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二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

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80年代後半「キャッスルプラザ3F カルチャーフロア」の時代

今回は、前回記事「1986 キャッスルプラザに透明エスカレーター登場」でも触れた、広小路「秋田キャッスルホテル」館内の「キャッスルプラザ」にかつて存在したカルチャーフロアに関するお話しを。

1985(昭和60)年の春「キャッスルプラザ」(旧・秋田プラザ) 3階に、ブックセンター、新星堂、ソニックプラザが新たに入居して、カルチャーフロアとしての様相を整える。

キャッスルプラザ
▲1985(昭和60)年4月 新聞広告

キャッスルプラザ

3F 知性のワンダーランド・・・・・・3Fの仲間たち

キャッスル ブックセンター(書籍)
コミックから専門書まで良書厳選8万冊。コンピューターによる本の情報スピードガイドで、本の検索も簡単。まさに「知の宝庫」。

キャッスル 新星堂(レコード他ミュージックソース)
LPレコード2万枚!! ミュージックテープ8千本!! コンパクトディスク3千枚など、県内随一の規模。ミュージックフリーク集まれ。

キャッスル フォト(カメラと写真)
写真のある素敵な暮らしを演出します。カラー写真は55分仕上げ。

キャッスル ロックイン 新星堂(楽器・スタジオ)
エレキギター、フォークギター、ギターアンプ、シンセサイザー、エフェクターなど、プロのニーズに応える楽器の数々。スタジオ完備。

ソニックプラザ(オーディオとエレクトロニクス)
AV時代にふさわしい、音と映像の新次元を切り拓く先進のショップ。オーディオ、ビデオはもちろん、パソコン、周辺機器も充実。

コーヒーショップ ブラジル(喫茶)
お買物のあい間にちょっとひと息。炒りたてのコーヒーをどうぞ。

コミュニケーションボードで、情報交換を・・・。
いわゆる伝言板です。
売ります。買います。交換します。など、ご自由にご利用ください。お申し込みは1Fインフォメーションへどうぞ。

いまどき無料(ロハ)のコインロッカー。
つまり、早い者勝ちです。
大きな荷物はロッカーへ預けて、らくらくショッピング。投入した100円はロッカー使用後お手元へ。

催し物ご案内
「秋田大学美術科3年次展」●4月12日(金) ~15日(月)●会場:3Fキャッスルホール
「春の器」●4月11日(木)~16日(火)●3F特設会場●主催・保原屋

「キャッスル 新星堂」の「LPレコード2万枚!! ミュージックテープ8千本!! コンパクトディスク3千枚」という品揃えのように、この時代はまだアナログレコードとCDが混在していた時代で、1985(昭和60)年の時点ではLPレコードがその数を圧倒していた。ミュージックテープというのは音楽が録音されたカセットテープのこと。

ようやく値段がこなれてきたソニー製コンポ用CDデッキを購入し、始めてCDを買ったのが「キャッスル新星堂」だった。

クリストファー・ホグウッド指揮 エンシェント室内管弦楽団
バッハ:ヴァイオリン協奏曲集
録音・1981年ロンドン
発売・日本ポリドール、ディスクのみ西ドイツ ポリグラム製 ¥3,500

ところがこのポリグラム製CDが音飛びがする不良品で、交換することになった顛末が記憶に残っている。初期は不良品が多かったらしい。

キャッスルプラザ
▲1986(昭和61)年5月 新聞広告

山瀬まみ 歌とサイン会
ホリプロタレントキャラバンで一躍スター街道に躍り出た 山瀬まみがいよいよ秋田に!
5/29(木) 4:30pm ~ 3F コミュニティ広場

高橋アキ エリック・サティの世界
出演/高橋アキ(ピアノ)お話と演奏
6/5(木) 6:00p.m~
会場/ 3Fキャッスルホール
●入場無料●

小林旭 オンステージ
6月30日(月) 秋田キャッスルホテル
●第1部/午後5時30分開場●第2部/午後8時30分開場
●お一人様(税・サービス料とも)19,000円

父親の転勤で「秋田城南中学校」に在籍したことがある山瀬まみ。その父親が支店長を務めていた「森永レストラン」は、山瀬まみ来秋時、「マルサンショッピングセンター」から「キャッスルプラザ」2階に場所を移し、南欧風レストラン「morinaga カプチーノ」の店名で数年間営業していた。

1986(昭和61)年3月、歌手デビューした山瀬まみのキャッチコピーは「国民のおもちゃ新発売」。この年リリースされたデビューシングル『メロンのためいき』の作家陣は、作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂/編曲:松任谷正隆という豪華メンバーで、ホリプロの期待のほどがうかがわれる。呉田軽穂(くれだ かるほ)は松任谷由実のペンネーム。

「キャッスルホテル」ではまだ40代の小林旭によるディナーショー。

この時代、エリック・サティによる楽曲が、環境音楽として、ちょっとしたブームとなるが、その立役者が高橋アキであった。

シースルーエスカレーター
▲1986(昭和61)年6月 新聞広告

ビデオホール誕生!

