二〇世紀ひみつ基地

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2008年08月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年10月

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溝蕎麦の金平糖の花ほころぶ


ミゾソバ(溝蕎麦)千秋公園にて

畦、川辺など肥沃な水湿地に群生するタデ科の一年草。蕎麦に似て溝に生えることからミゾソバと命名、飢饉の際の救荒食として栽培もされたという。

葉が牛の顔に似ていることから、別名「ウシノヒタイ」。秋田方言では「ベコ(牛)クサ」「ウシノツラ」など。



乾燥した葉を煎じてリウマチの薬に、葉を揉んだ汁は血止めに、また、漆かぶれに効果があることから「ウルシグサ」とも呼ばれた。

秋にほころぶ米粒ほどの小さな花は、半透明の白に、ほんのりと紅をさした金平糖のようで、雑草と呼ぶことをはばかられるほど可憐で美しい。



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草に埋もれて眠る猫に高田渡を想う秋



先日の朝早く、秋の野草が花を結びアキアカネの舞う千秋公園を散歩途中、人のあまり入らない場所でなにかの気配を感じて、そちらに眼をやると、野良猫が草に埋もれるようにして眠っているところだった。



人の気配で目を覚まし、「なに見てんだよ!」と言いたげな不機嫌な顔でこちらを向いた、寝ぼけまなこがだんだんと大きく開く。



その猫の姿を見て、この曲が頭のなかに浮かぶ。
歩き疲れては
夜空と陸との隙間にもぐり込んで
草に埋もれては寝たのです
ところ構わず寝たのです
歩き 疲れては
草に埋もれて寝たのです
歩き疲れ 寝たのですが
眠れないのです

山之口貘「生活の柄」より
沖縄生まれの放浪の詩人・山之口貘(1903-1963)の詩に、56歳で急逝した高田渡(1949-2005)が曲をつけて唄った「生活の柄」である。


生活の柄/高田渡+はちみつぱい

以下の動画も同じ曲だが、ライブ途中で酔っぱらって眠りこけ、客の声に起こされて朦朧とした意識のなかで途中まで唄って去っていく彼が居る。

YouTube - 高田渡 / 生活の柄

2004年3月、沖縄におけるライブの一コマ。五代目・古今亭志ん生が高座の途中で眠りこけたエピソードを連想させる飄然とした姿。

朝露の残る秋草に埋もれて眠る野良猫に、猫好きだった高田渡と、秋の浮浪者を唄った「生活の柄」を思い浮かべた、少し冷たくさわやかな秋風の吹く朝であった。



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タカダワタル的
タカダワタル的ゼロ

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雪に魅せられた殿様の『雪華図説』

下総国古河藩の第四代藩主・土井利位(としつら)は、天保三年(1832)、日本ではじめて雪の結晶を科学的に観察した図鑑『雪華図説』を出版。降る雪を黒い漆器に受け、オランダ渡来の顕微鏡で覗きスケッチに残すことをくり返した、永年にわたる研究の精華であった。


『雪華図説』より

顕微鏡のレンズ越しに花開く「雪の華」の美しさに魅了された利位は、自身の調度品や着物に雪華模様をちりばめるほどの雪三昧。『雪華図説』の出版後、その意匠は江戸の庶民のあいだでおおいにもてはやされて、利位の官職「大炊頭」(おおいのかみ)にちなんで「大炊(おおい)模樣」と呼ばれ流行、利位は「雪の殿様」の愛称で親しまれる。


雪華模様訪問着


七宝造りの鍔(つば)

前回作成した紋切型「はつゆき」のデザインも利位の手によるものだが、自然科学的な観察力に、独自のイマジネーションが加味された、芸術的な意匠の数々に圧倒されてしまう。


はつゆき




Onitsuka Tiger INJECTOR DX SEKKA 雪華スノーホワイト

オニツカタイガーから2006年に発売されたインジェクター デラックス セッカ。和洋折衷のデザインがビミョー。

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江戸風流・紋切型を遊ぶ

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雪の殿さま 土井利位

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江戸風流・紋切型を遊ぶ

折りたたんだ紙にハサミでデタラメに切り込みを入れて開くと、花模様めいた幾何学模様が出現し、さらに折り目を増やして切ると模様は複雑さを増してゆく。子どもの頃、誰もが遊んだ切り紙の面白さは、広げてみるまで結果がわからないこと。広げるまでのときめきと広げた瞬間の驚き。




●神仏とともにあった切り紙

日本の切り紙は古くから祭祀に用いられてきた。七五三縄(しめなわ)に下げる紙垂(かみしで)、神霊の依代(よりしろ)となる御幣(ごへい)、正月迎えの御飾り等々、神道・修験道などで祭祀の場を彩る切り紙として神仏と共にあった。


与次郎稲荷・千秋公園本丸


八橋日吉八幡神社秋季大祭・御旅所の標(しめ)縄


左・南方町 石神社「宇賀魂神」 右・志津川町 都倉神社「えびす飾り」
『祈りのかたち-宮城の正月飾り』宮城県神社庁発行 より


●江戸の紋切遊びとステレオタイプ

江戸の後期になると「紋切遊び」なるものが庶民の間に流行する。正方形の紙を折り、雛形に沿って切り抜いて広げると、美しい「紋」が出現する。その雛形を「紋切型」(もんきりがた)という。

寺子屋の教科書にも採用された「紋切遊び」の雛形を集めた書籍が、江戸末期から明治期に多く出版され、お祭りの露店でも戦前まで雛形が売られていたという。


「模様紋帳諸職雛形』明治四十五年発行より

江戸の職人により考案された「紋切型」から、「決まり切って堅苦しく面白みのないステレオタイプな思考・事物・物言い」と、否定的に使われる「紋切型」という言葉が生まれる。

明治期に出版された紋切型の雛形集に『教育必用紋切形ぬゐ紋図解・小笠原行儀作法』という書籍がある。「紋切型」な礼儀作法を教える「小笠原流」が「紋切型」を子どもの教育の一環として教えていたということが面白い。

現代では否定的に使われる「紋切型」という言葉を「伝統文化」と言い換えても良い。毎年くり返され、受け継がれてきた、四季の行事、祭り、歳時記、季語など、うるわしき伝統文化のカタチは「紋切型」そのもののではある。「紋切型」をモノの基本・定型ととらえれば、それもまんざら捨てた言葉ではない。

「紋切型」という定型を守ることも重要だが、「紋切遊び」を続けているとオリジナルなデザインに挑戦したくなる。つまり「型破り」である。しかし、そう簡単に江戸の紋を越える、美しく斬新なパターンができるものではない。


●よみがえった紋切遊び

「紋切遊び」の型紙と和紙色紙をセットにした書籍が出版され、ちょっとしたブームになっていることを知ったのは、数ヶ月前、ジュンク堂でやっていた出版社・エクスプランテのフェアでのこと。



造形作家・下中菜穂さんは、忘れられていた江戸の「紋切遊び」を発掘し、江戸の粋な意匠がちりばめられた『シリーズかたち・紋切り型』を出版。国内外でワークショップや展覧会を開催している。






●「はつゆき」を遊ぶ

エクスプランテでは、江戸時代に雪の結晶を図案化して流行した「はつゆき」模様を、身近にある紙で紋切して、メッセージを添えて送ってもらい展示する「アートイベント〈はつゆきプロジェクト〉」を実施しており、作り方や型紙は以下関連リンクから入手できる。

自分も「はつゆき」を切ってみた。



シンプルでありながら味わい深い「はつゆき」のカタチに加え、折りたたんで切ることにより、放射状に残る折り目が平坦な紙に陰影を刻み、特有の表情を添えている。これもまた「紋切遊び」ならではの面白さ。

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関連リンク

アートイベント〈はつゆきプロジェクト〉

もの部ログ〈はつゆきプロジェクト事務局〉

エクスプランテ

紋切

紋きり遊びを楽しもう

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切り紙・もんきりあそび切り紙・もんきりあそび
(2007/09)
下中 菜穂

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秋田中央道路に武士の幽霊



asahi.com 2008年9月15日の記事に「武士の幽霊が事故を呼ぶ? 秋田のトンネル1年で19件」。
 秋田中央道路が開通して15日で1年を迎える。秋田駅の東西をつなぐ交通の激しいトンネルで、交通事故や車の故障などで通行止めになることも多い。ちまたでは「武士の幽霊が出る」などとうわさも流れる。事故多発の背景を探った。
asahi.com より
幽霊については記事にあるように、ありがちな都市伝説にすぎないのだろうが、竿燈まつりが広小路から山王大通りに移った当時、雨にたたられる年がつづいたため、関係者が相談の上、当福寺にて寺町に眠る御霊(みたま)を鎮める祈祷をとり行い、それ以後好天に恵まれるようになったことがあった。

東西に延びる山王大通り、ならびに一丁目小路(ニューシティ脇小路)から五丁目小路(横町)はもともと、寺町で行き止まり。藩政時代の寺町は西から来る敵に備えた防衛線でもあった。

昭和十年、二丁目小路(現・山王大通り)の二丁目橋線が当福寺境内・墓地を貫通して新国道に結ばれる。戦後になり昭和四十年代の道路拡幅でさらに大幅に削られて山王大通りが完工した。
 山王大通り南側の真敬寺の入り口には「5人男の墓」と呼ばれる墓石が五つ並んでいる。長崎孝住職(69)によると江戸時代に悪事を働く武士を倒し、打ち首になった侠客(きょうかく)たちの墓という説がある。
asahi.com より
「侠客五人男」は明暦(1655-1658)の頃、八橋山王さんの祭典のとき、暴行をはたらく武士を見かねて殺害したもの。庶民が武士を殺したとなれば打ち首は必至、そのため彼らは覚悟して自害したというから、この世に未練をもって化けて出るはずもない。それにしても、自らの命を賭してまで正義を貫く、昔の侠客はカッコイイ。

このエピソードを持ち出すならば、戊辰戦争の際、奥羽越列藩同盟を離脱しようとする秋田藩の説得に来藩し、事故多発地点に近い、茶町の旅館で殺害されて五丁目橋にさらし首に、残る者は捕らえられ処刑された、仙台藩士十二名の怨念とするほうが、ストーリー的には説得力がある。


五丁目橋・川反観音

仙台藩士のさらし首が並べられた五丁目橋のたもとに建立された「川反観音」。

かつてこの場所で営業していた小料理屋の主人が、約三十年間、毎日店で線香をあげて仙台藩士の供養をしていた。五丁目橋の拡幅工事でその店が取り壊されることになったとき、常連客らから慰霊碑建立の話が持ち上がり、平成十二年、除幕式が執り行われた。

台座には「この観音像は秋田戊辰の役に先立つ慶応四年七月四日、この地で殉難された仙台藩士を供養し、川反をこよなく愛した先人に感謝し、慰霊するために、多くの方々のご芳志により建立するものです」とあり「夕されば 川反の灯はやすらげり 観音像に 路ゆく人に」の句が刻まれている。

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関連リンク

asahi.com:武士の幽霊が事故を呼ぶ? 秋田のトンネル1年で19件

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お堀の下を歩く・秋田中央道路

殺された保存樹たち・寺町定点観察

| 秋田市今昔 | 23:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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第五百號發刊(entry-500)記念號外


電網日誌『二〇世紀ヒミツ基地』第五百號發刊(エントリイ)ヲ迎カエルニ當タリ、讀者ヘノ感謝ヲ込メテ、二〇世紀ヘノ「オマージュ」並ビニ「レクイエム」ヲ標榜スル[二〇世紀商會]ガ謹製シ、米國ノ飛行家アァト・スミス氏ノ操縱セシ複葉機ヨリ市内ニ撒布シタル引札(ビラ)ヲ茲ニ掲ゲ五百號ノ記念トス
平成二〇年九月吉日

| 広告・印刷物 | 21:00 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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十五夜の鎮守の森に遊ぶ・総社神社観月祭



お月様にお供えする秋の七草のひとつ「ススキ」は天に属する神聖な稲科の植物、そして半透明に輝く白玉団子はお月様の象徴。



観月祭と邦楽の夕べ
平成二十年九月十四日
於・秋田市川尻 総社神社境内(総社の森)
主催・第二十九回お月見に年一度集う会







好天に恵まれた今年の仲秋の名月、陽が落ちる頃、総社神社の境内に、かがり火が焚かれて恒例の観月祭がはじまる。

月明かりのもと、神を降ろす神主の警蹕(けいひつ)の声が低く響き、巫女が舞う神事のあと、雅楽、琵琶、琴曲、能楽が厳かに奏でられ、御神酒に団子、枝豆が振る舞われる。

鎮守の森で月の光を浴びて、幽玄なる音霊(おとたま)に耳を傾けていると、悠然と時が流れて、まるで平安の昔にタイムスリップしたかのよう。



| 祭り・民俗・歳時記 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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バニーヒップスのアイドル歌謡を聴く宵祭りの夜



夕刻から日吉八幡神社秋季大祭(山王祭)宵祭りのお囃子も賑やかに、御差鉾(おさしぼ)が外町の町々を練り歩くこの日はトワイライトリレーコンサートの最終日。



08.09.13
サンパティオ大町、中庭

直前にヤマハのコネで出演したギター青年の、いたたまれない演奏に場の空気が冷めるなか、最終日のトリは昨年と同じく「バニーヒップスwithワンダーランド」がくりひろげる昭和アイドル歌謡の世界。今年の衣装は売れないアイドル歌手のイメージとか。



観衆を楽しませることはもとより、自らも楽しんでいる様子がうかがえる、完成度の高いエンターテイメントに会場も一気にヒートアップ。また来年も是非このメンバーで。



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昭和アイドル歌謡オンパレードの宵

サンパティオ大町(ひみつ基地内タグ検索)

| 散歩写真・路上観察 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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居酒屋建築を鑑賞する・駅前散歩



秋田駅前の緑屋ビル(旧・やまじんビル)一階に、八月はじめにオープンした「まぐろ居酒屋 さかなや道場  秋田駅前店」。駅前は商店は減ったが食べ物屋が増えた。

経営は秋田駅前と中通五丁目「ホテルグランティア秋田」内に「海鮮居酒屋 はなの舞」を出店する、東京のチムニーグループ。



等身大のマグロなど派手なディスプレイが目を惹き、秋田の風景写真やナマハゲを配置して地方色を出してはいるが、全国チェーン店にありがちな、レディーメード感がただようキッチュな構成で、おもむきがない。



駅前旧旭町に昨春オープンした、大型ナマハゲ面が目印の「秋田長屋酒場」。

こちらはドリームリンク直営で、その前は同社経営の「村さ来」が入っていた建物。さらにさかのぼると「国際タクシー駅前支店」。



「村さ来」のイタズラ書き風壁面デザインは、全国の和風店舗の外装を取材した写真集『かんばん 和風看板と店構え』(2000年・高須企画)に掲載されたユニークな作品だった。

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秋田長屋酒場

ぐるなび - まぐろ居酒屋 さかなや道場 秋田駅前店

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○〆鎌田のアイスクリーム

終戦も間もない頃、マルシメ鎌田(現・(株)鎌田会館)の創業者社長は、一本1円50銭のアイスキャンデーをリヤカーにのせ、鈴を鳴らしながら街を売り歩いた。

やがて、行商で稼いだ資金を元手に、秋田市柳町、次いで金座街に冷菓専門店をかまえ、製造・卸売ならびに冷菓製造機器・原料の販売を開始、それから数年後、○〆マークのアイスクリームは県内最大の冷菓ブランドに成長した。


昭和26年 新聞広告

「アイス饅頭・アイス天ぷら」については「接吻ヨリ甘イ・あいすまんじゅう」に。

昭和30年代に入ると、大館と大曲に支店を設け、県内全線の駅構内に出店、「アルプス」のブランド名を使いはじめる。


昭和34年 新聞広告

「アルプス」は森永乳業のブランドで、当時のマルシメ鎌田は「アルプスアイスクリーム秋田県委託工場」だった。


昭和33年 新聞広告

アイスクリーム魔法瓶を無料貸与、まだ少なかった電気冷蔵庫の方は500台用意し、シーズン5000円で貸し出す。

宇宙時代の新製品、ロケットをかたどった「トップスター」の包み紙に「マルシメ鎌田」と「アルプス」の文字がみえるが、これと同じ商品を森永乳業が発売している。


森永アイスクリーム・トップスター

冷菓を運ぶのに必要な冷凍車はまだ高価な外国車、燃費も悪く遠方まで運ぶにはコストが掛かりすぎたため、メーカーは各地に委託工場を置いて製造させたのだろう。

その後、アイスクリーム、酒饅頭のほかに、菓子、清涼飲料にまで営業品目を広げ、昭和38年からは麺類の製造販売を開始、自社経営の食堂でもこの麺を使っていた。


昭和36年 書籍広告

中央大手メーカー進出のきざしが表れた昭和42年、冷菓事業から撤退、麺類製造も昭和50年代に手を引き、飲食サービスに経営の重点を置くようになる。

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鎌田の酒まんじゅう

秋田初のミスドは鎌田会館一階に

秋田駅前「金座街」晩期

懐かしき昭和のアイスクリームたち

アイスクリーム魔法瓶のある風景

接吻ヨリ甘イあいすまんじゅう

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 22:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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接吻ヨリ甘イ・あいすまんじゅう



近年全国に販路を広げた「白くまアイス」でお馴染み、福岡久留米の丸永製菓が製造販売する、小倉餡をバニラアイスでくるんだ冷たい和菓子「あいすまんじゅう」。

冷菓にもかかわらず、中身の餡はトロリと柔らかく、バニラアイスと適度な甘さの餡が口のなかでマイルドなハーモニーを奏でる、その品質が評価され、「モンド・セレクション金賞」を 1996年から連続12年間連続受賞し、国際優秀品質賞に輝く名品である。

丸永製菓によれば、太宰府天満宮の天神さん・菅原道真のシンボルであり福岡の県花である「梅花」をかたどり、昭和37年から製造を続けているとのことだが、「あいすまんじゅう」というネーミングの冷菓が全国的に普及しはじめたのは昭和20年代中頃のこと。


昭和24年 新聞広告

金座街で氷菓の製造卸をしていた最上屋が、新案特許「アイスマンジュウ」の販売店募集と、製造許可権の分譲を広告している。カストリ雑誌が街にあふれ、甘さに飢えていた時代を感じさせる「接吻ヨリ甘イ」のキャッチフレーズが印象的。

初期の「あいすまんじゅう」は和菓子の饅頭のような半円形で、食堂や喫茶店ではそれを皿にのせスプーンを添えて、客に出したことが広告文から推察される。

この最上屋も中央の業者から製造許可権を買ったものと思われるが、昭和26年になるとこんどは鎌田冷菓店(後のマルシメ鎌田、現・鎌田会館)が、「アイス饅頭」のネーミングで広告を出す。


昭和26年 新聞広告

同時代に鎌田冷菓店が代理店となって販売した「氷の天ぷら製造器」の広告も面白い。


昭和26年 新聞広告

いまでもたまに見かける「アイスクリームの天ぷら」と似たこれも、「アイスマンジュウ」のように「一区一店」限定の製造権分譲で「月収多大」とあるが、そんなに普及はしたとは思えない。

昭和33年に世界初の回転寿司店「廻る元禄寿司」を大阪にオープンさせた創業者の白石義明は、その前身の小料理屋時代に「氷の天ぷら」を開発、特許を取得して売り物にしたというから、この製造機もアイデアマンだった彼が手がけたものに違いない。

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アイスまんじゅうの会

DINING EXPRESS 【あいすまんじゅう】丸永製菓

あいすまんじゅう・丸永製菓

三重県桑名市 アイス饅頭 寿恵広

アイスまんじゅう・和菓子販売の三重県中野製餅店

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「秋田百円ラーメン伝説」再び

昨夜8時頃から当ブログのアクセス数が一時的に急上昇。アクセス解析を見ると「藪松」「藪松 ラーメン」などのサーチワードが上位が占め、「2ちゃんねる」からのアクセスも多い。

アクセス元をたどってみると大本の記事は「internews」が昨日発信した「【涙のラーメン】涙の100円ラーメン 店主ガス代が払えず新聞配達も[国内]」であった。



犬の写真は記事と無関係。

この記事が「livedoor ニュース」に配信され、さらには「2ちゃんねる」のニュース速報板にスレが立ち、そこに「秋田百円ラーメン伝説」へのリンクが貼られたという次第。

速報性のない古い話題が、なんで今頃ニュースとして流れたか疑問だったが、記事の最後に以下のような募集があった。
<涙のラーメン特集とは>
皆さんのラーメンにまつわる思い出や物語などを教えてください。当編集部にて厳選し、記事として掲載・配信いたします(掲載できない場合もありますのでご了承ください)。そのストーリーを知った読者たちは、きっと素晴らしい何かを得るに違いありません! 応募方法は近日、『涙のラーメン特集』内にてご報告いたします。掲載にあたり著作権等は当編集部に帰属いたします。あらかじめご了承ください。また、2008年12月31日までに掲載したなかから、涙のラーメン賞に輝いた物語に対してニュース内で発表するとともに、インスタントラーメン1年分を贈らせていただきます。
「応募方法は近日、『涙のラーメン特集』内にてご報告いたします」とあり署名もあるから、この記事は投稿ではなく「internews」の記者が書いたものなのだろう。

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【涙のラーメン】涙の100円ラーメン 店主ガス代が払えず新聞配達も[国内]


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アイスクリーム魔法瓶のある風景


昭和34年 新聞広告

昭和20年代から30年代にかけて活躍した「冷菓用魔法瓶」の広告である。広告主は秋田市南通で、大判焼き器、かき氷器、冷菓製造器、製造原料などを扱っていた本山商店。

電気冷蔵庫が普及する以前、アイスクリームなどの冷菓はこの魔法瓶にストックされて販売されていた。内部がガラス製、またはステンレス製の魔法瓶と同様の構造の容器に氷菓を入れ、周囲からドライアイスで冷やす方式で、その構造上から容量は少なく、それをおぎなう二連式ストッカーもあった。

当時はこれがなければ商売にならなかったわけで、「時代の寵児、業界の先端」という広告のキャッチフレーズも決して大げさな表現ではない。


背が低くててフタまで手が届かない子どもは、店の人か同行者に出してもらうか、抱えられてアイスに手を伸ばす。炎天下、丸いフタを開け、ヒンヤリと冷気が漂う魔法瓶に頭をつっこむようにして物色したそれは、アイスがぎっしりと詰まった魔法の箱。




森永キャンプストア(鎌倉)昭和37年

「キャンプストア」というのは海の家などの出店のこと。


紙包装のバーアイス・昭和30年代

昭和37年頃から徐々に電気冷蔵庫への切り替えが進んでゆくが、40年代に入っても、地方都市の小さな店ではまだ現役で活躍する姿が見られた。

この時代、冷菓は夏季限定商品だったため、涼しくなるとアイスクリーム魔法瓶は無用の長物となる。そこで冬場も活用できるこんなアイデア商品も誕生した。


昭和35年 新聞広告

マルシメ鎌田が代理店となって販売した、魔法瓶型保温器の中に「酒まんじゅう」「大判焼」の文字がみえる。はたしてどれほど売れたものか。

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懐かしき昭和のアイスクリームたち

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天気予報も外れて・仲小路 JAZZ フェスの夜

第2回仲小路 JAZZ フェスティバル
2008.09.06-07
於・日赤病院跡地



心配されていた雨も降る気配のない残暑に、空の色が薄紅に染まる土曜夕刻からのメインステージは、ソルトレイク・シティ生まれ、秋田市新屋育ちのジョエル(Joelle)のキュートでパワフルな歌声が心地よく会場に響き、秋田市生まれのギタリスト・小沼ようすけが昨年と同じでテクニシャン揃いのトリオ(坂本竜太(b) 天倉正敬(ds) )で観衆を魅了、最後にジョエルの歌に小沼の生ギター伴奏で締めくくられて終わったのが9時15分頃。なんとも贅沢な至福のひととき。

小沼ようすけのステージは撮影禁止、というわけで YouTube から、フラワーアーティスト川崎景太と小沼の即興演奏によるコラボレーションをどうぞ。


川崎景太 × 小沼ようすけ コラボレーションライブ2007



ビリージョエルが好きなパパと秋田生まれの母から Joelle洋子と名付けられ、ネイティブな英語&秋田弁をあやつる、すっかりジャズヴォーカリストに路線変更したジョエルはもう、「ラッキー・マリア」(TRICK 劇場版2 エンディングテーマ)など、透明感があって美しい日本語曲を歌う機会がほとんどなくなったことがもったいない気もする。

NHK連続テレビ小説「瞳」で踊られる「まゆげ猫のダンス」のバックに流れる「Have Fun」を歌っているのもジョエルとのこと。 YouTube にその動画があったので下にリンクを貼っておく。

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関連リンク

小沼ようすけオフィシャルサイト

仲小路JAZZフェスティバル

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ジョエル/オフィシャルサイト
流れる曲は「マイ・ワイルド・アイリシュ・ローズ」

ジョエル/ユニバーサル ミュージック

love letters (ラヴ・レターズ) - Joelle (ジョエル)全曲試聴

秋田県国民健康保険団体連合会・平成18年度 CM 動画3本
「祈りの花」は wowow のドラマ「ドラゴンフライ」主題歌

まゆげ猫のダンス・YouTube
まゆげ猫のダンス(日本語版)・YouTube
無理矢理日本語にした違和感ありまくりバージョン

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仲小路 Jazz とPMA前夜祭

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中土橋より広小路を望む夏の宵


08.07

広小路・古沢ビル(旧長崎屋)の一階で営業していた「ICI石井スポーツ」が8月で店を閉じ、秋田市御所野のショッピングモール「フレスポ御所野」に移転、この中旬にオープンする。


08.09

柳の向こうに灯が消えて暗く寂しい古沢ビル。そろそろこの物件も、ようやく動きだした中央街区の再開発を前に解体されるのか、それとも、アクセスが不便で人通りの少ない広小路をあきらめ、新天地に移っただけのことか。

キャッスルの明かりだけが、かろうじてかつての栄華の痕跡をとどめる。


1970 長崎屋時代

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広小路が中心商店街だった時代・1973

広小路(ひみつ基地内タグ検索)

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いまといつか・カジュアルアーツフェスタ’08より

AKITAカジュアルアーツフェスタ'08
8月30日 (土) ~ 9月7日(日)
アトリオン/仲小路通り



立体「こことどこか」
田中真二朗
於・仲小路ビル地階

むきだしのコンクリートの地下室の闇に、祝祭空間を彩る「紅白幕」が垂れ下がり、その下に敷きつめられた土と草。それらと対峙する緑の丘陵のように空中にある飛行物体には、紅白模様の球体が箱に詰められて浮かぶ。夢のなかでいつか観たことのあるような、既視感をともなう非日常空間。

「こことどこか」という距離は「いまといつか」という時間でもある・・・・・・。

この作品が展示されている、ビル入り口から階段を下りてすぐのスペースは、ラーメンの「ぱいたん倶楽部」(広面に移転)があった場所。オープン当初は週に一度は通った、濃厚なとんこつの香りがしみこんだ店。

そのころの仲小路ビルは満室で人の出入りも多かったが、この数年間で次々に退去し今は空き室だらけ。だからこんなイベントが可能となった。



1969年、仲小路ビル落成。オーナーは牛島商店街で永く営業していた酒店。初期の入居店をあげると、「弥助そば」「和食・とんぼ」「コーヒー・ トリプル」「茶室・源氏」「風景喫茶・道」など。

経営者が変わったが、当時からのスペースで営業を続ける「弥助そば」。風景写真の展示とスライド映写が売りの、ギャラリー風「風景喫茶・道」は、若者の集まる人気スポットのひとつだった。

80年代初期の入居店、「スナック・アルカナ」「喫茶・エルザ」「和食・篠八」「伊太利屋」「ちろりん村」「洋菓子・ランカシャ」「DIフォト企画」「平惣酒店」など。

90年代初期の入居店、「ぱいたん倶楽部」「占い館1999」「ポルト」「れもん」「デジャブー」「スナック・朱鷺」など。このうち今も残るのは「スナック・朱鷺」のみ。


90年代初頭 お菓子の「くらた」前

青いタイルの壁面が印象的な「くらた秋田店」のオープンは1970年。二階のガラス張りパーラーは、若い女性やカップルに人気だったが、赤十字病院移転以降利用者が激減し一時閉鎖。向かいの明徳館高校開校で再開したものの、常時オープンしているわけではないようだ。

かつての中心街区の空洞化が進み、1970年前後に建てられた近辺のビルが、老朽化もあって無人ビルと化す現状のなか、仲小路に限らず、活性化をひとつのテーマとしたイベントが最近増えている。しかし、人が集まるのはそのときだけ、終われば祭りのあとの寂しさがことさら身にしみる秋。

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プロフィル、作品評など

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増殖するシナプスの如く・カジュアルアーツフェスタ'08より

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増殖するシナプスの如く・カジュアルアーツフェスタ’08より

AKITAカジュアルアーツフェスタ'08
8月30日 (土) ~ 9月7日(日)
アトリオン/仲小路通り

インタラクティブアート「きみに手紙を」
沼田祐輔
於・仲小路ビル1F









若き作家が机に向かい描きつづける「きみへの想い」を綴った一葉の手紙は、脳内に張り巡らされたシナプスの如く増殖をつづけ、やがてその空間を埋めつくす。この場は作家の脳内だ。

作家の想いと、観るもののまなざし(ことば)がコンクリートの脳内空間で交差し合い、インスピレーションを喚起し、その作品が変化するとしたら、観るものもまたアーティストである。

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沼田祐輔'sギャラリー/プロフィール

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浸食されたトイレ・カジュアルアーツフェスタ'08より

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浸食されたトイレ・カジュアルアーツフェスタ’08より

AKITAカジュアルアーツフェスタ'08
8月30日 (土) ~ 9月7日(日)
アトリオン/仲小路通り



インストレーション・失われた価値観より「世界は雲の上にあった」
小林 潤/市井 了・秋田大学工学資源学部環境物質工学科
於・仲小路ビル3F

廃墟となった地球の片隅の光景でもあるかのように、植物に埋め尽くされて本来の価値を失ったトイレ。



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AKITAカジュアルアーツフェスタ'08
8月30日 (土) ~ 9月7日(日)
アトリオン/仲小路通り

丸岡慎一「bird」
於・仲小路ビル2F



一部屋まるごと丸岡ワールド











神奈川県横浜市生まれ
1998年 多摩美術大学大学院美術研究科修了
2004年 ニッサン童話と絵本のグランプリ大賞
2005年 ボローニャ国際絵本原画展入選
2006年 ボローニャ国際絵本原画展入選
2007年 秋田公立美術工芸短期大学 産業デザイン学科助教

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丸岡慎一・作品とプロフィール
ニッサン童話と絵本のグランプリ大賞/第21回(2004年度)入賞作品/丸岡慎一
秋田公立美術工芸短期大学:: 丸岡 慎一
「なぎのひ」イラストレーター丸岡慎一

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しろいみちしろいみち
(2005/12)
丸岡 慎一

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しろいよる きんいろのほししろいよる きんいろのほし
(2007/11/25)
苺野 なつき丸岡 慎一

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