二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●音楽●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

≫ EDIT

昔日の風情も薄れ草の市・馬口労町

草市・馬口労町通り
20011.08.12

盆入りの前日、お盆に使う花・野菜・果物・精霊棚の供え物などを売る草市(盆市)。往年の風情を色濃く残していた馬口労町の草市も、近郊農家からの出店および物量は年を経るごとに少なくなり、時間帯が遅くて売り切れた可能性もあるが、例年の楽しみにしていた「赤ずし」を出す店も見かけなかった。

馬口労町の草市はこのまま衰退をつづけ、いずれは保戸野通町のように名前だけの草市になってしまうのだろうか。

ちなみに2005年の草市の様子はこちら。
二〇世紀ひみつ基地 草市・馬口労町

















_________

関連記事

二〇世紀ひみつ基地 草市・馬口労町 2005.08.12
二〇世紀ひみつ基地 七夕と御盆
二〇世紀ひみつ基地 盂蘭盆会の色彩
二〇世紀ひみつ基地 赤ずし・夏の郷土料理
二〇世紀ひみつ基地 盂蘭盆会の風物詩

| 祭り・民俗・歳時記 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

盂蘭盆会の風物詩


盆提灯のある店・馬口労町草市にて

線香にロウソク、のし袋に蚊取り線香などを置いている店だが、雑貨店というわけでもない、草市の日にだけ目にとまる不思議な店。

右手の盆提灯の正式名称は「岐阜提灯」。極薄で丈夫な美濃紙を貼り、繊細な筆先で秋の草花などを描く。

手の込んだ手書きのものは結構な値段がするが、昔は非常に高価な贅沢品で、庶民が手にできるものではなかった。その当時は盆の時期だけではなく、日常の装飾照明器具として使われていた。

幕末から明治期には海外にも多く輸出され、オリエンタルなインテリアとして好評を博した。

左に並ぶ盆提灯は「変形すだれ提灯」というのだそうだ。


お地蔵さんの供え物

それぞれの家で少しずつお供えした赤飯の、それぞれの色の違いの面白さ。

茶飯のような薄い色から、濃い紫のものまで様々だが、やはり秋田産「てんこ小豆」(黒ささげ)を使った濃い紫の赤飯でなければ、なにか物足りない。

_________

関連リンク

岐阜提灯協同組合

関連記事
草市・馬口労町 2005
七夕と御盆
盂蘭盆会の色彩 2006
赤ずし・夏の郷土料理

| 祭り・民俗・歳時記 | 21:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

明治末期の清酒店・馬口労町


穀物酒類商・伊藤商店 秋田市馬口労町
明治四十五年、顧客に送った年賀状

切妻屋根から突きだした化粧棟木、重厚な破風板、破風下の三段化粧梁が眼を惹く主屋。主屋の前面のコミセでつながる右手の建物は、瓦屋根の倉造りで、隣家との境には防火用の卯建(うだつ)が上がっている。

主屋には大日本麦酒の「サッポロビール」、右手には「銘酒イネマサムネ」の屋根看板。サッポロビールの看板の上には長方形の木彫看板らしきものが提げられている。図柄がはっきりとしないが、亀と瓢箪が描かれているように見える。瓢箪は子孫繁栄・無病息災、亀は長寿のシンボル、一家の繁栄と商売繁盛を願って掲げられたものだろう。

20051126195220.jpg
摂津灘 河東本家鑑醸 銘酒イネマサムネ

20051126195231.jpg

壁には「凱旋サイダー・凱旋オレンジ」「金線サイダー」などの掛看板。大八車には「白鶴」の配達箱。薦樽、味噌樽が積まれた店頭には、店主を始め、家族、使用人らが勢揃い、なかには木馬に乗った子供もいる。右手には人力車が二台、客人を乗せてポーズをとっている。

20051126195207.jpg

灘の銘酒はだかりで地元の酒名が見当たらないのは、当時の秋田は、まだ酒造に関しては発展途上期であり、県産酒の地元での評価は低かっためと思われる。特に一流料亭や旅館では灘酒信仰が強かったという。

