二〇世紀ひみつ基地

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昭和残影・ニコニコ食堂・秋田市有楽町

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2004.03

かつての映画館街、秋田市南通亀の町(旧町名・亀ノ丁西土手町)通称・有楽町に存在した「ニコニコ食堂」の跡。

昭和20~30年代中頃の開業と推察する「ニコニコ食堂」は、ずいぶん前に店を畳んだが、タウンベージ検索サイト「iタウンページ」に、ごく最近まで店名が記載されていた。

「満腹食堂」と同様に、大正・昭和の大衆食堂を連想させる、多幸感系ネーミングの「ニコニコ食堂」を「iタウンページ」で検索すると、平成30(2018)年7月時点で全国に7件の「ニコニコ食堂」および「にこにこ食堂」が登録されている。以前は数多くの同名食堂が存在した。

ちなみに「まんぷく食堂」および「満腹食堂」は全国に23件。秋田駅前にあった「食堂まんぷく」がそうだったように、食料不足で庶民が飢えていた終戦直後から復興期にかけて「満腹」を冠した食堂が各地に急増。腹一杯に食べられることが、何よりも幸せだった時代の世相を反映したネーミングである。

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2004.03

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2004.03

年季が入って風化したコカコーラの看板。

中央に Coca-Cola のロゴが白抜きされた赤丸看板(ボタンサイン)が米国に登場したのが1947(昭和22)年。日本では昭和30年代に入って設置され、昭和46(1971)年、ロゴの下に波模様が加えられた角形看板にリニューアルされたため、街頭に残る赤丸看板はレア。

コカコーラ看板の下にある「極真空手 会員募集」の看板は、味のある手描き物件だったが、早々に取り外されてしまい、解像度の高い画像が残っていない。

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2018.04

| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:5 | trackbacks:0 | TOP↑

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すずらん通り「さんや食堂」残影

戦後まもなく開業し、秋田市すずらん通りで最も昭和の面影を残す建物であった、旧「さんや食堂」が、昨年(2017)末、解体された。

すずらん通り・さんや食堂
▲2003.11 

引き戸を開けて入ると右手に小上がり、中央がテーブル席、左手に厨房。

看板にも名前が見える、一人鍋で食べる具沢山な肉鍋定食、親子丼、天ぷらそば等々、何を食べても外れのない老舗の味。 

すずらん通り・さんや食堂
▲昭和26(1951)年 新聞広告

すずらん通り・さんや食堂
▲昭和26(1951)年 新聞広告

創業者の名字の頭文字「三」と、下の名前の頭文字「弥」をとって「さんや」と命名。 

上掲広告にあるように、すずらん通りの別名は三丁目小路、または三丁目橋小路。北側に並列する山王大通り(竿燈大通り)は古くは二丁目小路と呼ばれて、元々は一丁目小路・三丁目小路・四丁目小路と同じ道幅の狭い小路であった。

すずらん通り・さんや食堂
▲2003.11

西隣に建つ「秋田市料亭会館」の一階に「定食」の置き看板と、オレンジ色の日除けテントが見える串揚げ専門店「あげや」。当ビル内にかつて、料亭(料理屋)に川反芸妓(芸者)を手配する「秋田検番」が存在した。これが「秋田市料亭会館」の由来。

「すずらん通り」の由来、「あげや」と「秋田検番」については巻末の関連リンク先を参照のこと。

すずらん通り・さんや食堂
▲2004.01 

すずらん通り・さんや食堂
▲2004.09

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.05

平成18(2006)年頃「秋田市料亭会館」の看板が下ろされ「あげや」跡に、仙台の風俗情報提供会社が経営する無料案内所が入居。

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.05

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.01

昼夜を通して営業していた「さんや食堂」も、晩年は昼のみの短時間営業となり、やがて閉店状態が続くが、平成22(2010)年、店名を「彌ひら」と改めてリニューアルオープン。

すずらん通り・さんや食堂
▲2010.09

この新店名も旧店名と同様に創業者の姓名の一部をあしらったもの。

リニューアル後、約10年ぶりに肉鍋を食べたが、先代の料理とは味も見た目も別物となっていた。

平成26(2014)年11月頃「彌ひら」(旧さんや食堂)閉店。「さんや食堂」の開業から数えて70年弱の歴史に幕を下ろし、平成29(2017)年11月解体される。

すずらん通り・さんや食堂
▲2017.11

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薬局二階の喫茶店コンパル

中央薬局
↑「中央薬局」南通り本店 2014.03

 秋田市南通亀の町「中央薬局」南通り本店が平成29(2017)年5月末に閉店(勝平店、将軍野店は継続)。

画像右手(西隣)に平成28(2016)年6月に廃業したジーンズ・ショップ「ドン」。「中央薬局」の後方、紺色の日除けテントがある出入口を上がった二階に、かつて純喫茶「コンパル」があった。

純喫茶コンパル
↑ 昭和43(1968)年1月 新聞広告

メニューにトルコライスがある、オール100円のランチ。中華そば一杯が100円から120円の時代なので、それほど安いわけではない。

その店名は名古屋の老舗喫茶店「コンパル」にあやかったものだろう。

レストラン コンパル
↑ 昭和43(1968)年3月 新聞広告

当初は三階にレストラン、二階を純喫茶として開業するが、のちにレストランは二階に統合され、三階は雀荘となる。

純喫茶コンパル

70年代末から80年代前半にかけて、同じ南通りの一番町にあった「留り木」か「コンパル」で夕食をとることが多かったが、ご無沙汰しているうちに、いつの間にか閉店していた。

中央薬局跡
↑「中央薬局」南通り本店跡 2017.12

「中央薬局」の跡は時間貸駐車場、隣接していたジーンズ・ショップ「ドン」跡には新興宗教の会館が建ち、この一年で周辺の景観は大きく変容した。


↑「中央薬局」南通り本店跡

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牛島商店街のGパン屋「ガロ」70年代前期

70年代秋田のジーンズ・ブーム(3)

 

ジーンズショップ・ガロ

若者のあいだでジーンズがブームとなり、雨後の筍のように専門店が次々に誕生した1970年代前期、秋田市の牛島商店街にオープンしたジーンズ・ショップ「ガロ」牛島店のプリティな折り込みチラシ。

「牛島に新しく家族の店ができました」とあるが、その本店の場所は不明。

ジーンズショップ・ガロ

秋田におけるジーンズ・ショップのパイオニアであった「アメリカ屋」のシンボルと同じく、長髪にヘアバンドのヒッピー風ファッションを身にまとった子どもが描かれている。

ジーンズショップ・ガロ

1970年初頭にデビューしたフォークロックグループ・ガロ(GARO)の『学生街の喫茶店』が、オリコン・シングルチャート7週連続1位を記録するヒットを飛ばした昭和48(1973)年の春以降、喫茶店を初めとして「ガロ」を店名とする飲食店、美容院、洋服店などが全国各地に続々と誕生、現在も存続する店も少なくはない。ジーンズ・ショップ「ガロ」もその頃のオープンと推定できる。

ジーンズショップ・ガロ

「ガロ」牛島店があった場所は牛島商店街の「渡部電化」と、最近廃業した資生堂チェーン「佐川化粧品」のあいだ。仁井田方向に進むと丁字路の角地にスーパー「マルダイ牛島店」と「秋銀牛島支店」が向かい合っていた。

上掲略図のように、当時「マルダイ牛島店」の東側、丁字路の突き当たりに「国際タクシー牛島営業所」があったが、秋田環状線の工事により解体され「マルダイ牛島店」跡に移転、丁字路は十字路となる。

秋田環状線の牛島工区・愛宕下工区・築山工区周辺の変遷については別の機会に。

 

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