3F・キャッスル新星堂店内に、100インチのビデオプロジェクター装備の本格的なビデオホール完成。
6/21(土) 2:00pm〜 MUSIC FLASH & 渡辺美里
6/28(土) 2:00pm〜 DAYS VIDEO CONCERT

 1986(昭和61)年6月「キャッスル 新星堂店」内にビデオホールがオープン。

キャッスルプラザ
▲1987(昭和62)年2月 新聞広告

3F 催しものご案内

THE BEE VIDEO CONCERT
2/28(土)PM 2:00 ~
TM NETWORK「TM VISION」
松岡英明「M's Design 1」

キャピタゴン・ビデオコンサート vol.14
「俺たちが、てっぺんだ。」
2/28(土) PM 3:00~
REACTION KAZUO TAKEDA & BOYS ON ROCKS
UP-BEAT「PRISONER of LOVE」

のりピーが来るぞ〜!
酒井法子●歌とサイン会
とき/3月10日(火)PM4.00~会場/3Fキャッスルホール
キャッスル新星堂にて酒井法子のシングル「男の子になりたい」をお買い上げの方にもれなく握手券とサイン色紙プレゼント。

80年代に入ると、多くのレコード会社が宣伝活動の一環として、各地のレコード店や小ホールにファンを集め、主に週末にプロモーション・ビデオを上映する「ビデオコンサート」をさかんに開催するようになる。

「キャピタゴン」はビクター主催、「THE BEE」はEPICソニー(現・エピックレコードジャパン)主催のビデオコンサート。

酒井法子 歌とサイン会は「キャッスル新星堂」主宰。山瀬まみ、高橋アキなどの物販がともなうイベントも同店が主宰したものだろう。

1985(昭和60)年に誕生したカルチャーフロアは「キャッスルプラザ」が「横浜そごう」の運営に変わった1991(平成3)年9月のリニューアルを前にして幕を下ろしたのは前回記事のとおり。

1985(昭和60)年から1991(平成3)年まで、約6年間つづいた「キャッスルプラザ・カルチャーフロアの時代」は丁度、バブル経済期と重なり合っている。

秋田キャッスルホテル
▲2010.05 キャッスルホテル

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1986 キャッスルプラザに透明エスカレーター登場

▲キャッスルのシースルーエスカレーター

秋田キャッスルホテル
▲2015.11

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

今回は「秋田キヤッスルホテル」広小路側の、サンルーム型シースルーエスカレーターのお話し。

1986(昭和61)年6月、その初期形態であるチューブ型シースルーエスカレーターが登場する。

シースルーエスカレーター
▲1986(昭和61)年 新聞広告

当時の「秋田キヤッスルホテル」(旧・秋田第一ホテル) 商業棟の名称は「キャッスルプラザ」(旧・秋田プラザ) 。「秋田プラザ」時代のことは文末の関連記事に。

シースルーエスカレーター

シースルーエスカレーター

知性が、ぐぐっと接近・・・。東北では新登場のシースルーエスカレーターは「知性のワンダーランド」3階への、とても便利な近道です。

ビデオホール誕生!
3F・キャッスル新星堂店内に、100インチのビデオプロジェクター装備の本格的なビデオホール完成。
6/21(土) 2:00pm〜 MUSIC FLASH & 渡辺美里
6/28(土) 2:00pm〜 DAYS VIDEO CONCERT

「知性のワンダーランド」とは、なんとも大袈裟なコピーだが、当時カルチャー・フロアであった3階へ直通する「東北では新登場のシースルーエスカレーター」の誕生と同時に「キャッスル新星堂店」内に「ビデオホール」オープン。最新のMVが無料で見ることができた。カルチャー・フロアの変遷などは後半で。

「キャッスルプラザ」の初期形態のチューブ型シースルーエスカレーターを製作するにあたって手本としたのは、1983(昭和58)年、東京都練馬区東大泉にオープンしたショッピングセンター「プラッツ大泉」のシースルーエスカレーターだろう。

シースルーエスカレーター
▲プラッツ大泉(西友 リヴィン オズ大泉店)

外壁を這うように配置された、SFチックなチューブ型エスカレーターが印象的だ。

チューブ型シースルーエスカレーターの起源をさかのぼると、1977(昭和52)年、パリに落成した「ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター」に到る。

シースルーエスカレーター
▲ポンピドゥ・センター

工事の足場が組まれまま残されたような外観の「ポンピドゥ・センター」の造形は当初、批判の的となった。

 
 
 
 
 
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▲「横浜そごう」との業務提携後サンルーム型エスカレータに

