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二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

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背を伸ばす機械あり升

近現代日本における通販広告の歴史は、コンプレックスの歴史といっても過言ではないほど、人間の劣等感に訴えかける、いわゆるコンプレックス系広告は数多い。

その代表的なものが「伸長器」という背を伸ばす器具。昭和三十年代から四十年代の少年雑誌には、毎号かかさず掲載されていたので見覚えのある方も多いと思う。

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TK式身長機 昭和三十年代

首と足首をベルトで固定して、自力で牽引するイタイタしい姿が悲哀を感じさせる。
他の方法で失敗した岐阜の山田義男君(20才工員)は、これで「5ケ月間に12センチも伸び、しかも座高1センチ脚11センチの割で伸び、スタイルもよくなり悩みも解消して人生に希望が持てるようになった」のだという。そりゃよかったねぇ山田君。

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MM式身長機 昭和四十年 少年サンデー

キャッチコピーと、一寸法師のイラストが効果的な、切実な少年の悩みに対するQ&A形式の広告。

昭和三十七年、医学的に効果のない牽引式の身長機は、不当表示に当たると判断されたこともあってか、広告表現は上記のものから変わっているが、「骨端軟骨の圧縮変形を取り除いて……カイロプラクテック療法をとり入れてあなたの背がグングン伸びる」うんぬんとあるから、上の器具と同じく牽引式に違いない。

背が伸びるばかりではなく、「胃腸病神経衰弱を治し頭脳明快にするように研究された」器具なんだそうだ。なんてスバラシイ発明なんでしょうねぇ。

身長機の歴史を遡るとこんな広告がある。

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昭和三年 朝日新聞

こちらは縦型のようで、バネとハンドルらしき構造がある牽引式の器具。「社会局より有功証を受け出張使用にも応ずる」という。着物の女性は大きくなった男に驚き口を開けて見上げているのだろうか。「大男になる」の見出し活字が眼を惹く。

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大正十一年 文芸春秋

これはひょっとして牽引式身長機の元祖か?
マッチョな大男と、みすぼらしき小男の比較、これぞまさしく誇大広告なり。

「国家的実益の大発明」「公益普及の為、希望者に背の伸びる迄、無料で貸与」と自信満々なのは、売るほうもまだ、その効果を信じて疑わなかった為かも知れない。

少年雑誌の通販広告には「背の高くなるクスリ」なる商品もあったが、その説明書には「毎日牛乳と一緒に服用して下さい」という、悩み多き青少年にとっては非常に残念な注意事項が記されていたという。

体を固定して上下から牽引する身長機は、関節にダメージを与え炎症を起こすとして発売禁止となり、また「背が伸びる」という表現も法規制により禁止され、この手の広告は誌上から姿を消してしまうのだった。

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♪光る海 光る大空 光る大地・エイトマン

最近、NTT「フレッツ光」のCMでSMAPが歌う
♪光る海 光る大空 光る大地 行こう無限の地平線……♪
というフレーズが流れると、ついつい画面に眼が行き耳を傾けてしまう。
この曲は、ぼくらのスーパーヒーローだった「エイトマン」のテーマソングの冒頭部分。
あのころ、この曲を口ずさむと血湧き肉躍り自分が強くなれたような気がした。
歌詞は
♪走れエイトマン 弾丸(たま)よりも早く 叫べ胸を張れ 鋼鉄の胸を♪
と続くのだが、この部分がカットされているため、CMが流れ始めたころは不覚にも「エイトマンのテーマ」とは気づかなかった。あんなに好きな曲だったのに。ただ、このメロディーが流れると、えもいわれぬなつかしさが意識の下層から浮上し、過剰なほどに反応する自分がいた。

「エイトマン」

前田武彦 作詞
萩原哲晶 作曲
克美しげる 唄

光る海 光る大空 光る大地
ゆこう 無限の地平線
走れエイトマン 弾丸よりも早く
叫べ胸を張れ 鋼鉄の胸を

呼んでいる 呼んでいる 呼んでいる
立とう 正義の旗のもと
誇れエイトマン 天より高く
ふるえその腕を 鋼鉄の腕を

燃ゆる空 燃ゆる風 燃ゆる心
進め 無敵の力もて
征けエイトマン 誰よりも強く
響け轟け 鋼鉄の男



作曲の萩原哲晶は青島幸男と組んで、「スーダラ節」「ハイそれまでヨ」「ホンダラ行進曲」など一連のクレージーキャッツのヒット曲を書いた人。前田武彦(マエタケ)はテレビ放送創成期からの脚本家でタレント。CMで使われている冒頭の部分は、高度経済成長期の「明るい明日への限りなき夢と希望」を感じさせる、時代を象徴する名曲だと思う。

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オープニングタイトルで新幹線を追い抜くエイトマン
10万キロワットの原子炉によって人間の千倍の速度で走る

