FC2ブログ

二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

≫ EDIT

薄型店舗「プラタビル」山王大通り 1970

昭和45年(1970)秋田市大町二丁目「日銀秋田支店」南側、山王大通りに沿った長方形の土地に「プラタビル」竣工。

奥行き2メートルに満たないほどの超薄型ビルであった。

プラタビル
昭和45年11月 新聞広告

まだ二丁目小路(現・山王大通り)の拡幅工事は終わらず、「山王大通り」と命名される前のため「秋田市中央大通りに…」となっている。

近くの秋田市茶町に創業した老舗「三傳商事」が、ナショナル家電を販売する「三傳バザール」を一階に開業。二階は喫茶店「コーヒー・プラタ」。西隣の角地にバイク販売店「モトショップ・ヒラタ(平田自動車販売)」 。向かいには倒産した「山一証券秋田支店」があった。

ちなみに、当時の20形カラーテレビの定価は15万~18万円ほど。公務員の初任給が3万6千円ほどの時代だから、かなりの高額商品である。

関連記事
二〇世紀ひみつ基地 茶町の老舗・三傳

関連リンク
moto works HIRATA 平田自動車販売株式会社

喫茶プラタ
昭和46年 新聞広告

あまりにも狭すぎたこともあってか「三傳バザール」は数年で閉店。その後、一階に名刺・同人誌印刷などを業務とする「プリントショップ・オオガタ」(能代市「大潟印刷」出店)と雀荘が入居。

プリントショップが撤退した跡に、同じ並びの西側から「靴の病院フジイ」が移転する。

 山王大通り
2013.06「プラタビル」跡

昭和43年(1968)激増する交通量に対応するため、二丁目橋から山王十字路間の拡幅工事が始まる。

幅12メートルの二丁目小路(現・山王大通り)北側の土地・建物を買収し、車道幅36メートルに拡幅、四ヶ所(現在は三カ所)に地下道を付設した。

拡幅工事により「日銀秋田支店」横から「當福寺」前まで生じた半端な土地に、薄型の建物が建ちならぶ。

最も奥行きが浅かったと思われる「プラタビル」や、その西隣の「モトショップ・ヒラタ(平田自動車販売)」のように、すでに空き地となった場所もあるが、下掲画像のように、今も数棟の薄型建造物が残っている。

山王大通り
2012.06

「プラタビル」から移転した「靴の病院フジイ」。

山王大通り
2012.06

「靴の病院フジイ」の西隣、「ハンドメイドジュエリー LUCE」。かつては一階にブティック、二階にスナックが入っていた。

関連リンク
LUCE(ルーチェ)


大きな地図で見る
「プラタビル」跡

_________

関連記事

二〇世紀ひみつ基地 大町二丁目交差点・二丁目小路変遷
二〇世紀ひみつ基地 市電が走る街・大町
二〇世紀ひみつ基地 「県庁橋通り」は県内初の舗装道路?
二〇世紀ひみつ基地 茶町の老舗・三傳
二〇世紀ひみつ基地 秋田銀行発祥の地・茶町菊ノ丁

| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

秋田駅前「加賀谷書店本店」跡に「和民」オープン


JAPANESE DINING「和民」秋田駅前店 2013.02

平成25年(2013)2月6日、秋田駅前「加賀谷書店本店」跡に、居酒屋「和民」オープン。秋田駅前店は秋田県内第一号店となる。


「加賀谷書店本店」2012.10


「加賀谷書店本店」2012.10


「加賀谷書店本店」2012.10

平成19年(2007)秋田フォーラス(旧なかよしビル)6・7階に「ジュンク堂」オープン。
平成23年(2011)フォンテAKITA(旧イトーヨーカ堂)5階フロアに「宮脇書店」オープン。

相次ぐ全国チェーン店の秋田駅前進出に打撃を受けた「加賀谷書店本店」は、平成24年(2012)11月7日閉店、60年の歴史に幕を下ろした。最盛期は市内に7店舗を展開したが現在は東通店・茨島店の2店に縮小。

昭和23年(1948)「加賀谷書店」創業者の加賀谷豊治氏は、古書同好の文学青年たちと共同出費、「木内百貨店」内に古書店を開業。紙不足で新刊書の出版が難しく、国民が活字に飢えていた時代であった。

昭和28年(1953)秋田市久保田町の十七連隊跡地に「加賀谷書店」開業。今にすれば小さな店だが、当時は県内一の売り場面積を誇っていた。

関連記事
二〇世紀ひみつ基地 歩兵第十七連隊・秋田駅前

昭和40年代から秋田関連の重要書籍を次々と出版。

企画・出版物の一部
『新編佐竹氏系図』加賀谷書店 1973
『秋田沿革史大成』加賀谷書店 1973
『秋田書画人伝』加賀谷書店 1975
『勝平得之全版画集』講談社 1975
『秋田県史』加賀谷書店 1977
『平福百穂画集』集英社 1978
『在県秋田の美術と文化』学習研究社 1982

昭和47年(1972)隣接した広小路側の土地を取得、店舗を拡張してリニューアルオープン。


昭和47年(1972)新聞広告より(見開き広告の中央上部)

見開き2面にわたり主要出版社の書籍広告がずらりと並ぶ。


昭和47年(1972)新聞広告より

宝飾の「竹谷本店」と婦人服「平徳本店」の間が増築部分。それ以前この場所に「菅長駅前電化ストア」があった。

「加賀谷書店事務所」とあるのが「加賀谷書店」初期店舗。その北隣が「オノ時計店」。この区画に今は「秋田ビューホテル」が建つ。

「加賀谷書店事務所」南隣には「エルザ」「それいゆ」と、二つの喫茶店がならび、コーヒーを飲みながら買ったばかりの本を読むのが定番コースであった。喫茶「それいゆ」の跡に「リーガルシューズ」が入ったのは70年代後半の頃。

「加賀谷書店」の向かいにあった「文具のイトウ」が実際よりも西側に描かれているが、ずいぶん長いあいだ空き地(駐車場)になっていたその跡地に、平成24年(2012)12月、居酒屋「寧々家 秋田駅前店」オープン。


2013.02

看板建築的店舗の後方に廃墟化して久しい「ホテルハワイ駅前店」。

関連記事
二〇世紀ひみつ基地秋田駅前廃墟・ホテルハワイ駅前店・2012秋


2003.10

地元の大型書店であった広小路の「三浦書店」(二階建て、上階に千秋公園に面した喫茶コーナーを併設)、中央通りの「三光堂書店」(四階建て、店舗は三階まで)はすでになく、ついに「加賀谷書店」までも撤退。秋田駅前から地元書店が消えた。


大きな地図で見る
「和民」秋田駅前店(加賀谷書店本店跡)

_________

関連記事

「書店」二〇世紀ひみつ基地内検索
「本屋」二〇世紀ひみつ基地内検索

| 散歩写真・路上観察 | 08:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

cafe みきょう・川反発祥老舗喫茶店

アーチ状の洞窟のような白壁の階段を上った店内は、アーチ曲線をあしらった白壁に陰影を落とす自然光が心地よく、螺旋階段を上った中二階、個室風の小部屋、調和のとれたインテリアなど、随所にセンスと遊び心を感じさせるやすらぎの異空間。

同店はもともと、秋田市川反五丁目の美経(みきょう)小路に昭和28年に創業した老舗珈琲店。川反時代のことは文末の関連リンク先に。

_________

▼2015.08 追記

2015年6月「cafe みきょう」閉店。その後、階下のブティック「pour deux(プルドゥ)」秋田店が経営を引き継ぎ「cafe pour deux(カフェ プルドゥ)」と名を改めて、2015年8月オープンした。

_________

▼2019.12 追記

ブティック「pour deux(プルドゥ)」本店の閉鎖にともない「cafe みきょう」の名が復活。1階のブティック「pour deux(プルドゥ)」秋田店は「MIKYO」と改名した。


大きな地図で見る


▼関連記事

川反みきょう小路・今は淋しき片側小路

| 散歩写真・路上観察 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

川反みきょう小路・今は淋しき片側小路


美経小路・川反五丁目 06.09

南側が駐車場になり、片側だけの小路になって久しい川反五丁目(秋田市大町五丁目)美経小路。駐車場とビルとなった南側に存在した新美経小路も含めて、美経小路は川反最大規模の小路であった。この地に、江戸末期から営業していたのが「北潟屋」という味噌醤油醸造元。


昭和5年・6年 新聞広告

「北潟屋」は戦後、その敷地の一角で「美経」というフランス風のシックな喫茶店をオープン。「美経」の「美」は純真、「経」は「宇宙」、合わせて「広きマコト」をあらわすとのこと。

オーナーの趣味が高じて誕生した喫茶店だったが、当時はまだ珍しかった、東京の老舗コーヒー店から直送した豆を使う本格派コーヒーは通をうならせ、客が自由にレコードを選んでかけられるのも好評だったという。


昭和34年 雑誌広告

その後「北潟屋」の跡地に美経小路、つづいて新美経小路がオープン。




昭和34年 新聞広告(部分)

飲み屋街に喫茶店と甘味処があるのが面白い。喫茶店「美経」の創業は昭和28年のはずだが、昭和34年の上掲広告文に「甘くただようコーヒーの香りは八年間の実績」とある。計算が合わないのは、「六」を「八」と誤植したためか。
「美経小路」昭和34年当時
バー 裏窓・バー ミンク・鍋料理 好の家・小料理 天狗・バー ボルドー・喫茶バー アイリス・バー トップ・バー エレガ・バー メッカ・焼とり 福田屋・喫茶バー シャドウ・バー サヴォイー・バー ドリーム・おでん 高砂・クラブ ファンタジー・コーヒー店 美経・甘味の店 幸枝・なめこ汁お茶漬 なめこ・スタンドバー クラウン・バー ママ・バー 我が家・小料理 とら新・小料理 八重子・バー ラスト・小料理 小ばと・てんぷら 天広・バー 車・バー 松帆・バー ゼロ
「美経小路・新美経小路」昭和50年当時
アカシア・ポニー・モンプティ・紫・くつろぎ・めぐろ・木馬・ボルドー・とんかつや・ひとみ・福田屋・あざみ・エルモア・紫野・なるこ・京の竹・エレガ・北国・花びし・義江・くまん蜂・灯・杉・リーフ・みんく・裏窓・かおる・松帆
銀猫・再会・シャドウ・もんしぇりー・バイロン・麻美・ガーネット・紬・和子・湊・花・ゆめ・ドリーム・ハスラー・ブーケ・がらんす・高砂・左近・ファンタジー・バーディ-・グランバス・モノポリ・みっちゃん・ブラウン・ママ・我が家・公爵
1970年代には約60軒の飲食店が軒を連ねた美経小路とその周辺も、大半がビルと駐車場に変容、小路とは名ばかりの寂しい小路となった。

美経小路に創業した喫茶店「美経」はその後、東邦生命ビル地階、秋田名店街の一階を経て仲小路に移転、「cafe みきょう」の名で今も営業をつづけている。


06.03


04.09


04.09


04.04


大きな地図で見る
みきょう小路

cafe みきょう・川反発祥老舗喫茶店


川反五丁目雪景
戦前の川反五丁目



| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT