二〇世紀ひみつ基地

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キミは協働社タワーに昇ったか?


協働社ビルの屋上にそびえるタワー
昭和四十三年(1968)広告より

「いやぁー、180度パノラマの協働社タワーは見晴らしが良かったなぁ」と言いたいところだが、この時代、毎日のように広小路で遊んでいたのに、こんなものを見た記憶もなく、その存在を知る人もいない。

浅利社長の計画は「地上80mの塔の最上部には戦死者を弔うために観音さまを安置し、完成したら秋田市の名物がひとつ増える」というものだった。80mといえば、本金タワーよりも高く、1970年に完成する県内一の高層ビルであった山王の秋田銀行本店をはるかに越える高さ。

当時の協働社は東北一円に支店を拡げつづけていた、資金には事欠かなかった時期であり、協働社タワーがまぼろしに終わったのは、構造上に無理があったためではなかろうか。

このイラストは、60年代末、約二年間にわたって使用されている。角地にある建物は第一生命ビル。後にこの場所も協働社が買い、平屋の売り場を増築した。

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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