二〇世紀ひみつ基地

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秋田オールドカーミーティング '18・フェアレディの系譜

あきたオールドカーミーティング2018
2018年08月19日
秋田市・エリアなかいち

2007年からつづく、旧車オーナーによる集会「あきたオールドカーミーティング」。約100台が展示された今回のテーマ展示が「ダットサン」ということで、博物館級の稀少車輌 DC-3 をはじめ、ダットサン(日産)歴代の名車が集合した。

あきたオールドカーミーティング
▲ダットサン スポーツDC-3

日本初のオープン・スポーツカーとして、1952(昭和27)年発売、1954(昭和29)年の製造終了までわずか50台を限定生産。

当時の価格83万5千円。公務員の初任給が7千5百円ほどの時代に、月給約10年分に相当する超高級車であった。

あきたオールドカーミーティング
▲ダットサン スポーツ DC-3

あきたオールドカーミーティング
▲初代 ダットサン フェアレディ

あきたオールドカーミーティング
▲2代目 ダットサン フェアレディ

あきたオールドカーミーティング
▲ダットサン フェアレディZ

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング
▲1962型 ダットサン小型トラック キャブライト A120型

車種の詳しい解説は下記関連リンクに。

あきたオールドカーミーティング


▲旧車による刑事ドラマショー第1回目

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

あきたオールドカーミーティング

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秋田駅前「緑屋ビル」のレトロ・アーケードゲームが話題に

2018年8月中頃から、秋田駅前「緑屋ビル」に関する記事へのアクセス数が急増。何かあったのかと調べてみると、10,000件以上リツイートされた、下記 Tweet が発端と判明。

「緑屋ビル」一階のリサイクルショップ 「グリーンライフ」内に、ストリートファイターIIを初め、1990年代を中心とした、ちょっとレトロなアーケードゲームが無造作に置かれていることがマニアに話題になった。

 「グリーンライフ」店長が設置の経緯を語っている取材記事は下記関連リンク先に。

秋田駅前「緑屋」ゲームコーナー
▲筐体はセガ ブラストシティ

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昭和残影・ニコニコ食堂・秋田市有楽町

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2004.03

かつての映画館街、秋田市南通亀の町(旧町名・亀ノ丁西土手町)通称・有楽町に存在した「ニコニコ食堂」の跡。

昭和20~30年代中頃の開業と推察する「ニコニコ食堂」は、ずいぶん前に店を畳んだが、タウンベージ検索サイト「iタウンページ」に、ごく最近まで店名が記載されていた。

「満腹食堂」と同様に、大正・昭和の大衆食堂を連想させる、多幸感系ネーミングの「ニコニコ食堂」を「iタウンページ」で検索すると、平成30(2018)年7月時点で全国に7件の「ニコニコ食堂」および「にこにこ食堂」が登録されている。以前は数多くの同名食堂が存在した。

ちなみに「まんぷく食堂」および「満腹食堂」は全国に23件。秋田駅前にあった「食堂まんぷく」がそうだったように、食料不足で庶民が飢えていた終戦直後から復興期にかけて「満腹」を冠した食堂が各地に急増。腹一杯に食べられることが、何よりも幸せだった時代の世相を反映したネーミングである。

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2004.03

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2004.03

年季が入って風化したコカコーラの看板。

中央に Coca-Cola のロゴが白抜きされた赤丸看板(ボタンサイン)が米国に登場したのが1947(昭和22)年。日本では昭和30年代に入って設置され、昭和46(1971)年、ロゴの下に波模様が加えられた角形看板にリニューアルされたため、街頭に残る赤丸看板はレア。

コカコーラ看板の下にある「極真空手 会員募集」の看板は、味のある手描き物件だったが、早々に取り外されてしまい、解像度の高い画像が残っていない。

秋田市有楽町・ニコニコ食堂
▲2018.04

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すずらん通り「さんや食堂」残影

戦後まもなく開業し、秋田市すずらん通りで最も昭和の面影を残す建物であった、旧「さんや食堂」が、昨年(2017)末、解体された。

すずらん通り・さんや食堂
▲2003.11 

引き戸を開けて入ると右手に小上がり、中央がテーブル席、左手に厨房。

看板にも名前が見える、一人鍋で食べる具沢山な肉鍋定食、親子丼、天ぷらそば等々、何を食べても外れのない老舗の味。 

すずらん通り・さんや食堂
▲昭和26(1951)年 新聞広告

すずらん通り・さんや食堂
▲昭和26(1951)年 新聞広告

創業者の名字の頭文字「三」と、下の名前の頭文字「弥」をとって「さんや」と命名。 

上掲広告にあるように、すずらん通りの別名は三丁目小路、または三丁目橋小路。北側に並列する山王大通り(竿燈大通り)は古くは二丁目小路と呼ばれて、元々は一丁目小路・三丁目小路・四丁目小路と同じ道幅の狭い小路であった。

すずらん通り・さんや食堂
▲2003.11

西隣に建つ「秋田市料亭会館」の一階に「定食」の置き看板と、オレンジ色の日除けテントが見える串揚げ専門店「あげや」。当ビル内にかつて、料亭(料理屋)に川反芸妓(芸者)を手配する「秋田検番」が存在した。これが「秋田市料亭会館」の由来。

「すずらん通り」の由来、「あげや」と「秋田検番」については巻末の関連リンク先を参照のこと。

すずらん通り・さんや食堂
▲2004.01 

すずらん通り・さんや食堂
▲2004.09

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.05

平成18(2006)年頃「秋田市料亭会館」の看板が下ろされ「あげや」跡に、仙台の風俗情報提供会社が経営する無料案内所が入居。

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.05

すずらん通り・さんや食堂
▲2008.01

昼夜を通して営業していた「さんや食堂」も、晩年は昼のみの短時間営業となり、やがて閉店状態が続くが、平成22(2010)年、店名を「彌ひら」と改めてリニューアルオープン。

すずらん通り・さんや食堂
▲2010.09

この新店名も旧店名と同様に創業者の姓名の一部をあしらったもの。

リニューアル後、約10年ぶりに肉鍋を食べたが、先代の料理とは味も見た目も別物となっていた。

平成26(2014)年11月頃「彌ひら」(旧さんや食堂)閉店。「さんや食堂」の開業から数えて70年弱の歴史に幕を下ろし、平成29(2017)年11月解体される。

すずらん通り・さんや食堂
▲2017.11

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