二〇世紀ひみつ基地

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消えた「住友生命秋田ビル」のシンボルツリー

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2009.03

二階建て建築の片側にビルを載せたような、下駄履き・逆L字形の外観がユニークな、秋田市中通二丁目、中央通り沿いの「住友生命秋田ビル」。

ビル前面の手入れが行き届いたケヤキ並木は、建設時にランドスケープ(人工物と自然の調和・景観)デザインに基づいて植栽されたもの。

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2012.05

 山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2010.11

企業空間と公共空間が交わる間(あわい)にあって、四季折々に彩りを変えるケヤキ並木はビルに調和し、街並に潤いをもたらす。

1983(昭和58)年、当ビルが「昭和57年度 市民が選ぶ都市景観賞」を受賞。

ちなみに「住友生命秋田ビル」の斜め向かいにかつて存在した「マルシメ鎌田」経営の、秋田杉を豊富に使った「杉のやビル」も、同年度の都市景観賞を受賞している。

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2010.12 

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2013.09

2013(平成25)年の初秋「住友生命秋田ビル」のケヤキ並木が消えた。

伐採されてから間もなく、テナントサイン(案内板)のビル名が「山二ビル」に変更され、同年10月「山二」本社が秋田駅前から同ビル10階に移転。屋上壁面の箱看板も「住友生命」から「Yamani」に置き換えられた。

1・2階の「住友生命秋田支社」および上階の同社支部は改称前と変わらずに入居。

ビルのオーナーが変わったのを機に、維持管理費がかさむケヤキを伐採したのだろうか。いずれにしろ、約35年間維持されてきたランドスケープ・デザインが台無しになってしまった。

中央通りの街路樹であるイチョウがここだけ途切れていることもあって、ケヤキが消えた街並に、もの寂しさを感じる。

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2019.09

次回は「住友生命秋田ビル」が逆L字形に設計された理由と、その1・2階にかつてあった、オシャレなショッピングゾーンのことを。

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昭和・平成「公衆電話スペース遺構」川反編

秋田市の歓楽街・川反(かわばた)にある飲食ビルで、昭和・平成の「公衆電話スペース遺構」を発掘する。

かつて規模の大きい飲食ビルの一階ホールには公衆電話が置かれ、利用者は待ち合わせの連絡を取り、タクシーや代行車を呼んだ。

携帯電話の急速な普及により、いつの間にか公衆電話が撤去され、無用の長物、前時代の遺物と化した「公衆電話スペース」の今を見る。

公衆電話遺跡
▲2019年撮影(以下同)

●台座素材:御影石

宙に浮く赤御影石の台座がシンプルで美しい

公衆電話遺跡

公衆電話遺跡

●台座素材:スチール・ピアノブラック塗装

台座の下に電話帳収納スペースあり

公衆電話遺跡

●台座素材:鏡面仕上げステンレス

米国の彫刻家 Bill Mack による 3Dレリーフ作品とともに

公衆電話遺跡

●台座素材:御影石

最後は川反のなかで最大規模、三連の「公衆電話スペース遺構」

公衆電話遺跡公衆電話遺跡

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旭北小「寺町横断通学路」1972 開通

旭北小学校通学路
▲2019.06撮影(以下同)

秋田市旭北寺町一丁目、伝法寺と竜泉寺のあいだを東西に延びる、ブロック塀に挟まれた小路。出入口に車止めがある小道は暗渠を連想させるが、そうではない。

今回はこの小路の成り立ちを紐解いてみる。

旭北小学校通学路

実のところ、先ほどの小路の起点は、すずらん通り(三丁目小路)の突き当たりに位置する。

左手の「セブン-イレブン 秋田大町4丁目店」とその駐車場は、洋画館「秋田ピカデリー劇場」の跡。

旭北小学校通学路

昭和40年代初頭まで、この道は袋小路であった。

すずらん通り周辺の児童が「旭北小学校」に、最短距離の四丁目小路→新国道経由で通学するとき、歩道のない道路を800メートルほど歩かなければならない。

そのため、近隣の12町内会が昭和33(1958)年に期成同盟会を結成「旭北小までの直線通学路を・・・」と秋田市に陳情を開始。

旭北小学校通学路

度重なる陳情に重い腰を上げた市は用地の買収に着手。昭和42(1967)年「秋田ピカデリー劇場」脇から西方寺境内を通り、寺町一丁目に抜ける道路がひとまず開通。期成同盟会の陳情開始からすでに一昔の時が流れていた。

旭北小学校通学路

旭北小学校通学路

旭北小学校通学路
▲旭北寺町一丁目「銀光堂」前

創業90年という老舗菓子舗「銀光堂」。現在はカステラ煎餅系の「秋田城瓦煎餅」「こけし諸越」などを製造するが、昭和30年代の広告には上記のほかに「秋田城瓦諸越」「秋田城瓦まんじゅう」「秋田古銭諸越」の銘菓が載り、二丁目小路(現・山王大通り)に面した田中町の市電停留所前に支店を構えている。

