二〇世紀ひみつ基地

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二〇世紀のクリスマス

 過去記事からクリスマス関連記事をピックアップ。

 

ウルトラセブンがやって来る・クリスマスの協働社
 

米国に夢のあかりを輸出した「秋田クリスマス電球」

朝刊の「Xmas ぬりえ」にワクワクした昭和30年代の師走

1979年のクリスマスプレゼントは木内で

昭和レトロに逢いに行く・エリアなかいち界隈散歩
木内デパートのクリスマス期間限定包装紙

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広小路マルサン・お化け屋敷とビヤガーデン

マルサン

 秋田市広小路のスーパーマーケット「マルサン ショッピングセンター」五階特設会場で、お化け屋敷開催中。

マルサン

 マルサン屋上で「森永レストラン」が運営するビアガーデン。

「クラウンレコード専属新進歌手・伊吹譲二」の一文で、このチラシの発行年が解ると思い検索するも、該当する歌手は見当たらず。

80年代はじめ頃、マルサン五階の「森永レストラン」に、タレント・山瀬まみの父親が転勤、数年後にアイドルとしてデビューすることになる娘は城南中学校に通っていた。店名の表記などから両チラシも70年代末から80年代初頭の発行と推定する。

二〇世紀ひみつ基地 マルサン・レクイエム

マルサン解体

二〇世紀ひみつ基地 二〇世紀版「金照寺山」案内記

城南中学校と生瀬まみ 関連記事

マルサン

平成6(1994)年7月、マルサン(旧名・丸三)閉店。

広小路マルサン
2004.09 マルサン廃墟 大手門堀で秋田中央道路(地下道)工事中

マルサン
2004.07 マルサン廃墟

マルサン
2004.10 マルサン廃墟

マルサン
2004.07 マルサン廃墟 広小路アーケード

マルサン解体
2004.12 マルサン解体中

平成18(2006)年、マルサン跡にホテル「ドーミーイン秋田」オープン。

ドーミーイン秋田
2006.09 ドーミーイン秋田前

大手門堀と広小路
2012.04 千秋公園中土橋より ベージュ色の外壁がドーミーイン秋田
 

附録「ババヘラのいる風景」サザエさん編

千秋公園・ババヘラ
2012.08 ババヘラのいる風景 千秋公園中土橋

ババヘラ
「サザエさん」OP 2014夏バージョンより

ババヘラをスプーンで食べる人なんて見たことないよサザエさん。

中土橋を縄張りとする小玉冷菓の屋台にはキティちゃんが描かれているんだが、さすがにそのキャラは使えない。

関連記事
「ババヘラ」二〇世紀ひみつ基地内検索

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さようなら「ホテルはくと」協働社のウサギ


2013.02 クルーザー・バレー ホテルはくと

アパホテル県内初、秋田市に進出 「はくと」買い取り営業

 総合都市開発のアパグループ(東京)が、秋田市千秋矢留町の「クルーザーバレー・ホテルはくと」の土地、建物を買い取り、21日から「アパホテル秋田千秋公園」として営業を始める。県内にアパホテルがオープンするのは初めて。

 ホテルはくとは、鉄骨造り10階建てで客室は134室。分譲マンション販売のフナコシヤ(札幌市)が1999年、経営破綻した協働社から土地、建物を購入し、「ホテルはくと」の名称を残して営業を継続。2007年7月にリニューアルオープンした。

 しかし、その後、JR秋田駅周辺のホテルとの競争で苦戦を強いられ、売り上げが思うように伸びなかった。東日本大震災以降は、稼働率が1割程度にとどまる日もあり、ホテル経営はフナコシヤの不採算事業になっていたという。

 全国で192ホテルを運営するアパグループは、チェーン拡大計画の一環でホテル購入を決定。今後、全室に32型以上の大型液晶テレビを導入するほか、オリジナルブランドのベッドを設置するなどし、順次、ホテルをリニューアルしていく。 (2013/03/09 10:46 更新)
さきがけonTheWeb より

「アパホテル」は「ホテルハワイ」一号店(川反店)から数えて、この地で四代目のホテル経営会社となる。

昭和54年(1979)秋田市に本店を置く量販チェーン「協働社」が「ホテルハワイ」川反店を譲り受け、長期滞在者用客室を備えた「ホテルはくと・パンションはくと」としてリニューアルオープン。


ホテルはくと・パンションはくと(旧・ホテルハワイ川反店)

手前がホテル、奥にパンション、その向こうに「鷹の松」が小さく見える。

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二〇世紀ひみつ基地 「ホテルはくと」は「秋田のハワイ」だった
二〇世紀ひみつ基地 城下の要害「鷹の松」今昔

メーカー直接仕入れ・大量仕入れ・薄利多売、そして協働共栄をモットーに、東北各地にチェーンを広げ、晩期はホテル業にも進出した「協働社」は、翌昭和55年(1980)浅利社長の地元で「協働社」創業の地である角館町の中心地に、ホテル兼商業施設「角館プラザビル」を建設。


角館プラザ

ホテルに「協働社」が同居し、最上階に回転展望レストランを設置した「角館プラザ」は、「角館プラザホテル」と名を変えて今も営業しているが、展望レストランは回転停止中。最近の姿は以下関連リンク先に。(追記・平成26年(2014)2月「角館プラザホテル」廃業。) 

関連リンク
角館プラザホテルの写真一覧 - 旅行のクチコミサイト フォートラベル

「協働社」が経営した「ホテルはくと」の「はくと」とは「白兎」のこと、秋田市広小路「協働社ビル」の食堂街には、自社経営の和食レストラン「はくと」があった。

ウサギといえば「靴と傘なら協働社」のなつかしきシンボルマーク。多産なウサギは古来より「子孫繁栄・豊穣」を象徴する縁起の良い動物とされたが、それに加えて「協働社」のウサギには、創業者社長・浅利喜智治氏の経営精神が秘められていた。
昭和41年(1966)新聞広告より
絵と文・長崎抜天(ながさき ばってん・漫画家・1904-1981)

 「世間一般のデパートは、商品の品種を揃えることを目標としていますが」  ウチは少々違うと、協働社の浅利社長は解説してくれる。一般デパートは何でもあるが、さて好みの品を選ぼうとすると品数が少なくて案外希望するものが買えない。  「狭く深く・・・・・・がウチの目標です。カサ、クツ、ゴムグツ、電気器具などは特に重点的に揃えております」ゴム靴の売上げでは、日本中のデパートの最高だと自信満々。その表情には誠実さがあふれている。  「協働社という名に経営者の気持ちがうかがえますが、このウサギのマークも変わっていますね、耳の長いのと尻ッ尾の短いのは当然だが口が無くて後ろ足の短いのはどういうことで」  「他人の言をよく聞けと長いミミ、饒舌を慎めと口を描かず、捕らえられるような悪事をするなと尾を短く、亀に負けた愚を忘れるなと、長すぎた足を亀の足に代えました」経営者と従業員はこの精神で奉仕しているという。

「協働社」と浅利社長にゆかり深い、約35年間つづいた「ホテルはくと(白兎)」の名は失われ、間もなく「アパホテル秋田千秋公園」として生まれ変わる。「協働社」が元気だった昭和の記憶がさらに遠のくようで、なんだかさみしい。

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二〇世紀ひみつ基地 「ホテルはくと」は「秋田のハワイ」だった
二〇世紀ひみつ基地 川岸のポプラ並木に火の見の櫓
「ホテルハワイ」二〇世紀ひみつ基地内検索
「協働社」二〇世紀ひみつ基地内検索

関連リンク

アパホテル〈秋田千秋公園〉【公式】アパホテル

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接客ロボットの名はミミちゃん・1971協働社ビル


昭和46年(1971)4月 新聞広告

「靴と傘なら協働社」のキャッチフレーズでおなじみ、秋田市広小路の量販チェーン・ストア本店「協働社ビル」の新聞広告。

当時、ゲームコーナーとイベントスペースがあった四階では「大蛇展」を開催中。「大蛇展」は70年代の人気企画、市内のデパートでも度々行われている。


昭和46年(1971)4月 新聞広告

ペットネームを募集している「CMガール」とは、一階と四階の入口に一時期設置されていた接客ロボット。

マットを踏むと電気が流れ、テーブル上の人形が頭を下げ、回転する仕掛けで、子どもたちの人気者だった。


昭和46年(1971)5月 新聞広告


昭和46年(1971)5月 新聞広告
CMガールのペットネーム(名前)が決まりました。
「ミミちゃん」です。

どうぞ仲良くして下さい
協子ちゃん、バニーちゃん、ミミちゃん、ラビットちゃんなど楽しい名前を沢山いただきましたが、次の方々が入選と決まりました。
決定した「ミミちゃん」を初めとして、協働社のシンボルマーク「ウサギ」にちなんだ投票が多かったようだ。

協働社の「ウサギ」に込められた秘密については次回に。



こちらは店員とお揃いの制服を着たミミちゃん。昨今の女子高生みたいにスカートがやけに短い。

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