カルトSF作家・平井和正と、天才漫画家・桑田次郎(のちに二郎と改名)のコンビで、「週刊少年マガジン」で連載されていた「8マン」が、ТBSでアニメ化されると、たちまちのうちに人気を集め、視聴率は「鉄腕アトム」の抜くほど、その脚本も、辻真先、半村良、豊田有恒など錚々たる面々が担当し、原作の奥深さと人間味溢れるキャラクター、すこしバタくさく洗練された描画は少年たちを虜にする。

ストーリーは・・・、
警視庁捜査一課の腕利き刑事・東八郎は、凶悪なギャングを捕らえようとして、ピストルで全身を撃たれて瀕死の重傷を負う。そのとき謎の天才科学者谷博士が現れ、スーパーロボットの電子頭脳に東の記憶の全てを移し替え、世の悪と戦う勇者として再び蘇った。警視庁のどの部署にも属さない8番目の刑事・エイトマンは、普段は私立探偵、ひとたび事件が起きると秘密捜査官エイトマンに変身、この世の犯罪を撲滅させるために大活躍する。

ところでこのストーリーどこかで見覚えがないだろうか?
そう、あの映画「ロボコップ」とそっくり。「エイトマン」は1966年に「8th Man」として全米で放映されているため、「ロボコップ」は「エイトマン」が元ネタとされ、そのデザインも東映の「宇宙刑事シリーズ」からのパクリといわれている。

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鋼鉄の身体を持ち超高速で走り、人間とロボットとの狭間で苦悩する「エイトマン」は、電子頭脳がオーバーヒートすると、ベルトのバックルに仕込まれたはタバコ型の「強化剤」に火を付けて吸い鎮静させるという、嫌煙思想が広がる現代ではありえないヒーローであり、その姿にあこがれて真似をする子どもたちのアイテムが駄菓子屋のロングセラー「ココアシガレット」であった。

約一年間続いたテレビ放映終了後もその人気は衰えず、「少年マガジン」の連載は順調に続いていたが、昭和四十年(1965)桑田次郎が拳銃不法所持で捕まり、新聞の見出しは「エイトマン逮捕さる!」と事件を報じた。まるで「エイトマン」が悪人になったようで本当にショックだったことをおぼえている。連載は急遽連載中止となり、逮捕の数週間後、アシスタントの代筆による最終回で幕を閉じる。

桑田は自伝の中で、不法所持していた拳銃は、あまりの忙しさにノイローゼ状態に陥り、自殺用に用意したものだったと語っている。昭和四十年は、芸能界・スポーツ界の大規模なピストル汚染がマスコミを賑わせた年で、平尾昌章がピストル横流しの疑いで逮捕、桑田のほかに石原裕次郎、大薮春彦、若羽黒、千代の山、大鵬、柏戸、北の富士らの不法所持が発覚した。

謹慎を終えた桑田は、同年「週刊少年キング」で平井和正とのコンビで「エリート」の連載開始。少年マガジンにも読み切りの「8マン」を不定期連載する。

ちなみに連載漫画のタイトル「8マン」が、アニメ版では「エイトマン」とタイトルが変わった理由は、「8」だとТBSのライバル会社「フジテレビ=8チャンネル」を連想させるため「エイト」に変更されたという。「8マン」は「8番めの刑事」であったが、もうひとつは「8マン=はちまん=八幡神」、つまり武神・八幡大菩薩という意味もこめて平井和正が命名した。

昭和五十一年(1976)、テーマソングを歌っていた克美しげるは、再起の邪魔になった愛人を殺し逮捕される。そのため「エイトマン」のオリジナルテーマもしばらくは封印され、その後発売されたサウンドトラックでは他の歌手のカバー版が収録されていたが、最近になってオリジナルを使った復刻版のCDやDVDが発売されている。

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「のりたま」と「エイトマン」



関連リンク

8マン作品リスト
http://www2.odn.ne.jp/~ccs89380/pzlist8/8mnlist.htm
まぼろしの最終回の画像あり(全ページ)
アシスタントによる執筆のため桑田のオリジナルと比べると物足りないが、物悲しいラストシーンは強く印象に残っている。

海外の「エイトマン」オタク
http://8thman.com/history.htm
http://www.geocities.com/betoeitoman/index.htm

米国版「エイトマン」テーマソング
http://www.tvtunesonline.com/freebies/8thman.asp
米国版「ウルトラマン」テーマソングなどもあり

60年代日本アニメのサイト
http://www.geocities.com/cjmariano/engl_8thman.htm
オリジナルテーマソングの一部が聞ける

エイトマンヘの鎮魂歌 平井和正
http://www.ebunko.ne.jp/eightmana.htm

桑田二郎official
http://www.kuwata-jiro.com/index.htm
拳銃不法所持事件以後の桑田は、精神世界へ傾倒し、仏教を題材にした漫画などをも描いている。

| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 08:08 | comments:4 | trackbacks:1 | TOP↑