平成30(2018)年、同家が南隣で経営していた、アジアの布・雑貨を販売する「ふあり」を「銀光堂」内に移設、リニューアル後「ふあり 銀光堂」となった。アジア雑貨とお菓子という組み合わせも珍しい。

旭北小学校通学路

「銀光堂」の西隣もお菓子屋「御菓子司かくた」。場所柄、両店ともに御彼岸・御盆の時期には供物の菓子、赤飯、花なども販売する。

閑話休題。

旭北小学校通学路
▲寺町一丁目「伝法寺」と通学路

寺町一丁目までの区間の開通から遅れること5年、昭和47(1972)年9月、寺町一丁目から新国道方面に抜ける約100メートルの通学路が、陳情開始から15年目にして、ようやく完成。

9月11日の“通り初め式”には、荻原秋田市長を初め、児童・父兄ら約100人が集まり開通を祝った。

旭北小学校通学路

秋田市が竜泉寺、伝法寺の境内を用地買収して造成した通学路。開通当初は砂利敷きであった。

旭北小学校通学路

旭北小学校通学路

通学路西端の両側に建つ民家は開通前後に建てられたもの。

旭北小学校通学路

上掲画像の車止めの向こう側、新国道に通じる道はかつて、田んぼのあぜ道で、寺町の裏側(車止めの向こう)を旭川上流を源とする農業用水が流れていた。

旭北小学校通学路
▲通学路を西側から望む

旭北小学校通学路
▲新国道「旭北小学校」入口

旭北小学校通学路
▲旭北小学校通学路 鳥瞰 ©Google Maps

Googleストリートビューの場合、車が通れない道には基本的に侵入できないが、寺町横断通学路はトレッカーを担いで徒歩で撮影されている。

グレー・ライン→四丁目小路・新国道経由の通学路。ライトブルー・ライン→寺町横断通学路。

オレンジ・ライン→昭和42(1967)年開通部分。グリーン・ライン→昭和47(1972)年開通部分。

旭北小学校付近
▲1962/09/15撮影

昭和37(1962)年撮影の空中写真。左手に「旭北小学校」その上に「山王中学校」。周囲にはまだ田んぼが多い。

秋田市大町五丁目「NTT東日本大町第二分局」の場所にあった「旭北小学校」が、西に約1キロ離れた、現在の山王地区に移ったのは昭和13(1938)年。その当時、寺町の裏から山王地区にかけては、一面の田んぼが広がる、まさに秋田市の郊外であった。

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昭和残影「オリンピック釣具店」川反一丁目

2019年6月初旬のこと、通町通りから川反通りに入ってすぐ、目の前の町並みに何か違和感をおぼえた。

オリンピック釣具店跡▲秋田市川反一丁目(大町一丁目) 2019.06

しばらくシャッターが閉じたままの状態が続いていた「オリンピック釣具店」が、2020 東京オリンピックを待たずして解体されて、駐車場に様変わりしていたのだ。

オリンピック釣具店 ▲川反一丁目 2004.03

オリンピック釣具店 ▲2004.03

もう50年近く、川反一丁目のシンボル的存在であった、壁面に大きく「つり具」と、丸ゴシック体で描かれた、アイキャッチ効果抜群の看板は、店舗改装の際、手を加えずに保存されたが、二階に新設された窓で文字が分断された。

オリンピック釣具店▲2010.08

オリンピック釣具店 ▲2018.11

オリンピック釣具店 ▲昭和33(1958)年

1955(昭和30)年「オリンピック釣具店」創業。その当時北隣に、湖沼や河川から切り出した天然氷を貯蔵する氷室(ひむろ)が残されていたが、その話はまたいつか。

店名の由来は「植野精工」が手がけたリールの人気ブランド「オリムピック」(オリンピック) だろう。ブランド・マークは「五輪にトビウオ」。

植野リール製作所 ▲昭和12(1937)年「植野リール製作所」広告

植野リール製作所
▲昭和18(1943)年「植野リール製作所」広告

日本におけるリール製造のパイオニアで「ダイワ精工」と双璧をなす釣具メーカーであった同社は、1961(昭和36)年「オリムピック釣具」次いで「オリムピック」と改称、1992(平成4)年「マミヤ光機」と合併し「マミヤ・オーピー」となるが、2000(平成12)年、釣具事業から撤退。

大阪に本社を置き、釣具・ゴルフシャフトなどを製造販売する「オリムピック」は「マミヤ・オーピー」の和歌山県すさみ工場を引き継ぎ、2001(平成13)年に創業された別会社だ。

 
 
 
 
 
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