二〇世紀ひみつ基地

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2007年04月 | ARCHIVE-SELECT | 2007年06月

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広小路でピストルを買う


「秋田銃砲店」大正四年・新聞広告

我が国ではかつて、県知事宛の書類に記名捺印し、所轄警察署に提出するだけで、簡単に拳銃を購入することができた。

◎護身用拳銃ハ‥‥‥財産ノ有無ト身分ノ高低ニ拘ワラズ何人モ買受能フモノナリ
◎護身用拳銃ハ‥‥‥出願許可ノ手続等ハ世人ノ思考スル如ク面倒ナル者ニ非ス
◎護身用拳銃ハ‥‥‥取扱簡単ナルヲ以テ老人婦女子モ容易ニ使用シ能フ
◎護身用拳銃ハ‥‥‥一人ニテ何挺ナリモ認可ヲ得テ携帯所有シ能フ
◎護身用拳銃ハ‥‥‥初心者モ十五六発試射ヲ為セバ容易ニ妙所ヲ悟リ得ヘシ

横浜市・金丸銃砲店「銃砲型録」明治三十一年より

明治末の護身用輸入拳銃の値段は、普及品で二円五十銭から、高級品で三十五円までと様々。婦人用の小型拳銃もあった。ちなみに、この時代の教員の初任給は十一円ほど。

商家や資産家などのほとんどは護身用に拳銃を所持していたが、終戦後、GHQの指示を受けて定められた銃砲等所持禁止令により没収されることになる。もっとも戦争末期の金属供出により、その数も少なくなっていたと思われるが。

銃砲類が自由に購入できた時代、拳銃の所持が犯罪の抑止力にはなれども、それによる犯罪は少なかった。

| 秋田市今昔 | 22:30 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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雲紋雀蛾の斑紋、新緑のごとく


スズメガ科・ウンモンスズメ

千秋公園の石段で休息していたウンモンスズメ(雲紋雀蛾)。

羽化して間もなく、まだ痛みのない、うぶなモスグリーンの、新緑にとけこむような迷彩色の斑紋の妙趣に、思わず見とれてしまう。

その姿はカモフラージュカラーに塗装されたステルス戦闘機のようだ。

| 散歩写真・路上観察 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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二ノ丸の初夏・千秋公園

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勝平得之『二ノ丸の初夏』(千秋公園八景より)昭和十二年

本丸の土手から俯瞰した初夏の風景である。本丸に向かう裏門坂と胡月池を前景に据えて、はるか東には、なだらかな稜線を描く太平山の姿。

現在とそれほど変わらない風景ではあるが、ツツジはまだ若く、胡月池の向こうの樹木も生長していない。ひときわ高くそびえる樹木は、今は一本だけ残して消えてしまったモミの並木だろうか。

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07.05

本丸からの景観は、新緑のなかにツツジが咲き乱れ、胡月池の藤棚が藤色に染まる、この季節がことに美しい。

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鯉茶屋前

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通町橋から秋田市役所を望む


秋田市役所・明治四十年代

木造の通町橋の左手に、水道管が渡され、その向こうの土手長町上丁(現・千秋矢留町)に、まだ出来て間もない二代目の秋田市役所が建つ。

土手長町の秋田監獄が南秋田郡川尻村(現在の秋田刑務所の地)に新築移転、その跡地に竣工した市庁舎で、この地には藩政時代にさかのぼると、御会所という行政の実務を執行する機関が存在した。

初代の市役所は、土手長町中丁(現・中通三丁目)にあった南秋田郡役所で執務を開始。五月に初代市長小泉吉太郎が選ばれ、七月十二日、開庁式を迎え、以来この日が市制記念日となった。明治三十八年七月に失火により全焼、仮庁舎を大町三丁目に置く。

明治四十二年、土手長町上丁に新庁舎落成、伊藤博文は開庁を祝し「忘己報公」の揮毫を寄贈。「己を忘れて公に報いる」、はたして今の役人に、この志をつらぬく人物がどれほど居るのか。

当時の秋田市は中心部だけの小規模の町だったが、大正末期に、河辺郡牛島町、南秋田郡川尻村、昭和十六年、南秋田郡土崎港町・寺内町、河辺郡新屋町が合併。戦後は下浜、金足など周辺の村を合併し、行政規模と職員数がが拡大するにつれて、市庁舎も増築をかさね敷地を拡張していく。

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北隣に増築された庁舎

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07.05 通町橋から旧市役所の地を望む

二代目市役所があったのは、今のガソリンスタンドとJA秋田のあたり。周囲に関連施設が並んでいた。


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旧秋田市役所界隈

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秋田郵便局変遷・大町四丁目

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秋田郵便局・明治四十年代
本町四丁目から大町三丁目を望む

秋田市本町四丁目(現・大町四丁目)の秋田郵便局。電柱から太いケーブルが引き込まれているのは、郵便局が電信電話業務を兼ねていたため。秋田局では明治四十年に電話が開通、加入台数は二百台ほどだった。

秋田郵便局の場所には、明治の始めまで赤津塾という寺子屋が存在した。藩士の子弟が通う明徳館に対して、こちらは庶民の子弟のための教育をおこなう、赤津盛正が開いた私塾で、最盛期の生徒数が四百人以上という規模で、日本七大寺小屋のひとつに数えられている。

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秋田郵便局・大正期

こちらは、大正四年、同じ場所に新築された、大正浪漫の香り漂う瀟洒な局舎。掲示板のわきに、郵便配達夫が集まり、カメラに眼を向けている。

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柱、窓枠などを縁どるように外壁に露出させた、ハーフティンバー風の外装デザインと、細部の意匠が美しい。

木造建築ではあるが基本に鉄骨を使い、一階の電信受付室と階上の電信機械室を昇降するエレベーターを設置、男性職員用の浴室、電話交換手用の化粧室と浴室など、厚生施設も整った充実した局舎だった。

また、電信電話ケーブルの地中化を実現している。地中化といっても、本町四丁目西北角の「松村理容店」前の電柱から道路を横断し、斜向かいの郵便局の地下室までの短距離に、鉛管を埋めてケーブルを通したものらしいが、そのため局前の電線は混乱もなくすっきりしている。

この局舎は、昭和十二年ごろの火災で惜しくも焼失、秋田郵便局は豊島町の旭北小学校跡地(現在のNTT秋田大町局の場所)に移転。

その後、昭和二十四年、もとの本町四丁目に新築されるが、戦後間もない時代の建築で、老朽化が激しく、昭和三十年代後半に地上四階、地下一階の局舎を新築。

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秋田郵便局・昭和
大町三丁目から四丁目を望む

なじみ深く、なつかしい局舎だ。その奥、南隣には電話局。左手の角に「ヒラノヤ洋品店」、すずらん通りをはさんだ斜向かいに今もある「理容まつむら」は、旧藩政時代からの髪結い処。

約一世紀のあいだ大町四丁目にあった局舎も、設備の近代化に応ずるために、保戸野の秋田市交通局跡地に移転が決定、昭和五十九年、秋田中央郵便局としてオープンする。

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大町三丁目から四丁目を望む

秋田郵便局が移転した大きな跡地には、ホテル法華クラブグループの出店計画もあったが実現せず、やがて駐車場に、隣接した電話局はNТТ DoCoMo東北ビルとなった。


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「秋田郵便局」跡

| 秋田市今昔 | 13:30 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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ど根性桐の木・大町五丁目路上


07.05.06

秋田市大町五丁目路上で、電柱の根元のアスファルトを突きやぶって生長する桐の木。昨年発見されてニュースネタになっていたが、生命力旺盛な桐のこと、今ではこんなに大きくなった。

桐の種子が飛んできて、たまたま電柱の根元で育ったのだろうが、何かの縁か、間近に「桐タンスの川島」があることも話題になり、店の人が桐の世話をしているようだ。

「昔、女の子が産まれると庭に桐を植え、嫁入りのときにはその木でタンスを作って嫁入り道具とした」というほど生長の早い桐の木。このまま大切にされて大きくなりつづけたら、一体どうなることやら。

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07.05.06

これを撮影した日、どこかの放送局が桐の木を囲んでロケをしていた。見覚えのない女性リポーターだったので、県外のテレビ局かも知れない。

平成十七年の暮、兵庫県相生市で、アスファルトの隙間に生える大根が発見され、「ど根性大根」としてマスコミで話題になる。しかし、このような劣悪な環境に育つ植物は、ちょっと気をつけて観察すれば何処にでもみられるもので、さして珍しくはない。

この物件も、前年からの「ど根性植物ブーム」と、たまたま桐の木に意義を見いだした人がいたために、こうして生き残っているのであって、そうでなければ邪魔者として刈り取られていたことだろう。

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暗黒のネイガー登場・超神ネイガーショー

07.04.30
秋田ニューシティー

黄金週間のネイガーショーの目玉に、なにやらブラックな新キャラが登場するとの噂。

いつものように、だじゃく組合行動班長ハン・カクサイ様による抱腹絶倒の漫談で幕が開き、ホジーネも加わり、大阪からネイガーショー観戦のために、はるばる来秋した客などをステージに上げて客いぢりなど。

その後、いつものとおりネイガーが登場、だじゃく組合をいぢめて退散させる。ネイガーが見栄を切って退場し、再度ハン様一行が登場するが、ホジーネは、山から拾ってきた毛の生えた黒い物体を大切に抱えている。

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ホジーネとハン様

その黒いタマゴのような物体から、地の底から響くようなおぞましき音が鳴りわたり、やがて誕生したのが、ネイガーそっくりの裏ネイガー・クレイガー。

裏秋田という、ダークサイドからやって来たクレイガー、これが、やたらに強くてクールな奴。今までのだじゃく組合系の敵役とは一線を画した究極の悪役である。

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クレイガーv.s.ネイガー

その圧倒的パワーの前に、ネイガーも加勢に加わるネイガージオンさえも倒されてしまい、みじめな敗北を喫したネイガーたちは、再起を誓い去ってゆく、という今だかつてない「次回に続く」的な展開。最後にはふたたびハン様の登場で幕を下ろすのも始めて見た。

最強のアンチヒーロー・クレイガーの登場は、NHKの正月特番でその片りんをみせた、ネイガーのバージョンアップ版・黄金のネイガー誕生への伏線なのだろう。

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関連リンク

超神ネイガー公式ウェブサイト
超神ネイガー・Wikipedia

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