二〇世紀ひみつ基地

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アンモナイトの螺旋「秋大鉱業博物館」美階段

秋田大学鉱業博物館

秋田大学大学院工学資源学研究科附属「鉱業博物館」
秋田市手形大沢(手形山)

昭和36(1961)年竣工
設計・大林組設計部

鉄筋コンクリート三階建て(研究棟四階建て)

秋田大学鉱山学部創立50周年記念事業として、卒業生らの寄付金をもとに建設
旧称・秋田大学鉱山学部附属「鉱業博物館」
鉱業および鉱石に特化した国内唯一の博物館

秋田大学鉱業博物館

秋田大学鉱業博物館

秋田大学鉱業博物館

サンダーバードの秘密基地を思わせる円形建築の、丸天井から注がれる柔らかな自然光にライティングされた、昭和30年代に造られたとは思えない、モダンな螺旋段を中心に、周囲に展示室を配した構造は、アンモナイトをイメージして設計されたという。

秋田大学鉱業博物館

秋田大学鉱業博物館

秋田大学鉱業博物館

秋田大学鉱業博物館

一階ホールの中心に、重力加速度の値を計測するための「一等重力点」が置かれ、国土地理院による測定が定期的に行われている。

関連リンク
重力 - 国土地理院

秋田大学鉱業博物館

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秋田大学鉱業博物館

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秋田大学鉱業博物館

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青信号が見えない信号機・手形休下町

視覚制限灯器
2013.06 奥羽本線 下中島踏切

秋田市千秋中島町「北高」前を東に進行し、坂を上った地点にある「下中島踏切」から、踏切を渡った「東中」前交叉点に設置された信号機に目を向けると、「赤信号」と「黄信号」は良く見えるのだが、「青信号」だけが、まるで停電したかのように真っ暗。

視覚制限灯器
「下中島踏切」より「東中」前交叉点

視覚制限灯器

交叉点に近づくにつれ、見えない「青信号」は徐々に明るさを増す。

視覚制限灯器

見えない「青信号」の正体は「視覚制限灯器」。

箱形フードに角度を付けた羽板を横に並べることで、一定距離まで近づかないと「青信号」の光が遮断され、見えない仕組みになっている。

交叉点が隣接している地点では、奥の「青信号」に気をとられて、手前の「赤信号」に気づかずに進行し、衝突事故を起こす確率が高いことから、近年になって設置されたもの。

踏切と信号機が近い当物件の場合も同様に、交叉点の「青信号」に引っぱられ、一時停止せずに踏切に進入することを防止する目的で使われている。


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大学街の銭湯「手形の湯」残影


2006.08


2009.05

2009年12月31日大晦日、秋田市手形山崎町の銭湯「手形の湯」閉湯。知らせを耳にした、かつての常連客が詰めかけ、老舗銭湯の閉湯を惜しんだ。

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大震災を黙示するかの如く・秋大モニュメント

阿部米蔵によるパブリックアート・その8


阿部米蔵「雨露と土」昭和46年(1971)タイル壁画・秋大教育文化学部

秋田大学教育文化学部3号館の新築に際して、附属する60周年記念ホールに、当時美術科の教授であった阿部米蔵がデザインした壁画が設置された。

壁画に描かれたものは波濤と廃墟、日輪(太陽)さえも寿命を迎えたかのように侵蝕されている。諸行の無情を感じさせるその壁画は、未来を担う若者を教育する場にはふさわしくはない“ただならぬ暗さ”をただよわせている。









その壁画が完成して40年後に東日本を襲った未曾有の大震災。大津波に破壊された三陸の光景と壁画の光景がダブって見える。

壁画に描かれた“波濤”は大津波、“廃墟”は鉄骨だけ残った三階建てのビル、そして“侵蝕された太陽”は爆発して煙を上げる原発を象徴しているかのようだ。

秋大の記念ホールに黙示的・予言的なモニュメントを残した阿部氏は、2011年5月3日、大震災を見届けるように逝去された。


南三陸町防災対策庁舎
Copyright 2011 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
鉄骨だけ残った防災庁舎をモニュメントに 南三陸町長が意向

 宮城県南三陸町の佐藤仁町長は11日、津波で3階建ての鉄骨だけが残った町の防災対策庁舎について「個人的な思いだが、この災害を二度と忘れないためのモニュメントとして残すことができれば」との意向を示した。共同通信の取材に答えた。

 庁舎は阪神大震災を受け、震度7の地震にも耐える防災の拠点として建てられたが、屋上を越える津波が押し寄せた。

 佐藤町長は「賛否両論がある」と断った上で「最後まで町民の命を守るために働いた多くの職員が亡くなったり、行方不明になったりした。献花台や慰霊碑を設け、町の将来を担う人への教訓にしたい」と述べた。
2011.4.11『MSN産経ニュース』より


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