二〇世紀ひみつ基地

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2007年11月 | ARCHIVE-SELECT | 2008年01月

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肴町に魚屋はなく年の暮れ


2004

藩政期は魚商売の家督町で、昭和五十年、外旭川に中央卸売市場ができるまで、十軒ほどの魚問屋が軒を並べていた上肴町(かみさかなまち)に一軒だけ残っていた、安政年間の創業という歴史ある魚問屋・加賀喜商店。


新聞広告 昭和四年

上肴町という地名が消えて久しく、旧地名の由来を今に伝えていた魚問屋も、この七月初旬に解体され、なじみ深い銅製切抜き文字の看板とともに消えてしまった。



2007.11

跡地では山王から移転したレストラン・ボナペティとパン工房ボーヌが、十一月から営業している。

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上肴町・魚市場

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ネットに残るワールドゲームズ秋田大会

第6回ワールドゲームズ秋田大会・日本ワールドゲームズ協会

International World Games Association : 2001 Akita

ヒルサイド・アヴェニューin秋田ワールドゲームズ2001
2ページにわたって開会式生中継の記録

Akita World Games-THE 6TH WORLD GAMES
競技別「ナミー&ハギー」イラスト

ワールドゲームズ公式競技用メダル
好評だった金属に漆を塗ったメダル

SINGAPORE DANCESPORT FEDERATION
シンガポール・ダンススポーツチーム

World Games 2001 Impressionen
ドイツ・フライングディスクチーム

World Games 2001 held in Akita (Japan) - Ranking and Results - International Korfball Federation
国際コーフボール連盟

Photos from the 2001 World Games World Games
フリスビー・フリースタイルプレーヤー協会

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秋田の元祖ゆるキャラ「ナミー&ハギー」
Jiujitsu・柔術・ワールドゲームズ秋田大会

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Jiujitsu・柔術・ワールドゲームズ秋田大会

2001年の「第6回ワールドゲームズ秋田大会」は、名前も聞いたこともない競技や、今まで見ることがかなわなかった様々なスポーツを堪能することができたが、なかでも見応えがあったのが Jiujitsu(柔術)。



寝技の多いブラジリアン柔術とはスタイルを異にする、ワールドゲームズの柔術は、世界柔術連盟のルールに則った、柔道のようにポイント制で戦うヨーロピアン柔術といわれるもの。

ブラジリアン柔術をよりライトにスポーツ化したものと想像していたが、実際に眼にする試合は、柔道と空手、さらに合気道の要素も見て取れる迫力ある格闘技だった。

YouTubeにアップされているオランダ柔術チームの動画に秋田大会を記録したものがあった。前半の色温度の低いのが県立体育館の試合、八橋陸上競技場における開会式も少し映っている。

YouTube - Rob Haans Highlights
オランダ柔術チーム動画

日本で生まれた古武道の流れをくむ柔術が、Jiujitsu というスポーツとなって里帰りしたわけだが、各国の選手たちにとって日本での試合には格別の思いがあったと聞く。

二階席で観戦中、間近に妙にでかい外人が着席し、そのまわりに人だかりができ始める。どこかで見覚えがあるその横顔の人物は、東京オリンピックの無差別級決勝で日本代表の神永を破り金メダリストとなり、70年代には全日本プロレスからプロレスラーとしてデビューしたこともある、かのオランダの柔道家アントン・ヘーシンクだった。

ワールドゲームズを後援する、国際オリンピック委員会(IOC)の委員である関係から、視察のために来日したというヘーシンクのもとには、選手や観客が群がり握手攻めになっていた。

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秋田の元祖ゆるキャラ「ナミー&ハギー」

関連リンク

World Games 2001 Akita (Japan)
オランダ柔術チームの画像、開会式、弥高神社での練習、試合風景など

Sportschool Roel van Ravens - Rotterdam - Zelfverdediging en Jiu-Jitsu
同じくオランダ柔術チームの画像、九枚目にヘーシンク

