二〇世紀ひみつ基地

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2007年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年07月

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路上に跳ねる・ヤートセ秋田祭07

第10回ヤートセ秋田祭
07.6.24
大町二丁目 ・通町

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関連リンク

ヤートセ秋田祭公式サイト

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狂い咲くあだ花の如く・ヤートセ秋田祭

路上に躍る・ヤートセ秋田祭07前夜祭

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上弦の月に乾杯・リレーコンサート

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土曜日の夕方から夜、サンパティオ大町の中庭をステージに開催される、トワイライトリレーコンサートが今年も始まった。

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昨年と同様、第一回目に登場したチアーズ。

チアーズのつくりだすハーモニーを聞くと、心が幸福感で満たされ、自然に笑みがあふれる。

上弦の月の下、アンコールの曲は、福耳(杏子・山崎まさよし・スガ シカオのユニット)の「星のかけらを探しに行こう」。演奏の二人もコーラスに加わり、夜の野外というロケーションにもマッチした名曲を、しっとりと聞かせてくれた。余韻が残る良いステージだった。

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関連リンク

チアーズ オフィシャルサイト

サン・パティオホームページ
トワイライトリレーコンサート
日程と出演予定ミュージシャン

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チアーズとネイガーの日曜日

土曜日のたそがれ時に

| 散歩写真・路上観察 | 23:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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路上に躍る・ヤートセ秋田祭07前夜祭

第10回ヤートセ秋田祭
前夜祭
大町二丁目

毎年の恒例となった、ヤンキー系コスプレ路上舞踏会の前夜祭。

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関連リンク

ヤートセ秋田祭公式サイト

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現役の噴水ジュース・毎日新聞

ここ数日、当ブログに「噴水ジュース」および関連キーワード検索や、その関連記事のリンクから訪れる人が、この五日間で500アクセスを越えている。

調べてみると、6月20日付「毎日新聞」の記事「もう一度食べたい:続・噴水ジュース 現役自販機、あった--島根・大田の彼岸市」が原因のようだ。

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「毎日新聞」web版より

記事は島根県大田市で今も現役で活躍する「噴水ジュース」を紹介したもの。大田市駅前商店街で年二回開催される「彼岸市」に登場する「噴水ジュース」は、今も一杯十円で販売し、街の人気者になっているとのこと。この自販機、昭和の一コマを語る文化財級の貴重な現役機である。

昨年十月には、国立科学博物館・産業技術史資料情報センターにおいて、歴史的自販機を展示する企画展「ようこそ!自販機ワールドへ~自販機産業の過去・現在・未来」が開催され、ホシザキ電機の噴水ジュース自販機「オアシス」が出展されて話題になった。

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関連リンク

もう一度食べたい:続・噴水ジュース 現役自販機、あった--島根・大田の彼岸市
もう一度食べたい:噴水ジュース 舞い踊るオレンジ
MSN毎日インタラクティブ


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噴水ジュースがあった時代


| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 13:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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内堀のカルガモ親子・千秋公園

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梅雨入りの頃になると、県民会館裏の内堀の、生長した草むらに、人目につきにくい巣をつくるカルガモに、ヒナが生まれる。

孵化してすぐに、親のあとにくっついて歩き、泳ぐヒナの姿が愛らしい。

内堀には今年も二家族生息しているようだ。

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小金色の笹巻き・庄内の珍味

笹巻きの餅といえば、わずかに笹の緑で染まった白色のものが普通だが、山形の庄内南部地方には、そんな常識をくつがえす笹巻きがある。



色合いや包み方が見慣れたとものとは少し異なる笹巻きの、イグサの結びを解き笹をむくと、半透明で小金色をしたゼリー状の物体が姿を表す。

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もち米の粒状感の消えた、ぷるんとして粘りのある食感はユベシに近い。地元では黒蜜ときな粉をからめて食べるのだという。味は無味に近く、灰汁特有のものと思われるかすかな香りがする。笹の香りはわずかで、風味の点では食べ慣れた白い笹巻に軍配が上がる。

この笹巻きをつくるポイントは、灰汁(あく)を使うこと。楢の木などの落葉樹か、藁を燃やした灰で灰汁をつくり、一晩もち米を浸しておき、水切りして笹で包む。それをさらに灰汁を入れたお湯で三時間から四時間ほど茹でると、灰汁と笹がもち米を小金色に染め、独特の食感をもった笹巻きの出来上がり。

茹で上がってもすぐには取りださず、鍋に入れたままで一晩冷ましておく。これは急速に冷ますと笹の葉が乾燥して皺ができるためといい、包む笹も、前年の夏に採って天日で乾燥させたものを、水で戻して使う点も、秋田の笹巻きとは異なる。

強いアルカリ性の灰汁が雑菌を抑え、笹の防腐作用が加味された、ミネラル豊富で日持ちのする保存食品であるが、これと同じ笹巻きが新潟にあり、はるか南方の南九州には、同じ製法の灰汁巻き(あくまき)と呼ばれる、竹の皮で包んだチマキが存在する。

この灰汁巻きが、江戸時代の薩摩から北前船で北上して、新潟・庄内の灰汁を使った笹巻きとなったともいわれている。

承平年間(931~938)に編纂された『倭名類聚鈔』に「和名知萬木(ちまき)」の項目があり、「粽は、菰の葉で米を包み、灰汁をもってこれを煮て、爛熟せしむるものなり。五月五日にこれを喰う」とあり、さらに時代をさかのぼって、チマキの本場・中国では、晋の周処の『風土記』(280年頃の成立)に、「菰の葉で黍米を包み、濃い灰汁でこれを煮て軟らかくし、五月五日と夏至の日に食す」と記録されている。

こうしてみると、チマキとはもともと、穀物を植物の皮で包み、灰汁で煮た保存食品だったようで、庄内の黄金色の笹巻きも、その流れをくむ古代チマキの一種といえるようだ。

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関連リンク

鹿児島の味・灰汁巻(あくまき)
賞味期限は常温で三ヶ月という

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笹巻きを食う・旧暦五月五日

| 食材・食文化 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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笹巻きを食う・旧暦五月五日

秋田では旧暦の五月五日を端午の節句として笹巻きをつくる。今年は六月十九日が旧暦の五月五日。

子供のころ、隈笹(クマザサ)の若葉が適度な大きさに育つこの時期になると、父と一緒に生家に近い金照寺山に、笹巻きに使う隈笹を採りに出かけるのが恒例の行事だった。

「ちまき笹」の通称がある隈笹の若葉は、香りが良く、柔らかくて加工しやすい。母は一晩水に浸してザルで水を切ったもち米を、器用に二枚の笹の葉で包み、イグサで結び茹であげる。



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写真は、通町「せきや」で「大久保笹巻き」の名で販売している、小ぶりで扁平気味の笹巻き。関谷さんは大久保出身の、元々は荷物を背負い行商したガンガン部隊だから、大久保特有のつくりかたなのかもしれない。

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結ぶイグサと笹の移り香が、ほのかに漂うもち米に、青きな粉をまぶして食べる笹巻きは、初夏の郷愁の風味。

チマキとは本来、茅(チガヤ)の葉で包んだことからの名だが、その形は地方によって様々で、米を包む材料も、竹の皮、笹、薦(コモ)、菖蒲などが使われ、それぞれの名で呼ばれていて、秋田県内でも、もち米粉とうるち米粉を混ぜ水でこねて、笹団子をつくる地域もある。

「笹巻き」のほかに、「菱巻き」、「角巻き」、「三角巻き」などと呼ばれ、包み方、形態の違いがみられる。二枚の笹を使う例が多いが、由利地域では三枚の葉で、先のとがった形につくる。

もち米を笹の葉で巻いて茹でる製法は、秋田・山形・新潟など、主に日本海側に分布し、その伝播は北前船によるものといわれ、笹の殺菌効果により保存が利く笹巻きは、携帯保存食としても重宝された。

