FC2ブログ

二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

≫ EDIT

自由の群像・八橋陸上競技場前モニュメント

阿部米蔵によるパブリックアート・その3


阿部米蔵「自由の群像」昭和36年(1961)八橋運動公園

昭和36年の秋田国体に合わせて整備された市営八橋陸上競技場の完工を記念して競技場正面に設置された、秋田県出身の遠藤幸雄・小野喬の両体操選手の内面的精神美をモデルにしたというブロンズ作品。
スポーツのトレーニングを通して「太平の峯を憧憬・・・港の水を誘う」と歌う人間のモニュマンを象徴するに、「眼横鼻直」の先哲のことばに導かれて、全体を水平感と垂直感の二つの要素で構成した。この二要素は造形の基本感覚である。群像のモデルは体操の世界的選手小野、遠藤両氏の外面的可視的姿態ではなく、その内面的精神美を彫刻化した。‥‥後略‥‥
『ふたつの群像』阿部米蔵 昭和36年「秋田魁新報」より





大きな地図で見る

_________

関連記事

阿部米蔵によるパブリックアート・その1
二〇世紀ひみつ基地 中通タマゴ公園のひみつ・遊びの彫刻

阿部米蔵によるパブリックアート・その2
二〇世紀ひみつ基地 団欒の群像・秋田駅前モニュメント

| 散歩写真・路上観察 | 21:00 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

昭和44年・秋田テレビ開局のころ

秋田テレビ開局40周年記念

昭和44年(1969)10月1日、秋田で二番目の民放放送局 AKT 秋田テレビ開局。朝8時、秋田市上空に響くノロシの音と同時に放送開始。

10月13日、秋田県立体育館にて「放送開始記念ミュージックフェスティバル」開催。八橋本町の秋田テレビ前を出発し、山王大通り・通町・広小路を経由し県民会館前まで行進する昼の記念パレードに参加したのは、陸上自衛隊中央音楽隊、海上自衛隊大湊基地音楽隊、秋田市内の中・高校ブラスバンドなどで編成した楽隊、テレビメーカー各社のデコレーションカーが連なり、ミス秋田おばこが花を添えた。

12月1日本放送開始、12月3日、秋田市立体育館において開局記念番組「ダイヤモンドグローブ」を収録。全日本ジュニアライト級チャンピオン 東海林博(米倉・横手市出身)と、世界ジュニアライト級第8位 石山六郎(極東・西馬音内出身)が対戦するメインイベントは、同日夜10時からフジテレビのネット局で全国放送された。


昭和44年・新聞広告

秋田テレビは県内初の UHF 局、既存の VHF 専用テレビでは受信できない。秋田テレビでは開局を前に県内の家電店とタイアップして、グァム島招待旅行をはじめ豪華賞品が当たる UHF コンバーター普及セールを展開。



無電テレビ工業 昭和44年・新聞広告

UHF ・ VHF 両波が受信できるオールチャンネルテレビの当時の表示価格は、19型カラーが約18万円、13型カラーで約12万円、17型白黒でも約5万円。実売価格は大幅に値引きされるものの、公務員の初任給が27.000円ほどの時代、かなりの高額商品であり、さらに専用のアンテナも用意しなければ受信できない。

アンテナを含めたコンバーターの価格は、単チャンネル型の普及品で約5千円、オールチャンネル型が7千円から1万2千円ほど。ほとんどの家庭でコンバーターとアンテナを購入し、これを機に白黒テレビから大量生産で安くなりはじめた、オールチャンネルのカラーテレビに買い換える家庭も少なくはなく、家電販売店はこの時期、秋田テレビ開局景気の恩恵を受けた。


サンヨー UHF コンバーター UH-55R


昭和44年・新聞広告
左・金座街まるさ電機
右・ナショナル・パナカラー内蔵用 UHF コンバーター

昭和40年代の大型テレビのデザインは、キャビネットに天然材または木目調をあしらった豪華な家具調が主流。その家具調テレビブームの火付け役になったのが、松下電器が昭和40年(1965)に発売したナショナル白黒テレビ「嵯峨」19型 72.500円。同年のグッドデザイン賞を受賞、同社のロングセラーシリーズになる「嵯峨」は、40年代の国産大型テレビの基本デザインとなった。

ナショナル「嵯峨」

「嵯峨」の成功をきっかけに各メーカーから、「高雄・三菱電機」「歓(よろこび)・シャープ」「王座・東芝」「金剛・ゼネラル」など、和風ネーミングで同様のコンセプト・デザインの家具調テレビが相ついで発売された。

昭和30年代、庶民のあこがれの的であった電化製品の「三種の神器」は「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」。いざなぎ景気にわいた昭和40年代は「カラーテレビ・クーラー・カー」が新三種の神器といわれ、頭文字を取って「3C」とも呼ばれた。そんな高度経済成長期に開局した秋田テレビも今年で40周年。転じて平成不況の今、明るい未来が確かに実感されたあのころが、遠くはるかな夢のように感じられる。

_________

関連記事

テレビ (ひみつ基地内タグ検索)

関連リンク

AKT秋田テレビ

パナソニックのテレビの変遷を振り返る

| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 23:00 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

秋祭りの支度



この土日(19・20日)は外町の総鎮守・山王さんの秋祭り(日吉(ひえ)八幡神社秋季大祭)、今年の統前町にあたる大町一丁目の一角に標(しめ)縄が張りめぐらされ、お旅所となる川反一丁目の星辻神社入口には竹矢来(たけやらい)が設けられた。



一方、日赤跡地では、この場所では今年が最後の開催になるであろう「第3回仲小路 JAZZ フェスティバル」の準備が進む。今年は小沼ようすけが2日間とも出演、椎名純平とのデュオもあるスペシャルなライブがくりひろげられる。

_________

関連リンク

仲小路JAZZフェスティバル・オフィシャルページ

関連記事

二〇世紀ひみつ基地 天気予報も外れて・仲小路 JAZZ フェスの夜 2008

二〇世紀ひみつ基地 山王さんの秋祭り 平成十七年度
二〇世紀ひみつ基地 八橋山王さんの秋祭り・平成十八年度


| 散歩写真・路上観察 | 23:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

開封された日時計タイムカプセル


秋田市八橋運動公園・日時計タイムカプセル

除幕式から30年目にあたる、昨年の「時の記念日」 (6月10日)に、開封式を挙行する予定が、既報のように諸事情で延期になっていた、秋田市八橋運動公園の日時計モニュメントの台座部分に封印されていたタイムカプセルが、この8月15日、当時の八橋小学校生を集めて、ようやく開封された。


河北新報・朝日新聞 web 版より

31年前思い出鮮明 タイムカプセル開封 秋田

 秋田市八橋運動公園で15日、1977年に八橋小児童の作文などを入れて封印されたタイムカプセルの開封作業が行われ、卒業生らが31年前の思い出に浸った。

 秋田県時計宝飾眼鏡商業組合連合会が市に寄贈し、運動公園内に設置された日時計の内部に、当時1~6年生が書いた作文や絵の一部を収納した。満30年の昨年に開封する予定だったが、連絡が取れない卒業生が多く、延期されたという。

 卒業生とその子どもら約50人が見守る中、ガラス瓶に詰められた作文や絵が取り出された。作文は入り込んだ水で紙がふやけ、文字の判読が難しくなっていたが、聞き覚えのある名前が読み上げられる度に、歓声がわき起こった。当時の市長の名刺や写真、八橋小職員名簿なども出てきた。

‥‥中略‥‥

 カプセルの封印作業にも携わった連合会事務局長の岡部司さん(65)は「開ける瞬間に立ち会うとは思わなかった。集まった人たちの笑顔を見て、31年越しの宿題を終えたような気分だ」と話した。
2008年08月16日土曜日

河北新報 web 版より

_________

関連記事

西暦2077年の日時計
三十年目の日時計タイムカプセル

関連リンク

河北新報ニュース/31年前思い出鮮明 タイムカプセル開封 秋田
asahi.com:タイムカプセル、個人情報保護乗り越え開封式



| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

PREV | PAGE-SELECT | NEXT