ASSOCIAZIONE ITALIANA JU-JITSU & D.A.
イタリア柔術チームの画像、ナミー&ハギー、会場風景など

INTERNATIONAL JU-JITSU FEDERATION
世界柔術連盟

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アイスキャンドルの灯る宵




07.12.23 秋田市広小路にて

第一回 秋田ほっとHOTクリスマスフェスタ

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関連リンク

秋田ほっとHOTクリスマスフェスタ紹介ページ

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みうらじゅんに訊け!・この島国篇/秋田県

糸井重里が主催する「ほぼ日刊イトイ新聞」内のコンテンツ、サブカルの申し子・みうらじゅんによる「みうらじゅんに訊け!この島国篇」秋田県の巻。



「なまはげとウルトラマンファミリーの相似性」「秋田ボブ・ディラン伝説」「ナミー&ハギーに逢いに秋田へ」など、虚実と妄想をとりまぜた、みうらじゅんワールドが繰り広げられる。

下の方にノーカット動画と、以前紹介した「勝手に観光協会」制作、秋田県ご当地ソング「なまはげ兄弟」の音声もあり。

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関連リンク

ほぼ日刊イトイ新聞-みうらじゅんに訊け! ─この島国 篇─秋田県

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なまはげ兄弟・勝手に観光協会
スギッチという「ゆるキャラ」を考察する
秋田の元祖ゆるキャラ「ナミー&ハギー」

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秋田の元祖ゆるキャラ「ナミー&ハギー」

秋田の「ゆるキャラ」といえば、「秋田わか杉国体」のマスコットで、国体終了後は秋田県のマスコットキャラに抜擢された「スギッチ」を連想するが、その先輩であり、秋田に於ける「元祖ゆるキャラ」といえる「ナミー&ハギー」の存在を忘れてはならない。


仲小路・ワールドゲームズプラザにて

四年に一度、オリンピックで実施されていない競技を集結して開催される、スポーツと文化の祭典「ワールドゲームズ」が、秋田県を会場に開催された2001年の夏、公式マスコットの「ナミー&ハギー」が各会場に出没し、世界から訪れた選手たちの人気者になった。

第6回ワールドゲームズ2001秋田大会マスコット「ナミー&ハギー」
なまはげをモデルにした双子の兄弟
ナミー(ピンク)女の子、ハギー(ブルー)男の子
英語でNummy&Huggyと表記。
英語のnum(たくさんの人々)、hug(抱きしめる)という意味を込め、感動と交流を表している
卵形の胴体につぶらな瞳、八重歯のような牙。「スギッチ」は着ぐるみよりもイラストのほうが可愛いが、「ナミー&ハギー」は着ぐるみの方が可愛い。ただし機動性の点では動きやすい「スギッチ」に軍配が上がる。

大会の最中、後に「ゆるキャラ」というネーミングを発明する、みうらじゅんが来秋。スポーツ観戦が目的ではない「ナミー&ハギー」に逢いにきたのだ。
(前略)朝早く秋田のホテルを出て広場に向う。ああ、外は猛暑でアツアツだ。広場にいた係員に「ナミー&ハギーは来るんですね!」と聞いていたとき、き…来たあー!前方が見にくいらしく二匹ともフラついている。5分ぐらい広場をブラつき、すぐにテントに逃げ込むナミー&ハギー。なまはげは本来冬場のもの、猛暑はキツ過ぎるのだろう。(後略)
みうらじゅん『ゆるキャラ大図鑑』扶桑社より
広場というのは、日赤跡地に砕石を敷きつめて設けられたイベント会場「ワールドゲームズプラザ」に違いない。開会式から好天が続いた会期中、真夏の炎天下にあの着ぐるみは「中の人」にとっては過酷な仕事だったと思う。


ワールドゲームズプラザ

会期終了後「ナミー&ハギー」は身売りされ、秋田信用金庫のマスコットキャラに。三組あった着ぐるみのうち二組は、男鹿市からの要請で「なまはげ館」へ寄贈され、入口で来館者を出迎えている。


秋田信用金庫本店にて

秋田信用金庫のエントランスで客を迎える「ナミー&ハギー」。上半身だけの姿が、まるで手足をもぎ取られて自由を失ったかのようで、哀れさを感ぜずにはいられない。

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スギッチという「ゆるキャラ」を考察する

関連リンク

秋田信用金庫

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スギッチという「ゆるキャラ」を考察する

●「スギッチ」改造論


「秋田わか杉国体」のマスコットキャラで、国体終了後は秋田県のマスコットに抜擢され、秋田の「ゆるキャラ」界で人気を一身に集める「スギッチ」。

オリジナルデザインや、多くの国体選手がお土産に買っていったぬいぐるみは可愛らしいのだが、それが着ぐるみとなると、総じてバランスが悪くダサい印象を受ける。「中の人」の背が高すぎると、とくにバランスが崩てしまう。まるで緑色のイカのような上半身に、「お前はイカ飯のPRキャラか!」と突っ込みたくなる。


04.06 大町にて

こちらは初期バージョンの着ぐるみ、円錐形の胴体、笑みをたたえた赤い口、眼の大きさ、覗き穴の位置など、現在のものと大きな違いがあり、まだ未完成な印象を与える。中の人は女性だろうか、かなり身長が低い。


07.02 アルヴェにて

次は現在のバージョン。この着ぐるみにも微妙な個体差があるが、オリジナルイラストとの顕著な違いは、眼が大きすぎるということ、これが全体のバランスの悪さを際立たせている。

少女漫画や萌えキャラの特徴である大きくうるむ瞳は、可愛らしさの象徴であるのだけれど、過ぎたるは及ばざるが如しで、それが度を超すと、観る者に異様さと威圧感を与える。

ということでこの「スギッチ」に眼を小さくする整形手術を試みた。


整形後

眼を70%ほど縮小、間隔を広げ角度をハの字型に整形、さらに白い隈取りを狭くして、オリジナルイラストに近づけてみた。整形前と比べて、こちらの方が自然だと思うのだがどうだろうか。

「ゆるキャラ」(ゆるいキャラクター)の「ゆるさ」にはそもそも、「どこか間抜けでヘンテコリン」というようなニュアンスが含まれているのだから、「スギッチ」の着ぐるみのダサさやアンバランスは「ゆるキャラらしさ」と言えなくはない。

●「ゆるキャラ」というアイロニー

「ゆるキャラ」というネーミングを発明した、サブカルの申し子・みうらじゅんのマイブーム(これもみうらの造語)には、「とんまつり」(とんまでまぬけな日本各地の奇祭)、「カスハガ」(観光地で売られているカスのような絵葉書)、「いやげ物」(もらっても嬉しくないまるで嫌味のような土産)などがある。

「ゆるキャラ」もこれらと同一線上の、ある種のアイロニー(皮肉)が含まれたネーミングなのだが、滑稽なのはその真意を知ってか知らずか、ブームに便乗した全国の自治体や公共団体などが、自らのマスコットに率先して「ゆるキャラ」を冠して使い始めたことである。

「ゆるキャラ」というカテゴリーは、あくまでも観察者側の分類、またはオタク用語であり、制作側が使うことばではない。使うとすればそれが自虐的なことばであることを肝に銘じなければならない。

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関連リンク

「TVチャンピオン」ゆるキャラ日本一決定戦
スギッチが優勝

スギッチ Google イメージ検索

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スピッツのツアトラ





秋田県民会館 12月20日
SPITZ JAMBOREE TOUR 2007-2008 "さざなみOTR"

秋田県民会館駐車場にスピッツのツアートラック三台。

二台が「山にス」の屋号デザイン。
もう一台は最新アルバム「さざなみCD」のジャケットデザインで、イラストレーションは福田利之。

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関連リンク

TOSHIYUKI FUKUDA PORTFOLIO
ほぼ日刊イトイ新聞 - 福田のフォト絵。

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今週のあやたん

先週は久々にリアルタイムのキャスター日記に動画がアップされていたあやたん(元ABS伊藤綾子アナ)。



今週は水曜19:00から放送される「笑ってコラえて!」にゲストとして出演するらしい。 「日本列島 ダーツの旅」は、秋田県三種町八竜ということで、久々にABSに映るあやたんと共にこれは見逃せない。

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関連リンク

リアルタイム-生放送終了後の生キャスター 2007年12月12日
動画はコチラ

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東京さ行ったあやたん(T_T)

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当ブログが取材を受けまして・・・

先日、広域秋田圏のビジネス&カルチャーニュースを発信する「秋田経済新聞」から取材を受けまして、当ブログのことが本日付けで記事になっております。ウェブサイト「秋田経済新聞」内だけの記事と思っていたら、なんとYahoo!ニュースの地域版にも連動して掲載されていてビックリ!。



詳細は以下関連リンクから・・・。

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関連リンク

秋田の身近な事象を掲載するブログ、「昭和の郷愁」テーマに4年目 - Yahoo!ニュース

秋田の身近な事象を掲載するブログ、「昭和の郷愁」テーマに4年目 - 秋田経済新聞
秋田経済新聞トップページ

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お家のテレビをシネラマに・昭和30年代


新聞広告 昭和35年(1960)

NHK秋田放送局がテレビ放送を開始して間もない時代の、テレビジョンのブラウン管の前に装着して、映像を拡大する凸レンズの広告である。

昭和30年代のブラウン管サイズの主流は14インチで、35年当時の価格は5万5000円から6万円ほど。17インチとなると10万円を越える価格となる。小学校教員の初任給が9千円の時代、テレビジョンは大量生産による低価格化が進んだとはいえ、まだ月給数ヶ月分に相当する高級品であった。

「テレスコープ」「スーパーワイダー」などと命名された、高価な大型テレビジョンにあこがれ、ブラウン管の前に取付けられた、プラスチック製レンズのほとんどが透明なものであったが、なかには薄いブルーやピンクに染められたものも存在した。

広告の製品はレンズの中に液体が注入されていて、その液体が光線を吸収して目が疲れないというものだが、その効果は限りなく怪しく、決して安い買物ではない。

拡大鏡効果の無い合成樹脂版に、単色、または上下が違う色で着色しただけの製品も販売されていた。それらの彩色フィルターを通したモノクロ映像に、まだ観ぬカラーテレビジョンを夢見ていたのである。

色付きセロファンをブラウン管に貼って、カラーテレビジョンの雰囲気を味わった経験のある、同世代の方もおられると思う。


イメージ画像

昭和34年、皇太子御成婚パレードがテレビ中継されたのを機に、テレビジョンの普及が加速するが、35年の普及率はまだ33%ほど。もちろん我が家にもテレビジョンは到来していない。

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:30 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ネオン瞬く川反の夜・昭和30年代


川反夜景

昭和30年代初頭の発行と推定する、人着(人工着色)印刷による絵葉書。撮影者は川反五丁目角の開運堂菓子店(現・八番館ビル)前付近から、南を向いて撮影している。

戦後の高度経済成長期はネオンサイン全盛期と重なる。商店街にはアーチ型ネオンが設置され、パチンコ屋はネオンで外装、歓楽街もネオンであふれかえった。

屋外広告物の規制がゆるかったため、大きく道路にはみだしたネオン看板が競うように重なり合い、柔らかに光り瞬く光景が、現在よりも華やいで明るい印象を夜の川反に与えている。

判読できる店名をあげると、右手に「バー洋子」、左手に料理屋「いろは」、その奥に朝日興産経営の「キャバレー朝日」(現・第一ソワレドNKビル)。

間違いなく川反五丁目通りなのに、サッポロビールのネオンの下に「川反四丁目」の文字が光っているのは、四丁目方向から見ると「川反四丁目」、五丁目方向から見ると、つまりネオンの裏には「川反五丁目」の文字があるのだと思う。


07.11 川反五丁目

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川反五丁目雪景
川反四丁目夜景
川反にサーキット場があった時代

川反(ひみつ基地内検索)

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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