店舗の前に店主ならびに家族、使用人らが集合して撮影した写真を元に作製されたこの手の絵葉書は、絵葉書ブームのピークだった明治末から大正期を中心に、宣伝のため各商店で盛んに作成され、年賀状や暑中見舞いとして配られた。葉書の表(宛名面)には「秋田鈴木開運堂製」という絵葉書出版元が印刷されている。

戦前の地図によればこの酒店は、市指定文化財「松倉家住宅」の向かい、現在のヤマザキデイリーストアの地に位置している。コンビニになる前は「両関屋酒店」で、現在も酒をあつかっているので、経営家は明治から変わらないのかも知れない。


2004.09


大きな地図で見る

外町の南端、馬口労町(馬喰町・馬苦労町とも表記)は、佐竹氏の外町の町割にともない寺内から移した町。

羽州街道と北国街道の分岐点で、陸上交通の要、船着き場には、雄物川を経由して米が運びこまれ、馬の競り市も開かれ、商業、水陸運輸の中心地として活気あふれる場所であった。旅籠町に指定され、馬喰、船頭、百姓町人の旅行者は、もっぱらここに宿泊したため、酒の消費率も高く、造り酒屋、酒店も多く、外町の北端の通町が山の手ならば、馬口労町は下町の風情があったという。

_________


関連記事

二〇世紀ひみつ基地 松倉家住宅・馬口労町



| 秋田市今昔 | 23:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

草市・馬口労町

20050813021950.jpg
勝平得之「盆市」(部分)昭和二十一年

八月十二日、近郊の農家が集り、お盆に使う花、野菜、果物、精霊棚の供え物などを売る草市(盆市)は、秋田市内では保戸野通町と馬口労町で古くから続いているが、往年の情緒を今に残す草市は、馬口労町だけになってしまった。

20050813021930.jpg
馬口労町通り

20050813021858.jpg


20050813021835.jpg
盆花(精霊花)

盆の数日前に山に入り花を採ってくる行事は「盆花折り」などと呼ばれ、山にいる祖霊は盆花に乗って家に帰ってくるとの言い伝えもある。本来は購入するものではなく、それぞれの家が山から採取するもので、先祖迎えも兼ねた行為だったのだろう。

20050813021704.jpg
スーパーなどでは規格外れとされ見ることができない、伸び伸びと育った茄子と胡瓜

20050813021816.jpg
精霊棚の供え物

20050813021635.jpg
鬼灯(ホオズキ)と飾り灯籠

鬼灯は精霊の乗物、精霊を導く灯火。
食品に分類される飾り灯籠は、たけや製パン製。

20050813021755.jpg


20050813021423.jpg
笹巻き(三角ちまき)

本当はイグサで結ぶのだが・・・、これではせっかくの笹巻きが不味く見える。

20050813021402.jpg
秋田の郷土料理「赤ずし」

別名「盆ずし」「けいとまま」「赤まんま」など。
炊いたもち米を桶に薄く敷き、その上に胡瓜の塩漬、塩もみした赤紫蘇を加え、笹の葉をかぶせて漬け込む。精霊棚や墓に供え、砂糖や醤油をかけて食べ、客にもふるまう。サッパリとした味わいは、食欲の落ちる真夏にはかかせないものだった。

20050813021339.jpg
懐かしのマクワウリ

値札には「メ瓜」と記されていた。「メ」は「うめ(旨い)」という秋田方言でが短くなったもので、「メ瓜」とは「旨い瓜」の意。

子供のころ、夏になると瓜売りがやって来た。その売り声も聞いたような気もする。瓜は西瓜よりも大衆的な夏の風味だったが、プリンスメロンなど、より甘く安価な交配種が出回るようになって市場から消えていった。

最近では精霊棚も省略する家が増え、こんな草市の光景も、やがては消えてしまうのかも知れないが、後世に残して欲しい夏の風物誌である。


大きな地図で見る

| 祭り・民俗・歳時記 | 23:00 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT