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二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

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秋田市大町「フェニックスビル」のひみつ

秋田市大町五丁目の飲食店ビル「フェニックスビル」をGoogleマップの3Dモードで鳥観すると、屋上が大きく傾斜しているのが目に留まる。ビル後方の不自然な傾きは一体何のためだろうか。

フェニックスビル
▲Google マップ 3Dモード

実はこの建物、昔は年間を通してスキーの練習が出来る、人工雪による室内スキー場であった。・・・・・・というホラ話はさておき、そのひみつを探るため、ビルが建てられた1970年代初頭までタイムトリップしてみよう。

▼1973「フェニックススポーツガーデン」オープン

フェニックススポーツガーデン
▲「フェニックス スポーツガーデン」外観パース(完成イメージ図)

現在と違ってファサードがガラス張りだ。

1973(昭和48)年2月1日、ゴルフ専門のスポーツクラブ「フェニックス スポーツガーデン」オープン。

フェニックススポーツガーデン
▲1973(昭和48)年 新聞広告

フェニックススポーツガーデン

1 F
PARKING SAUNA

●駐車場
くるまでおいでになっても安心!
●サウナ
北欧を思わせる木目バリのサウナ、ジュータンを敷きつめユッタリとしたインテリアのレストルームにあなたの健康とくつろぎをお約束します。

2F
ALL SEASON GOLF
SALON PHOENIX
SHOPPING

●コンピュターゴルフ(3打席)
コンピュターが一瞬にポールの速度、方向、飛距離を計算、自動的にフィルムを前進にさせます。パッティング、アプローチ・コーナーとの組み合せで実戦さながらの臨場感が満喫できます。
●パッティング・アプローチ・コーナー
18ヤードのグリーン、バンカーショット、アプローチ、パターの練習はダウン・ハンディには不可欠です。
●サロン・フェニックス
香りの高いコーヒー・そしてあなたをリラックスさせる洋酒。
軽やかに流れる音に耳をかたむけながら、ゆっくりした気分をお楽しみください。
●ショッピング・コーナー
えりすぐったスポーツ・ゴルフ用品。
他店にみられない輸入雑貨の数々。

3F
INDOOR GOLF
SPECIAL TRAINING

●インドアゴルフ練習場(6打席)
冷暖房完備の40ヤード打放し練習場です。
シーズンオフがありません。ダウンハンディにはインドアでの打込みが必要です。
●特訓コーナー
フォームづくりには特訓コーナーで数多く打ちこんで下さい。

会員制入会金
個人10万円 法人20万円
サウナ 会員300円 一般500円
コンピュータゴルフ 会員700円 一般1000円

冒頭画像の「フェニックスビル」の屋根に見られる傾斜は、かつて最上階に存在した、40ヤード・インドアゴルフ練習場、いわゆる“打ちっ放し練習場”の傾斜であった。

スクリーンに投影された実写のゴルフコースに向かってプレイするコンピュータゴルフ場は、大町三丁目の「協働社ビル」(現・協働ビル) 内で、すでに営業していたが、駐車場・サウナ・サロンを併設した総合施設は県内初であった。

市内10数社の企業が出資し、事業費1億5千万円で、株式会社「フェニックス スポーツガーデン」を設立。

「秋田商工会議所」第14代会頭・松本修二氏が代表取締役に就任。取締役の顔ぶれ(企業名)を少しばかり上げると「辻兵」「金萬」「山二」「新政酒造」「那波商店」「船木雄蔵商店」など。

ゴルフブームとスポーツクラブブームの波に乗って、華々しくオープンした「フェニックス スポーツガーデン」であったが、開業した1973(昭和48)年の第1次オイルショックの発生と,それにつづく低経済成長がレジャー産業にも影を落とし、客足が遠のいた同社は数年後に解散。フェニックス(不死鳥)とネーミングされたスポーツクラブは短命に終わった。

「フェニックス スポーツガーデン」発足から間もない1973(昭和48)年7月、秋田市山王五丁目に「東洋ゴルフガーデン」オープン。

「フェニックス スポーツガーデン」と同様に、コンピューターゴルフ・レストラン・サウナ・駐車場を併設(“打ちっ放し練習場”は無し)した4階建ての「東洋ゴルフガーデン」は、約2億円を投資して建設した当施設の経営不振が原因で、市内を中心にレストランとレジャー関連事業を展開していた「東洋グループ」が破産。

「東洋ゴルフガーデン」については以下の関連記事リンク先に画像を掲載しているので参照されたい。

フェニックスビル
▲フェニックスビル 2014.11

「フェニックス スポーツガーデン」廃業後、3階建てビルを4階建て飲食店ビルに大改造し「フェニックスビル」と名を改めて再オープン。

その後、外光を採り入れていたファサードのガラス張り部分が壁面で覆われて今に到る。

看板類がやけにチープで、建設当時とは随分と外観が変わってしまったが、冒頭のGoogle マップ画像のように、上空から鳥瞰すると往時の面影が残っている。

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1986 大町フェニックスビルに「バーガーランド」オープン

1986(昭和61)年12月、秋田市大町五丁目「フェニックスビル」1階に、ハンバーガーショップ「バーガーランド」オープン。

バーガーランド
▲1986(昭和61)年 新聞広告

青春したい人の可愛いバーガーショップ
本日OPEN

ハンバーガーショップ「バーガーランド」

おいしさこんがり召し上がれ!

■営業時間
昼12時〜深夜1時

オープン記念
只今、ハンバーガーお買い上げの方にお飲み物サービス!

ハンバーガーショップ バーガーランド
秋田市大町5ー4ー15 フェニックスビル1F

バーガーランド
▲1987(昭和62)年2月 新聞広告

バーガーランド
▲1987(昭和62)年3月 新聞広告

川反に近く、水商売の飲食店ビルが集中する区域だけあって深夜まで営業する同店は、チェーン店ではなく、この1店舗だけで、短期間の営業だったようだ。

フェニックスビルあきた
▲フェニックスビル 2018.08

右手の突出したスペースが「バーガーランド」跡。

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1980年代「カロリバーガー」秋田ローカルバーガー

カロリバーガー

1980年代、秋田に「カロリバーガー」という名のファーストフード店があった。

もも肉とフォークを手にして飛翔する、寄り目の天使がデザインされたロゴマーク。数字の“100”は定番商品であった100円バーガを意味する。

「カロリバーガー」のルーツは、1981(昭和56)年「ダイエー」秋田店を核テナントとして誕生した「秋田ニューシティ」の、地階フードコートにオープンした軽食店「カロリ」。

当初のメニューは、カレー・クレープ・フライドチキンなどで、ロゴマークの天使はオープン当初と変わらない。

秋田ニューシティー地階
▲1981「秋田ニューシティ」地階フードフロア・テナントの一部 

その後、100円バーガーをはじめとしたバーガーが人気となり、「カロリバーガー」と店名を変えて、県内に数店のフランチャイズ店を展開。

カロリバーガー
▲1987年1月

 1987(昭和62)年1月の時点でのフランチャイズ加盟店は、ダイエーを除くと、手形、八橋、土崎、二田、生田の5店舗。

1986(昭和61)年3月、秋田大学に近い手形山崎町の「加賀谷書店」手形店(現在は閉店)隣りに手形店オープン。

 カロリバーガー
▲1986年

カロリバーガー OPEN(3/31)

手形山崎町・加賀谷書店樣の隣りです。

元気が出るフードショップ

100円バーガー、高級たい焼80円、カロリ焼、タコ焼、やきそば、パンチ焼、ソフトクリーム、ポテト、ドリンク

ポパイ・バーガー¥280
BIGな180g
パティとホウレン草のハンバーガー

バラエティ&ヘルシー
アタック!アタック!アタック!
みんなで来てね!

抽選で“セーラーズ”Tシャツ プレゼント!!

定番商品の100円バーガーのほかに、カステラ風高級たいやき、カロリ焼(進化形おやき)などがメニューに並ぶ。夏場は多種類のかき氷が提供された。

ポパイのエネルギー源・ほうれん草を使ったポパイ・バーガーは新商品。抽選で当時流行の「セーラーズ」ブランドのTシャツが当たる。

カロリバーガー
▲1986年

学生や若者でにぎわっていた「カロリバーガー」が、街から消えたのは80年代末から90年代初頭の頃だったろうか。

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1972 土崎駅裏に「土崎ボウル」オープン・ボウリング場

70年代の土崎に存在したボウリング場(2)

1972(昭和47)年9月11日、土崎駅の裏手、秋田市土崎港北一丁目に「土崎ボウル」オープン。これが前回記事の「ミナトボウル」に次いで土崎地区で2番目に誕生したボウリング場であった。

土崎ボウル
▲新聞広告

駅にアプローチしたファミリースポーツの殿堂・・・・・・
本日午後5時オープン!

土崎ボウル

「吉田鉄工所」が経営母体となり、同社工場の敷地内にボウリング場を開設した。

AMF社(アメリカン・マシン・アンド・ファウンドリー)製のレーン22と、同地区に先行した「ミナトボウル」よりも規模が若干大きい。

嵐のようなボウリングブームが去ってから、しばらく空き家となっていた建物に、1979(昭和54)年頃、スーパーストア「サンプラザつるまい」オープン。

その後、「東北ウエルマート 本社」「マックスバリュ東北 本社」を経て、現在(2021)は「イオン東北 本社」となっているが、その辺の経緯については下記リンク先の Wikipedia に詳しく解説されている。

イオン東北本社
▲土崎駅 3番ホームより旧「土崎ボウル」2016.07撮影

上掲画像撮影時点では「マックスバリュ東北株式会社 本社」。

広告画像および下掲の空中写真と比較すると、エントランスの幅が当初と比べて随分と縮小されているが、左手のレンガ色の外壁などは建設当時のままで、建物の外観はボウリング場時代とさほど変わっていない。

エントランスの幅については、客の出入りが多いスーパーマーケットから、事務所へと移行した時点で、冷暖房の効率も考慮して縮小したのだろう。

※文末にボウリング場関連過去記事へのリンクあり

土崎ボウル
▲「土崎ボウル」と「吉田鉄工所」撮影年月日 1975/09/25(昭50)

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1971 土崎に「ミナトボウル」オープン・ボウリング場

70年代の土崎に存在したボウリング場(1)

60年代後半から始まるボウリングブームが最盛期を迎えた1971(昭和46)年8月31日、秋田市土崎港西四丁目に「ミナトボウル」オープン。これが土崎地区に初めて誕生したボウリング場であった。

ミナトボウル

「土崎市民グラウンド」に隣接し、レストランを併設した「ミナトボウル」の規模は20レーン。

秋田市内だけで10センターほどのボウリング場が乱立したボウリングブームも、1973(昭和48)年以降一気に沈静化。

やがて廃業したボウリング場の一部は、スーパーマーケットや公民館などにリニューアルされる。

県内初のボウリング場として、1966(昭和41)年、楢山表町にオープンした「秋田ボウリングセンター」は廃業後、スーパーストア「ト一屋サニーガーデン」(ト一屋本店) としてオープンする。 

土崎公民館
▲土崎公民館・体育館(旧ミナトボウル)

1977(昭和52)年4月、旧「ミナトボウル」に「土崎神明社」境内から「土崎公民館」が移転、「土崎公民館・体育館」としてオープン。

旧ボウリング場だけあって面積が広く、施設の半分ほどのスペースを体育館として利用した。

2011(平成23)年、老朽化した「土崎公民館・体育館」を解体。廃止された「土崎公民館」および「土崎支所」を複合化した「北部市民サービスセンター」(愛称・キタスカ)が、同年5月、土崎港西五丁目にオープン。

2013(平成25)年5月「土崎公民館・体育館」跡地に「土崎消防署」が新築・移転される。

※文末にボウリング場関連過去記事へのリンクあり

ミナトボウル
▲中央に「ミナトボウル」撮影年月日 1975/09/25(昭50)

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