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ラジコン型ロボット?・広告

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1966年 少年サンデー広告

これも前回の「ラジオが当る!!」と同様に、いったい何がメインの商品なのか、一見して分からない広告。

前金500円で「切手」を注文するか、前金600円で万年筆を注文すると、「ラジコン型ロボット」がもらえるという、そのロボットの説明は次の通り。

ラジコン型なのでコード類は不要で操縦器1つで陸上、水上でも前進後退左右回転、坂も上りスピードがかえられマグネット誘導方式なのでどのようにも動き2ケあるとロボット戦争ができすぐ動かせる操縦器付き金属部品使用。定価は送料付属品全部のねだんです。
〆切なし。 実用新案出願済 三九-六九二八六

昭和四一年、レーシングカーブームが落着いたころ、今井科学、日模などからラジコンカーが発売されブームとなる。しかしそれは、とても高価(5.000円~15.000円)なもので、フツーの家庭の子供には、とても手が届くものではなく、お金持ちのおぼっちゃまだけが所有することのゆるされる、憧れのおもちゃなのであった。

物心付いたときから親しんでいた「鉄人28号」のなかで、金田正太郎少年はレバー式のコントローラーで鉄人を操っていた。当時の少年たちは「鉄人28号」を通じて、無線でコントロールするということへの憧れを育んだに違いない。みんな正太郎になりたかったんだ。

万年筆か切手を買うだけで、憧れのラジコンが手に入るのだから、こんなにお得なことはない。しかも「前金800円で万年筆を注文するとロボット2台」もらえるとある。「ラジコンで動くロボットが400円でもらえて、ロボット戦争ができるんだから」と、友だちを誘い、二人でこづかいを出しあって購入するケースもあったと想像できる。

1966年といえば、ラーメン一杯70円ほどの時代、ほとんどの子供にとって、決して安い買物ではない。
広告を何度もながめては、また読み返し、悩んだ末に意を決めて送金したのだろう。
正太郎少年のように、ロボットを無線操縦する姿を夢見ながら……。

さて、その「ラジコン型ロボット」の実態は……。
鉄のオモリ、針金、ネジでできた小さなデク人形で、これを下敷きの上にのせ、その下から磁石をあてて操縦するというもので、その磁石こそが「操縦器」だったという。

広告文には嘘はない。
たしかにラジオコントロール(無線操縦)だし、水中でも磁力に影響はない。
スピードだってかえられちゃう。
姿もイラストの通り。
頭部に延びるアンテナは……。
ああ、哀れ…、少年の落胆が目に浮かぶ。

東京下町の零細な町工場が、あまった材料を使い、副業で造ったようなロボットの姿。
ひょっとしたらそんな会社が広告主で、これでボロ儲けしたのかもしれない。

「ロボットが動かなかったりした時はとりかえます」って、動かないばずないぢゃないの。

| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ギターが欲しかった

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1969・少年マガジン広告

兄がクラシックギターを持っていたが、いつでも使える自分専用のギターが欲しかった。
しかし、中学生のこづかいではとても手が届かない。

ある日、雑誌で「ギター組立キット」の広告を発見、「これなら買える!」と、ワクワクしながらハガキをしたため投函した。数日後、待ちに待った「キット」が到着。ボンドの乾燥を待ちながらすこしづつ組み立て、ついに弦を張る時がやってきた。張り終えてチューニングを試みるが、どうもうまくいかない。最初は調音されていても弾いているうちに徐々に狂ってくる。「まあこんなものか、練習できればいい」と自らを納得させ、その日は眠りにつく。数日後、学校から帰宅した私を待ち受けていたものは、ネックがグニャリと曲って壊れた、無残な姿のギターだった。原因は弦の張力に耐えきれずネックを支える部分が破壊されたため。

そのキットは確かにこのメーカーのものだったと思う。
キットとはいえ、ギターがこの値段で買えること自体がおかしいのだが、当時の自分にとって、わずかなこづかいを貯めて購入したものが、数日でゴミと化すという体験はショックだった。家族からは笑われ、これじゃあ最初から完成品の「カワイコちゃんもよろこぶ!ミニ・ギター」を買ったほうがよかったと悔やんでも後の祭り、「安物買いの銭失い」ということわざを、身にしみて実感するのだった。

当時の少年雑誌の広告には、あやしげなものや、今では許されないであろう、あきらかな誇大広告が多い。誇大表現も許される、おおらかな時代だったともいえるが、それは、祭りの露店に並べられたありふれた商品が、テキヤのオヤジの口上ひとつで、光り輝く宝物にみえるのと似ている。テキヤの口上のような通販広告のコピーは、少年たちの想像力とシンクロして夢を増幅しつづけた。大半が対象物を手に入れた段階で落胆して終わる、つかの間のはかない夢である。夢の覚めるまでのつかの間の狂おしき想いは、プラトニックラブのように少年の記憶に刻まれる。

| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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