした表情の、ゆるキャラ系マンホールたち。







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土手長町官庁街の中心地・秋田県庁舎

明治四年の廃藩置県で秋田県が誕生、久保田城(現・千秋公園)本丸御殿をそのまま使用して、明治五年に開庁した県庁は数カ所を移転後、明治十三年、南秋田郡土手長町中丁に擬洋風建築の新庁舎を落成、同年四月十七日開庁。


二丁目橋と秋田県庁舎・明治十三年開庁

欧米の建築を日本の職人たちが見よう見まねで造った、明治初期の建築物を「擬洋風建築」という。擬い物(まがいもの)であるため「擬洋風建築」と名づけられた。

敷地約六二七三坪、建坪約四四九坪、木造二階建、瓦葺、正面にバルコニーを巡らし、中央玄関部および左右対称の両翼を突出させたE形、中央上部の破風に、姫松材・漆塗金箔仕上げ、直径三尺の菊花御紋章を掲げた。

当時の官庁建築に多くみられた、このような擬洋風建築は、工部省営繕課の主導で明治初期に建てられた中央官庁を典型として、県庁・学校・役場など、同様な様式の建物が全国に波及してゆく。

現存する明治初期の擬洋風建築のなかで、旧秋田県庁舎とよく似ているのは、愛知県犬山市の「博物館明治村」に移築保存されている旧三重県庁舎。(下記関連リンク参照のこと)


二丁目橋と秋田県庁舎・明治末期

当時の二丁目小路(現・山王大通り)の道幅は、並行する一丁目小路や三丁目小路(すずらん通り)と変わらない。鉄柵のある二丁目橋の向側に藩政期からの土手が残る。


二丁目橋のたもと、県庁前の掲示板

ドイツ人建築家・ブルーノ・タウトが、昭和十年五月、秋田市を訪問したとき、日本の風土に異質な洋館をけなしたタウトに珍しく、裏日本への旅のなかで唯一、秋田県庁の洋風建築をほめている。
この町は全体がどこか文化的であり、ヨーロッパ的なもの、ハイカラなものももちろんある。しかしそれはつつしみ深く素朴で、ハイカラ精神にふさわしいものはまだ取り込まれていないし、幸運なことにモダン建築もまだだ。明治時代の建築がおもしろく、それは実際の様式のなかでも素朴である。もっとも興味深かったのものは、両翼に開放的な玄関ホールのあるイギリスコロニアル様式の県庁であった。
ブルーノ・タウト『日本美の再発見』より
老朽化した県庁の改築にあたって、当時の主流であった鉄筋コンクリート耐火建築にする意見もあったが、時の児玉政介知事は「秋田杉の表徴的建物を!」と、木造建築にこだわり、昭和十三年、木造二階建ての新庁舎落成。


秋田県庁舎・昭和十三年改築
左手に時計台がある県会議事堂

昭和二十三年二月、約七十年の間、県庁舎に掲げられていた菊花御紋章、時流にのまれ取り外される。

昭和三十二年八月、庁舎の三分の二を焼失。

昭和三十四年十二月、田圃が広がる秋田市川尻字八十刈(現・山王)に新庁舎落成。山王地区が官庁街となる端緒となった。

昭和三十五年、旧県庁跡地の一角に「秋田産業会館」竣工。平成一年にオープンしたアトリオンに受け継がれ、産業会館は別館として残ったが、老朽化に加え再開発用地であったことから取壊され、跡地はBMX、スケボー、ローラースケートの練習場に。


県庁舎および産業会館跡地


二丁目橋と県庁舎および産業会館跡地


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旧秋田県庁界隈

県庁が山王に移転した後、土手長町通りのうち、旧県庁前のみが拡幅されたため、先代までの県庁舎の一部は現在道路になっている。

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黄昏の街懐かしき鐘の音


勝平得之 秋田十二景「鐘樓餘景」昭和四年

鷹匠町の「鷹の松」越しに、外堀と千秋公園を望む。

公園の高台に夕陽を浴びて建つ鐘楼と家並み。鐘楼の高台と対峙するように、手前に配置した「鷹の松」が作品に奥行きを添える。

実際の鐘楼は「鷹の松」の延長線上よりも南に位置するため、この位置から「鷹の松」越しに鐘楼は見えず、その下につらなる家並みも実際の風景ではないが、そのまま写生したのでは“絵にならない”ため、勝平はそれぞれのイメージをコラージュして版画にした。

そのジオラマの如き黄昏時の光景は、どこか懐かしく、メルヘンチック。


秋田市街図・明治三十七年 ピンク部分が現存のお堀

勝平がこの版画を発表した昭和の始め頃、「鷹の松」からもう少し南寄りの場所から撮影したのが下の画像。



木造の鐘楼の下、着物姿の子どもらが貸ボートを浮かべて遊ぶ外堀は、県民会館の裏、鉄筋となった鐘楼の下に今も残る内堀へと続く。


鷹の松 08.05

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| 秋田市今昔 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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エンジ色のレトロカー・シトロエン HY



イトーヨーカドー秋田駅前店前に、エンジ色のシトロエン HY が停車していた。

今から30年ばかり前までフランスで造られていた、個性的な顔のバンタイプのトラック。



近づいてみるとそれは、あの「マネーの虎」で開業資金を獲得し、全国にフランチャイズを展開する、ROMANDO ROLL のフランスロール移動販売車。今日から26日までこの場所に停留とのこと。

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**ROMANDO ROLL[フランスロール] - Official Homepage**


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僕の鼻を押してね・街角の顔



顔に見えるシリーズの定番、歩行者用押ボタン箱。

離れてつぶらなネジの瞳と、大きく丸い押ボタンの鼻がかわいい。

多くの手に触られ、風雪にさらされて錆び付いた黄色い箱が、寂びた味わいをかもす。

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まん丸目玉に三角の口・路上の顔

顔があるアルミ製境界表示板・その一



矢印の方向に視線を落とす目玉、長方形の鼻と逆三角の口。

大理石に打ち込まれた、測量資材「カクマル」のアルミ製境界用標示板。

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モーテルのあるジオラマ



秋田駅東、手形西谷地の「ホテル六甲」。ブルー系の落ち着いた塗装だった屋根を最近、赤く塗り替えた。

モーテル・ラブホテル系の広告が、放送局の自主規制で消える以前、深夜に「ガレージ付き高級ホテル」というふれこみで「ホテル六甲」のテレビコマーシャルが毎日のように流れていたので、その名を覚えている人も多いと思う。

自動車で旅行する人が泊まるガレージ付きホテルを米国で「モーテル」と呼ぶが、日本では「車庫付き連込み宿」のことをいう。

「ホテル六甲」が開業した当時、界隈は田圃と草木の生え放題な閑地に囲まれて人通りの極めて少なく、「駅裏」という寂しげな言葉が似合う、人目を忍ぶにふさわしい静かな場所だった。

しかし、駅東地区が区画整理されて新興住宅街となり、秋田駅の改築により東口が設けられ、拠点センター・アルヴェ、 NHK 秋田放送局などが新築された今は、もはや駅裏とはいえず、高い塀で目隠しされたその建物が、高層からの人目にさらされる存在になろうとは、当初は思いもよらなかったであろう。


●ヤチという地名

「手形西谷地」の「谷地・ヤチ」または「ヤツ」「ヤト」は、東日本で「低湿地」を意味する地名。「ヤチ」は、低湿地を表すアイヌ語という説が有力だったが、逆に「東北から道南に渡った言葉」とする最近の研究もある。

いにしえの駅東地区は湿地と湖沼が広がっていた地帯であるから、この周辺の旧地名には、「谷地眼・ヤチマナコ」「谷地田・ヤチダ」「谷地沖・ヤチオキ」など、湿地を意味する地名が多い。

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二〇世紀ひみつ基地 長沼に船を浮かべて蛍狩り

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いらっしゃいませ! - ホテル六甲ウェブ

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長沼に船を浮かべて蛍狩り


アルヴェから太平山を望む 08.12

秋田駅周辺の旧地名を長沼という。長沼は「長野の沼」という意味。

いにしえの秋田駅前から駅東地区は、長沼(黒沼ともいう)、手潟(手形の地名起源とされる)、赤沼、鍋沼など、広大な湖沼、潟と葦原が広がる地帯。

雁(かり)・鴻(ひしくい)・鳧(けり)・白鳥・鴨など、渡り鳥がおびただしく飛来し、夏には蛍が乱れ飛び、水面を行き交う舟もあったという。

久保田城が置かれた神明山(千秋公園)の東部に、湿地と湖沼が広がる地形は、東方からの侵入を防ぐ盤石な防御地帯となったが、干拓により幕末の頃には水田へと変容。

明治三十五年、南秋田郡広山田村長沼に秋田駅開業。同三十八年には秋田市に編入。


アルヴェから東を望む 08.12
右手のタワーは NHK のアンテナ棟

戦後になって、高度経済成長期の頃から徐々に宅地化が進み、見渡す限りの田圃のなかに、貸家や秋大生向きのアパートが建ちはじめ、そのうちに田圃と宅地の数が逆転、やがて区画整理されて新興住宅街に。



かつては葦原と湖沼が広がっていた駅東地区に水を注いでみた。往時の再現というよりも、これでは海面上昇により水没した町である。

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二〇世紀ひみつ基地 千秋公園より手形方面を望む

| 秋田市今昔 | 23:30 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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