二〇世紀ひみつ基地

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雁々渡れ鍵になって渡れ

雁の渡り

秋も中旬の高い空に真雁の群がV字型の編隊を組んで、どこか憂えをおびた鳴き声とともに姿を見せると、子どもらは空を見上げて「雁々渡れ」と声を張り上げた。

雁々渡れ
大きな雁はさきに
小さな雁はあとに
仲よく渡れ

上掲の楽曲は明治時代に『小学唱歌』に採用されたもの。

小学唱歌・雁
↑ 伊沢修二 編『小学唱歌』第一巻(明治25年)より

文部官僚で近代日本における音楽教育の第一人者・伊沢修二が、古来のわらべ歌を改作し学校教育用の唱歌とした。道理できれいにまとまりすぎて、自然発生的に生まれたわらべ歌の野趣が感じられないわけだ。

左下の欄には以下のような注意書きがある。

(注意)雁ノ事ニ就キ、種々ノ問答ヲナシ、雁ハ、空ヲ翔ケル時モ、列ヲ正クシテ、亂レズ、ヨク長幼ノ序ヲ過ラヌモノト云フコトニ説キ及ボシ、兄姉ハ、弟妹ヲ愛シ、弟妹ハ、兄姉ヲ敬シ、互ニ睦シクスベク、又學校友ダチノ中ニテモ、長幼愛敬ノ道ヲ盡スベキコトヲ諭シ、此唱歌ヲ教フベシ。
教育ニ関スル勅語ニモ、「兄弟ニ友ニ」トアリ。友愛ノ、忽ニス可ラザルコトヲ知ルベシ。

伊沢修二 編『小学唱歌』第一巻(明治25年)より

『小学唱歌』では、雁々(かり かり)と訓読で唄っているが、雁々(がん がん)と唄う地方もあり、秋田では後者であった。

雁を題材にした同類のわらべ歌の一節を挙げると

竿になってわたれ 鍵になって渡れ

がん がん 棹になれ 鍵になれ

がん がん はしごに なあれ

雁々弥三郎 帯になって見せろ 襷になって見せろ(常陸)

への字になれ くの字になれ

このように雁の群がつくる隊列の面白さを表現したものが多い。

「竿・棹」は直線「鍵」は土蔵の扉などに使われるL字型の「和鍵」のこと。「帯」も直線「襷」は「たすき掛け」つまり「斜め十文字」の形。

秋田県内では次ぎのように唄われていた。

雁々(がんがん)
棹なれ 鍵なれ 奥山越えれ(仙北郡)

がんがん
棹なれ 鍵なれ(全県)

雁(がん)雁 小雁
先(さあき)の女郎 中(なあか)の姫御
後の屁ぴり雁 追(ぼ)出せ追(ぼ)出せ
鍵になれ竿になれ なあれ なあれ(由利郡)

雁雁(がんがん)
先(さきい)は女郎 中子は船子
あとになった屁すり雁
竿なれ鍵なれ
がちゃもちゃ なあれ(鹿角郡)

『東北の童謡』(日本放送出版協会 昭12年)より

鹿角の「がちゃもちゃ なあれ」は「めちゃくちゃになれ」という意味。「竿なれ鍵なれ」と唄いながらも、最後は「配列を乱してめちゃくちゃになってしまえ」と締めているのが面白い。

由利と鹿角はどちらも「女郎」を序列の先頭に置くが「女郎」を辞書で引くと

じょう‐ろ【女郎】
(1)若い女。また広く、女性をいう。浮世風呂(2)「―のお子はとかく爺親(てておや)の可愛がるものさ」
(2)遊女。世間胸算用(2)「―ぐるひ」

じょ‐ろう【女郎】
(1)身分のある女性。好色一代男(4)「さる御所方の御―様達」
(2)若い女。また、広く女性をいう。「京―」
(3)傾城(けいせい)。遊女。

め‐ろう【女郎】
(野郎(やろう)からの類推で作られた語)
(1)女の子。少女。雑談集(3)「女房の―具して西へ行きしを」
(2)女を卑しめていう語。浄瑠璃、心中天の網島「―、下にけつからう」
広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店

とさまざまな意味がある。

由利に「中(なあか)の姫御」とあるので、「身分のある女性。好色一代男(4)「さる御所方の御―様達」とも解釈できるが、わらべ歌は語呂合せなどの無意味な言葉遊びも多いので、歌詞を考察すること自体がナンセンスだったりする。

自分たちが子どもの頃に唄っていたのは

雁々(がんがん)渡れ
棹なって渡れ
鍵なって渡れ

というような、古いわらべ歌と明治の唱歌がまざった歌詞だったと記憶している。

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久々の積乱雲に梅雨明けの気配

千秋公園穴門
2013.08.02 千秋公園穴門堀

久々に見た入道雲に夏本番を感じた翌日8月3日、仙台管区気象台は「東北地方が梅雨明けしたとみられる」と発表。

千秋公園・広小路

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黄金の泡立つ花は盆の花


大泡立草・オオアワダチソウ

盆花は盂蘭盆に帰ってきた祖霊の「依り代」(よりしろ=憑依の対象)として、山野から採ってきて盆棚や墓に供える花のこと。

桔梗・女郎花(オミナエシ) ・山百合など、その種類は各地でさまざまで、この時期に咲く花ならばなんでもかまわないとする地方もある。

秋田で盆花としてなじみ深い大泡立草(オオアワダチソウ)は、秋に花をつける背高泡立草(セイタカアワダチソウ)と同じく北米からの帰化植物で、明治期に観賞用として伝来、やがて野生化したものという。

小さな花が泡立つように密集していることからつけられた和名がオオアワダチソウ。

同種の背高泡立草の分布が全国に広がったきっかけが、「大東亜戦争後に入ってきた進駐軍(米軍)の輸入物資に付着した種」だったとの説があるが、大泡立草も同じ経緯でまたたく間に生息範囲を広げた可能性もある。

北米生まれの大泡立草が時を経てすっかりと日本に定着、秋田で“祖霊が宿る盆花”として愛でられている理由のひとつに、古来から盆花として使われ、環境の変化で減少していった女郎花(オミナエシ)と、黄色い小花が密集する姿が似ていたことがあるのだろう。

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茎紅(あか)く花より紅く断腸花


秋海棠・雄花

秋海棠(しゅうかいどう)
シュウカイドウ科・ベゴニア属・多年草
原産地・中国・マレー半島

漢語の原名「秋海棠」をそのままに、シュウカイドウと音読して和名とした。江戸時代、中国より園芸用として持ち込まれ、次第に野生化し定着する。

薄紅色のうつむいた花の形姿が、春に薄紅色でうつむいた花をつける、バラ科の落葉低木「海棠」に似ることから、秋の海棠の意でこの名がつけられた。


秋海棠・雌花

別名「断腸花」(だんちょうか)。「断腸」とは「腸(はらわた)がちぎれるほどの耐え難き悲しみ」。中国の伝説では「その昔、恋する思いを遂げることのできなかった女の涙が地にしみこみ、やがてこの花が生じた。艶めかしい美女の顔ような花を断腸花と名づけた」と云い、春の「海棠」とともに「優艶な美女」にたとえて賞美された。



その茎は花よりも赤い。『和漢三才図会』に、「茎の皮を取り去り砂糖に浸して食べる、すこぶる清香である。その花は艶麗で愛すべきものだ」とある。

路傍にうなだれて楚々と咲く「秋海棠」には、しっとりと降る秋雨がよく似合う。


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