二〇世紀ひみつ基地

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2006年05月 | ARCHIVE-SELECT | 2006年07月

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大館曲げわっぱ太鼓・ヤートセ秋田祭

ヤートセ秋田祭に「大館曲げわっぱ太鼓・忍組」が特別出演し喝さいを浴びていた。



2001年夏の「第6回ワールドゲームズ」関連イベントには、県内の太鼓団体が総出演、日赤跡地に設けられたステージは、さながら太鼓祭りの様相を呈していたが、なかでも「曲げわっぱ太鼓」の技量と音楽性は、他を大きく引き離し、観客を魅了していた。

リーダーの大沢さんは、団体の他に個人でも数々の太鼓大会で栄冠を手にしている、全国の女性太鼓奏者の三本指に入るほどの逸材。

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大館にでも出かけないかぎりそのライブを体験することはかなわない「曲げわっぱ太鼓」を、久々に観ることができたことは今回の最大の収穫だった。機会があったら是非聴いてほしい。

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関連リンク

輝け私の音 和太鼓奏者 大沢しのぶさん(地域づくり対談)

大沢しのぶ(「郷」インタビュー)

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狂い咲くあだ花の如く・ヤートセ秋田祭

「YOSAKOI・ソーラン」に感化された秋大生が企画し、数チームが参加して地味に始まった祭りも、今年で九回目を迎え、自治体をはじめ地域の協賛を得て、この二十四、二十五日の二日間、ニューシティー前の通りと、通町の半分を通行止めにして行われた。


オープニング・旗振り

日曜日は梅雨とは思えぬ晴天に恵まれ、東北六県から過去最多の四十五チーム、計約千五百人が参加。

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高知「よさこい祭り」をパクった、札幌「YOSAKOI・ソーラン祭り」系の祭りは、茶髪ヤンキー系集団の自己陶酔の世界という印象が強い。振り回す大きな旗はまるで暴走族の旗だし、当て字を駆使するネーミングもその系統。だからアンチも多い。

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地域の活性化とかなんとか理由を付けても、己のフラストレーションのはけ口にすぎない、伝統も地域性も希薄な祭りという印象がぬぐえないのだが、総踊りで我を忘れて楽しそうに跳ね踊る、老若男女の無邪気な笑顔をみていると、そんな否定的な思いも吹き飛び、これもありかなと思ってしまう。

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それに全部がヤンキー系なわけではなく、あえてその傾向を避けようとする意図がうかがえるチームや、保育所や小学校単位での参加も増え、そのバリエーションは多彩である。年齢も幼児から八十代のおばあちゃんまでと幅広い。子どもに自分の趣味を押し付けて、髪の毛をカラーリングさせたりするのはやめてほしいが。

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土崎・湊囃子をアレンジした土崎南小学校チーム

さんざん指摘されていることではあるが、世紀末に誕生した「YOSAKOI・ソーラン」系の祭は、幕末の閉塞感の中、民衆から沸き上がった「ええじゃないか」の乱舞に代表される、周期的に流行する日本人の「狂い踊り」の血が、同じく閉塞した現代に蘇ったのかのようでもある。さながら、狂い咲くあだ花のように。

それならば、見るのではなく、阿呆になって「おどらにゃ損」なイベントなのだ。

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関連リンク

ヤートセ秋田祭

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土曜日のたそがれ時に

サンパティオ大町のトワイライトリレーコンサートが今年も始まった。



土曜日のたそがれ時から夜にかけて、開放的なパティオ(スペイン語で「中庭」)に音楽が流れ、通りすがりの人々も、青い誘導灯に吸い寄せられる夜の虫のように、サウンドに魅かれて集まってくる。

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今年のトップバターは、最近お気に入りのチアーズ。

六年目を迎えるこのイベント、最近は出演申し込みが多く、調整に苦労しているというが、それもひとえに会場であるパティオ空間の魅力によるものだ。

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関連リンク

サン・パティオホームページ
トワイライトリレーコンサート
日程と出演予定ミュージシャン

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2005 PMA・大町で音楽に浸る
チアーズとネイガーの日曜日

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伝説の手水鉢・千秋公園


船形手水鉢 秋田市千秋公園

千秋公園、茶室・宣庵の池のほとりにすえられた船形手水鉢(ちょうずばち)は、豊臣秀吉の朝鮮出兵のおりに加藤清正が持ち帰り秀吉に献上、大阪城にあったものを石田三成のはからいで佐竹氏に下賜されたという伝説の手水鉢。

長さ約3メートル・重さ約10トン。素材は朝鮮半島から瀬戸内海方面に分布するものと同質の花崗岩。

初代藩主・佐竹義宣は、常陸からの国替えの際、多くの土地・財産を手放したが、この手水鉢だけはあきらめきれず、海路はるばるこの地まで運ばせたというから、優れた茶人でもあった義宣にとって、強い思い入れのあるものだったに違いない。

廃藩置県後、東根小屋町(現・中通六丁目)の佐竹分家・東家屋敷にあったものを、土崎の越中谷家(料亭・池鯉亭)が買い取り、料亭の庭に置かれていた。

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池鯉亭(ちりてい)庭園・戦前


池鯉亭庭園の船形手水鉢・戦前

明治四十一年、明治天皇御巡幸に同行していた大隈重信は、この手水鉢に惚れ込み、五百円(米一俵五円ほどの時代)で譲ってくれと懇願されたが、越中谷は殿様から預かった大切なものだと承知しなかったという。

昭和六十一年に市が購入し、縁故の地である千秋公園に戻ってきた。

戦国武将の手から手へ伝えられ、移ろう季節と歳月を水面に映して幾星霜‥‥。
歴史の浪漫を感じさせる手水鉢である。

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お堀から消えた貸ボート

天気の良い放課後には、広小路に面した千秋公園のお堀に、ボートを浮かばせて遊んだ。

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1973.06

日曜日ともなると家族づれで賑わい、また、アベック(もはや死語)の定番デートコースでもあった貸ボートが廃止されたのは、昭和五十五年(1986)というから、もう二十年も前のことになる。

穴門の掘(中土橋から西側)の貸ボートは、戦後間もないころ、民間業者が地権者である佐竹家から営業許可を得て営業を始めた。

貸ボートには一時期、二人乗りの足漕ぎボートもあったが、変り種としては、昭和二十三年(1952)、ラッキーボートと称する水上自転車がお目見え。レンタル料三十分三十円。スクリューと連動したペダルが重くて、漕ぐ人は汗だくだったとか。

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水上自転車

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新聞広告 昭和二十四年(1949)

貸ボート屋が宣伝と人寄せを兼ねて開いたボートレースには、多くの参加者が集まり、広小路と周囲の土手は、見物人で埋めつくされ、大盛況だったという。

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新聞広告 昭和四十三年(1968)

秋田署の裏通り、古川堀反町にあった押切商店経営の「秋田水族館」が、貸ボート屋を兼ねていて、店の奥にボート乗り場があった。


1973.06
後ろが「加賀屋商店」(現・モードスタジオQ)

貸ボートが消えた原因は、当時、大手門の掘(中土橋から東側)に放されていたコブ白鳥のためという。

大手門の掘は蓮が水面に広がり、白鳥にとっては狭いため、穴門の掘に移したいという市の意向があり、佐竹家と業者の間に市が入って数年間の話し合いがもたれた結果、昭和五十五年四月三十日をもって、業者が水利権を返上、貸ボートの廃止が決定される。この時点のボートは三十艘。

ボートと白鳥の共存も検討されたが、白鳥にとってボートは脅威となり無理との結論であった。

ちなみに、その白鳥は、昭和四十四年(1969)、市内の会社経営者が市に購入費八十万円を寄贈し、動物商から十羽買い入れたのが始まりという。

ボートが消えたあとに、穴門の掘の主役となった白鳥は、徐々に数を減らし、いつの間にか姿を消し、モータリゼーションの発展にともない集客力を失った広小路は、人影もまばらな、淋しい街になってしまった。

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1973.06

日曜日の昼下がり、ボートで遊ぶ親子。

お堀の向こう、広小路は買い物客で賑わっている。
「セントラルデパート」から「長崎屋」(現・スタジオパレットビル)のあたり。

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1973 県民会館の土手から

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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「ホテルはくと」は「秋田のハワイ」だった

秋田市千秋矢留町(旧土手長町)通町橋たもとの「ホテルはくと」の解体工事が始まっている。



築四十年近い建物は老朽化が進み、耐震基準についての問題もあり全面改築を決定。秋田わか杉国体にあわせた来年の七月には、十階建の新ホテル「クルーザーバレーホテルはくと」がお目見えする予定だ。

かつての土手長町通りは官庁街で、「ホテルはくと」のあたりには消防庁舎と教育委員会の建物、その向い側一帯は秋田市役所とその関連機関が集まっていた。

昭和四十年、市役所が山王の現在地に移転し、跡地は公売されることになる。落札者は県内の温泉旅館経営者、土地の利用目的は、熱帯植物園をつくるためという。それならば市民のためにもなると、市では色々と便宜をはかったらしいのだが、完成したそれは熱帯植物を取り入れたホテルであった。

昭和四十二年(1967)九月、「ホテルハワイ」竣工。

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新聞広告 昭和四十三年(1968)

「ホテルハワイ」竣工の前年には、福島に「常磐ハワイアンセンター」がオープンしている。その大成功に影響されたに違いない「ホテルハワイ」も、「常磐のハワイ」と同様に、庶民には手の届かぬ“常夏のパラダイスへの夢と憧れ”を具現化した、ささやかなバーチャル・ハワイ「秋田のハワイ」であったのだ。

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広告 昭和四十三年(1968)

各階の施設にハワイの地名を入れ、お風呂はジャングル風呂。
最初期の広告には、「五階 熱帯植物庭園」とある。

「常磐ハワイ」が温泉で熱帯植物を育てたように、「秋田のハワイ」でも、温水をパイプに流し、ヤシの木を茂らせ、南国の花を咲かせ果実を育てた。

昭和四十七年(1972)、広小路に「ホテルハワイ」駅前店オープン。

昭和五十四年(1979)、矢留町の「ホテルハワイ」を、スーパーストアチェーン「協働社」グループが買収、「ホテルはくと」および、長期滞在者向け「パンションはくと」と名を改めて再スタートする。この時期の「協働社」は東北各地に支店を広げ、創業地である角館にホテル「角館プラザ」を建設する全盛時代であった。

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五階 食堂「味処はくと」

傾斜をつけたガラス張りの外観が特徴的な、かつての展望大食堂は、千秋公園が見渡せる展望を売物にしていたが、最近は周囲に建ち並ぶマンションが視界をさえぎっていた。

思えば「協働社」の食堂街にあった日本食堂も「はくと」という名だった。

平成十一年(1999)、「フナコシヤ」の手に渡り現在に至る。

札幌に本社がある「株式会社フナコシヤ」は、秋田市内では山王大通りの「ホテルアルファイン秋田」と、数戸のマンションを経営する宅建業者。その先祖、船越谷永太郎は土崎湊町で回船業を営んでいたが、明治に入って北海道に渡っている。

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二〇世紀ひみつ基地 さようなら「ホテルはくと」協働社のウサギ

二〇世紀ひみつ基地 東北の南洋・常磐ハワイアンセンター

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:30 | comments:4 | trackbacks:1 | TOP↑

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チアーズとネイガーの日曜日

日曜日、駅前西武の裏口で、アコースティックユニット「チアーズ」がライブをやっていた。



最近、西武はここでアマチュアバンドなどのミニライブをときどき開催して、さびれた街にしばしの賑わいを提供している。

「チアーズ」を始めて聴いたのは、大町サンパティオにて、土曜の夜に開かれるトワイライトリレーコンサート。三人それぞれの力量の高さをもって、楽しそうに歌い演奏する姿は、「音を楽しむ」=「音楽」の原点を感じさせ、その琴線に触れる音の波(は)に、心が洗われるような幸福なひとときであった。

そんな心地よい音楽が流れるなか、駅方面がなにか騒然としている。
フト目を向けると、そこには、超神ネイガーの姿が‥‥‥。

この日は、先ごろ発売されたネイガーの主題歌「豪石!超神ネイガー ~見だが おめだぢ~」のキャンペーンのために、県内のCDショップを回って握手会をしているのだそうだ。

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今日はネイガー単体で「だじゃぐ組合」の面々はお休み。
ネイガーショーを生でみたことがある人にはわかると思うが、ネイガーの魅力は「だじゃぐ組合」があってのことだ。悪役があってこそヒーローが輝く。

とくに「怪人ハンカクサイ」の、アドリブをまじえた秋田弁のカタリ(語り)と客イジリは傑作。ネイガーが大人にも人気があるのも、ひとえにこのハンカクサイの人間的な魅力に依存しており、それにより、ネイガーショーが、子どもからお年寄りまで、幅広い層が楽しめるエンターテーメントに仕上がっているのだ。

ネイガーはナモミハギ(ナマハゲ)をモデルにしているのだが、むしろハンカクサイのほうがナマハゲ的な存在であり、ネイガーの本体は実はハンカクサイ、ハンカクサイこそがネイガーの生みの親であるという裏ストーリーもまた可能であろう。

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関連リンク

チアーズ オフィシャルサイト
6月24(土)ワンダーランド&チアーズライブ
大町サンパティオにて 19:00~21:00

超神ネイガー オフィシャルサイト

CDジャーナル news
秋田を守るヒーロー“超神ネイガー”の主題歌がCD化!歌うのは水木一郎


| 散歩写真・路上観察 | 23:30 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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