二〇世紀ひみつ基地

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県民会館の土手から広小路を望む・大正期


秋田地裁付近・大正期の絵葉書より

県民会館の土手から、広小路を見下ろす。西根小屋町の広小路に面した角に建つのは、赤レンガ建築の秋田地方裁判所。その右隣に白壁の木内雑貨店、さらに西側に秋田県庁および議事堂など関連施設が並ぶ。


木内と後方に県庁

昭和四十三年(1968)、秋田地裁は山王に移転、その跡地に昭和四十五年(1970)、秋田第一ホテル、現在の秋田キャッスルホテルが竣工する。


2007.10

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県民会館の土手から広小路を望む・1971


1971

広小路が歩行者天国になった休日、県民会館の土手に上り、広小路を見下ろす。貸ボートが遊ぶ穴門堀の向こう、左から、「長崎屋」「盛田カバン」「イワマ靴店」「モードササキ」「オノ時計店(工事中)」「ヒラノビル」、道をはさんで「秋田プラザ・第一ホテル」。「長崎屋」屋上のネオンサインがアンバランスで、今にも崩れ落ちそうだ。

「ヒラノビル」の裏には、「桃園ビル(飲食ビル)」「小澤歯科」とつづき、「小澤歯科」の裏、細道を進んだ奥まったところに「江戸や質店」があった。



大正12年岩手に創業した「盛田鞄店」が秋田に店を開いたのは昭和42年(1967)。現在は東北を中心に全国145店舗、県内12店舗。本社が仙台にある「イワマ靴店」の上階には「喫茶ブルボン」の公園前店が入居していた時代もある。女子高生制服オーダーの「モードササキ」。カビと劣化がはげしいリバーサルフイルムをスキャンして、無理なレタッチを加えたもなので画質が悪い。


2007.10

古沢ビルから西側のビルは解体され、秋田中央道路(地下道)の出口となり、キャッスルホテル(旧第一ホテル)は、裏側の露天駐車場敷地に新館が増築された。



並べて比較すると、屋上に八階部分(バー・ロータス)が増設されたのが確認できる。

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秋田プラザにレインボーフロア誕生・1972


1972.12 新聞広告(部分)

レインボウフロアは流れるメロディによって豪華なシャンデリアが、美しい七色の虹をつくり楽しいムードでいっぱいです。
この無駄に豪華なレインボウフロアというのは記憶に無いが、イラストに自動車が描かれていることから、現在はホテルが増設された、露天駐車場に隣接した部分と思われる。

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一日店長はミスヤング・秋田プラザ

広小路「秋田プラザ」二階にあった「ヤング広場」の写真が残っていないか、ネガフィルムを探していたら、こんなのが出てきた。

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昭和47年(1972)12月3日(日)に開催された「72 ミスヤング インターナショナル モデル撮影会」の一コマ。この二人、前日から「秋田プラザ」に来店し、一日店長などのイベントをこなしている。

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1972.12 新聞広告(部分)

さらに夜には川反五丁目のソワレドビル(現・第一ソワレドNKビル)二階にあったサントリーパブ「ラストツーダラー」でまた営業という、まるで新人演歌歌手の、どさ回りのような生活。こうして各地を巡業していたんだろうね。

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1972.12 新聞広告

宇崎竜童がデビュー前、しばらくのあいだ秋田市に滞在し、オープンして間もないソワレドビルの飲屋で弾き語りをしていたと自ら語っていたその店は、バンドが入っていて生演奏も楽しめた「ラストツーダラー」でなかったろうか。

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第一ソワレドNKビル

昭和47年(1972)にオープンした「秋田ソワレドビル」のオーナーは、昭和2年に創業し川反で一世を風靡した朝日興産。

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1974 書籍広告

最盛期はホステス100人を擁した「クラブ朝日」をはじめとして、「レストラン朝日亭」、秋田初の「ゴーゴークラブ・コパ」、サーキット場「朝日グランプリサーキットコーナー」、「クラブ・ラセーヌ」、サントリーパブ「ラストツーダラー」、「クラブ雅」、和風レストラン「加千喜」、メンバーズクラブ「フリーメーソン」など、多くの飲食店を経営した朝日興産は、昭和の終わりとともにその歴史に幕を下ろし、平成元年(1989)4月、川反五丁目「第一ソワレドビル」「第二ソワレドビル」は東京の業者に売却された。

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