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勝平得之「ささまき」昭和十七年

五月五日、端午の節句には、疫病よけとして菖蒲・ヨモギを軒にさして邪気を払い、チマキや柏餅を神棚に供え、菖蒲湯をたて身を清める。今では失われかけた伝統だが、これは中国から伝わったの端午の行事と、日本古来の習俗が複合したもの。

つくった笹巻きは、勝平の版画にあるように、吊るして保存したものだが、もともとは軒に吊るして魔除けとしたものという。

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関連リンク

笹巻きレシピ(秋田由利地域)
三枚の笹で包む先のとがった由利地域の巻き方

乾燥笹の葉販売と笹巻きの作り方(山形)

笹巻き・島根県雲南市

| 食材・食文化 | 23:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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モノクロに始まる藤城影絵の記憶

今年で創作活動六十五周年。八十歳を越えてなお現役の影絵作家・藤城清治の版画展が、秋田西武地下で開催中。



秋田西武
藤城清治 秀作版画展
6月12日(火)~18日(月)
最終日は午後4時にて閉場

藤城清治サイン会
6月16日(土)
午後1時30分~3時

メインは複製のレフグラフ版画だが、肉筆スケッチのほかに、数点のオリジナルの影絵も展示されている。

カミソリを使いカラーフィルターを切り描く藤城の影絵は、芸術というよりも職人の仕事に近い。誰も到達することのできない人間国宝級の技を持った職人の。

藤城の影絵をはじめて見たのは、昭和三十年代のNHKテレビ、もちろん白黒テレビの時代、番組は「鶴の恩返し」かなんかの童話か、「みんなのうた」だったと思う。

大きな目玉の妖精や小人が登場する、夢のような影絵世界は、モノクロでも充分に魅惑的であった。影絵は光と影で造られる世界だから、それは影絵本来の魅力であったのだが、やがて我家にカラーテレビが到来し、そこに映し出された、ステンドグラスを連想させる藤城影絵の多彩さに眼を見張った。

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1973「宇津救命丸」CMより

昭和三十六年(1961)には、等身大のぬいぐるみ人形劇をメインにした「木馬座」を立ち上げる。

昭和四十一年(1966)十一月、日本テレビ系で自主提供による「木馬座アワー」放送開始。藤城清治が自ら番組スポンサーとなり、プロデューサー、演出、出演までこなす大活躍。月曜から土曜日まで二十分の帯番組で、秋田放送ではPM5:15から放映されていた。

この番組から生まれたスターが、かえるの着ぐるみのキャラクター「ケロヨン」。

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「ケロヨン」はまたたくまに人気者になり、そのセリフ「ケッロヨ~ン」「バッハッハ~イ」は流行語になる。昭和四十年代初頭は、玩具から日用品まで「ケロヨン」のキャラクターグッズが世にあふれた。

ちなみに薬屋の店頭にあるカエルのマスコットを「ケロヨン」と勘違い人が多いが、あれは「ケロちゃん」という名のコルゲンコーワのキャラクターで、「ケロヨン」とは全くの別物である。

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関連リンク

藤城清治 影絵の世界

昇仙峡 影絵の森 美術館

藤城清治のピンクのポルシェ・愛車物語(読売新聞)

「ケロヨン」の『木馬座アワー』の検証?(禁断のハイブリッドマニアック)

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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関根屋旅館・秋田駅前旅館の時代


関根屋旅館 明治四十年・書籍広告

秋田停車場(駅)開業の前年、明治三十四年に創業した「関根屋旅館」は、秋田市の駅前旅館を代表する旅館で、広告文に「鉄道構内物品販売兼業」とあるように、その初期から旅館業のほかに弁当類を製造し、駅構内で販売していた。

明治四十四年の「旅館要録」には、「開業明治三十四年。和風二階建客間十八。宿料六十銭八十銭一円。兼構内すし雑貨販売」とある。当時は駅弁といえば寿し類だったのだろうか。

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関根屋旅館・大正末期

大正十年頃に建てられた「関根屋旅館」の洋風建築。

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旅館前にはフォードのタクシーが停車し、かたわらに「富樫自動車営業所」の看板。

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関根屋旅館より秋田駅を望む

旅館の玄関の上に設けられたバルコニーからの眺め。駅舎は昭和三十五年まであった先先代のもの。

「関根屋旅館」があったのは、現在の駅前広場。

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秋田駅前地図・大正十五年頃

この時代、九軒の旅館が建ち並び、「関根屋旅館」の隣には、県内初のタクシー業「佐々木自動車」の出張所、四軒の運送店などが営業し、ヨーカドーが建設されるまで同じ場所にあった、信太商店、旅人宿信濃屋(後の信濃屋旅館)、天龍製鋸の名もみえる。

「信濃屋旅館」は旅館廃業のあと、「花だんご信濃や」と名を変えて団子屋に転身、ヨーカドーの地下に出店したが、今は広面に移転。

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秋田駅前周辺
吉田初三郎「秋田市鳥瞰図」より・昭和初期

中洲のような形状の「関根屋旅館」一帯は、大東亜戦争も終盤を迎えた昭和二十年、建物疎開のため、ことごとく撤去されて更地になってしまう。

終戦後、駅前広場には、青空マーケットやヤミ市が自然発生し、昭和二十三年になると、広場の緑化整備が始まる。

建物が消えて旅館を廃業せざるを得なかった「関根屋旅館」であったが、その後も「関根屋」の名で駅弁の製造販売を続けて今に至り、最近の弁当の掛紙には「秋田駅とともに百余年」の文字が印刷され、その歴史を物語っている。

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秋田駅前・1970年代初頭

関連リンク

今月の特選駅弁・秋田駅「日本海鰰すめし」:るるぶ.com
今月の特選駅弁・秋田駅「秋田比内地鶏こだわり鶏めし」:るるぶ.com

駅弁東北[駅弁の小窓]
なつかしい駅弁掛紙の画像も

| 秋田市今昔 | 23:30 | comments:1 | trackbacks:1 | TOP↑

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三十年目の日時計タイムカプセル


秋田市八橋運動公園

昨年記事にした、秋田市八橋運動公園の日時計。その台座部分に封印されたタイムカプセルは、昭和五十二(1977)年の除幕式から三十年目にあたる、今年の「時の記念日」 (六月十日)に、第一回目の開封式を迎えることになっていたが、諸事情で延期になってしまった。

タイムカプセルには、八橋小学校児童の絵と作文が含まれているため、モニュメントを設置した、県時計貴金属眼鏡商組合連合会は、タイムカプセルの開封にあたって、八橋小学校に当時の児童を照会したところ、個人情報保護の観点から開示を拒否されたという。なんともせせこましい世の中になったものである。学校の立場も判らないでもないが、もっと柔軟な対応ができないものだろうか。

‥‥‥岡部司事務局長は「当時小学生だった人に集まってもらいカプセルを開けたい。心当たりのある人はぜひ連絡してほしい」と呼び掛けている。

問い合わせは同会事務局(オカベ時計メガネ店内)TEL018・833・8558

『さきがけonTheWeb』2007/06/06 より

新聞記事や、そのWeb版を見た海外在住者をふくめて、当時の児童と関係者から多くの連絡があったという。しかし、現時点では連絡が行き届かず、人数を集めることができないため、「時の記念日」にこだわらずに、今年中のなるべく早い時期の開催を目標にして準備中とのことであった。

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日時計タイムカプセル、開封へ 30年前の八橋小生連絡を

オカベ時計サービス
牛島本町通りのオカベ時計店は、生家に近いなつかしい店

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西暦2077年の日時計

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お日様が虹の傘さす明日は雨

午前中、ふと見上げた大空の、太陽の周りに大きな日暈が。


07.6.5 秋田市上空

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07.6.5 秋田市上空

太陽をとりまく日暈は「ひがさ」もしくは「にちうん」、夜の月にかかる月暈は「つきがさ」または「げつうん」という。

高層に広がる薄雲に含まれる氷晶(氷の粒)がプリズムとなり、太陽光を屈折させて日暈を発生させる。

古くから「太陽(月)に暈がかかると雨になる」との言い伝えがある。いわゆる観天望気であるが、実際、暈が出た翌日に雨が降る確率は高い。

これは、暈を発生させる巻層雲が、低気圧の前方に発生し、低気圧の接近を知らせる前触れの雲だから。

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宝くじを買って牛馬を当てよう!


第一回秋田県復興宝くじ

昭和二十四年、戦災復興資金を得ることを目的として県が発行した「第一回秋田県復興宝くじ」、一枚二十円也。

復興宝くじは各市町村、団体に割り当てられ、収益金は主に道路の復興のために使われた。

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昭和二十四年・新聞広告

特等賞金十万円十本。小学校教員の初任給が四千円ほど、かけそば一杯十五円ほどの時代である。

特等賞品が、なんと「馬または乳牛」、以下、一等・ミシン、二等・リヤカー、三等・自転車。戦後の物資不足のおり、副賞の賞品がもてはやされた、そんな時代を反映した品揃えだ。

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昭和二十四年・新聞広告

同じ年の、ミス秋田推薦投票用紙付「第二回秋田県復興宝くじ」。特等賞金三十万円五本。

特等賞品は「嫁入道具一式」。一等・ミシン一台、二等・寝具一組、三等・自転車用タイヤチューブ、四等・ゴム長靴‥‥‥。

昭和二十六年発行の「第三回秋田県復興宝くじ」になると、賞品は七等の「菓子・七十五万本」のみとなり、ようやく物資不足も落着き、物流が安定したことをうかがわせる。

| 秋田市今昔 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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千秋茶会・千秋公園本丸

平成十九年六月三日
第二十九回「千秋茶会」
於・秋田市千秋公園本丸

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緑輝く初夏の千秋公園本丸を会場に、県内の茶道流派が一堂に会して野点(のだて)を行う、恒例の千秋茶会。好天にも恵まれて、本丸には大勢の老若男女が集い、お茶を楽しんでいた。

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普段は茶道と縁がなく、その作法を知らなくとも気軽に茶道を楽しめる茶会で、参加者は一枚で三席入ることができる券を購入して、お目当ての流派の茶席で、お茶と茶菓子のもてなしを受ける。

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流派は、遠州流、裏千家、宗偏(正確には彳に扁)流、狭山流、玉川遠州流、小笠原流、石洲流の七流派。人気の高い裏千家は三席設置されて全部で九席。

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新緑のもとに置かれた、毛氈(もうせん)の緋色がまぶしい。

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浜省のツアトラ・秋田県民会館


07.6.3

今日は浜田省吾のコンサート。県民会館の駐車場には大型のツアトラ(ツアートラック)が並び、機材を搬入していた。

音響機器、楽器、照明装置、ステージセットなどが積みこまれた、同じロゴがペイントされた、20トンクラスのツアトラが六台。これだけ揃うと妙な迫力がある。

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関連リンク

SHOGO HAMADA ツアーオフィシャルブログ
千秋公園、機材搬入など、県民会館周辺の画像あり

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再建の槌音・ 八幡秋田神社


06.08

一昨年の一月、愚か者の放火により焼失した八幡秋田神社の本殿。

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06.08

損傷が少なかった本殿右側。脇障子の彫刻は竹に鶴の意匠、左側の脇障子は松と亀の彫刻だったはず。

本殿は天保三年(1832)六月建立、総ケヤキ、素木造。随所に当時の職人が丹精をつくした、精緻な彫刻がほどこされ、県有形文化財に指定されていた。

復元調査のため保存され、そのままになっていた残骸も、この五月に撤去。昨年七月に地鎮祭を執り行ったあとも、進展がみられなかったが、ようやく建設資金のめどもついたようで、現在は基礎工事が始まっている。

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07.05 新築工事

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02.12 在りし日の本殿

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04.01 在りし日の拝殿

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04.01 在りし日の拝殿

明治三十二年に建てられた拝殿。神紋は佐竹家の家紋「五本骨扇に月丸」。

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07.05

一億五千万円ほどの総工費のうち、約五千万円を企業および個人の浄財と、屋根を葺く銅版に氏名を記入して奉納する銅版寄進であがなう予定という。

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八幡秋田神社焼失す

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