1991(平成3)年、チューブ型シースルーエスカレーターが現在のサンルーム型に改装される。

この年、経営不振がつづき、リニューアルを重ねていた「キャッスルプラザ」は「横浜そごう」との業務提携を開始。

それまでビル全体の運営を行っていた「秋田ビル」は、商業棟である「キャッスルプラザ」の運営を「横浜そごう」に委ねる。

「横浜そごう」100%出資の現地法人「秋田アレックス」を設立。「都心のセンスあふれるおしゃれなファッションスクエア」をコンセプトに全面改装。高級婦人既製服を中心とした品揃えで、1991(平成3)年9月リニューアルオープン。

それまでのチューブ型シースルーエスカレーターの外観がコンセプトにそぐわなかったためか「キャッスルプラザ」のリニューアルに際してサンルーム型に改装された。

それまで、書店、CDショップ、ソニーショップなどが入るカルチャー・フロアであった3階は、銘菓・日用品・寝装品・食料品・贈答品などを扱う「そごうギフトショップ」が大半を占めるようになり、目当ての店もなくなった自分は、ほとんど入館することがなくなってしまった。

▲キャッスルプラザ3階のテナント変遷

キャッスルプラザ(旧・秋田プラザ)3階のテナント変遷から、最初期と80〜90年代初頭を抜萃してみる。

1970(昭和45)年7月「第一ホテル・秋田プラザ」が入居する「秋田ビル」オープン。

開業当時「秋田プラザ」には衣料品の「辻兵」「森長」「佐々忠」菓子補「榮太楼」「かおる堂」駅前の「金萬」「マルシメ鎌田」「金鳥園」など、秋田市内の有名商店を中心に70店ほどが名を連ねたが、数年後にはその多くが撤退。

  • 開業当初、1970(昭和45)年の「秋田プラザ」3階テナント
  •  
  • ゲームセンター「金万遊園」(金萬)
  • お好み大食堂「○〆(マルシメ)鎌田」
  • 総合家庭用品「ボンマート」
  • 「なめかわカメラ」
  • 「タキタ美容室」
  • 「秋田プラザ家具部」
  • 和風レストラン「串一」
  • 催事場

まだカルチャー的なものは催事場だけだが、1階に「三浦書店プラザ店」が入居している。

1981(昭和56)年12月「秋田プラザ」を「キャッスルプラザ」と改名。

昭和60年代初頭「キャッスルプラザ」3階の催事場およびコミュニティ広場でアイドルによる物販、また「FM秋田」の番組「スプラッシュサウンド」の公開録音なども行われている。

  • 1986(昭和61)年5月「山瀬まみ 歌とサイン会」
  • 1987(昭和62)年3月「酒井法子 歌とサイン会」

父親の転勤で「秋田城南中学校」に在籍したことがある山瀬まみ。その父親が支店長を務めていた「森永レストラン」は、山瀬まみ来秋時、「マルサンショッピングセンター」から「キャッスルプラザ」2階に場所を移し、南欧風レストラン「morinaga カプチーノ」の店名で数年間営業していた。

  • 1987(昭和62)年3月「キャッスルプラザ」3階テナント
  •  
  • キャッスル ブックセンター
  • キャッスル 新星堂(レコード・CD・ミュージックテープなど)
  • キャッスル ロックイン 新星堂(楽器・スタジオ)
  • キャッスル フォト(カメラ・DPE・スタジオ)
  • ソニック プラザ(SONY製品 オーディオ・ビジュアル)
  • コーヒーショップ ブラジル
  • キャッスルホール(催事場)
  • ビューティーサロン・タキタ(美容・着付)
  • キャッツ(ファンシー雑貨)

カルチャー・フロアとして最も充実していた時期。のちに「ソニック プラザ」は名を変えて保戸野学園通りに移転。

1・2階はブティック、雑貨など、大半が女性向けの店。

  • 1991(平成3)年11月「キャッスルプラザ」3階テナント(横浜そごう時代)
  •  
  • そごうギフトショップ キャッスルプラザ
  • ソシエ・レディスクラブ秋田(エステサロン)
  • シェイプアップスタジオ・ミューズ
  • キャッスルギャラリー
  • その他

「横浜そごう」が「キャッスルプラザ」の運営から手を引いたのち、1〜3階の商業棟は「キャッスルズアーケード」と改名。

2011(平成23)年の大幅なリニューアルで、2階が複数の医療施設で構成される「メディカルモール」となってからも、一部を「キャッスルズアーケード」と称していたが「秋田キャッスルホテル」のホームページを見ると、現在は「キャッスルズアーケード」の名は消え「秋田キヤッスルホテル 館内施設」に分類されている。現在のテナントは下記関連リンクに詳しい。

最後に、今ではほとんど使われることもなくなった、シースルーエスカレーターの画像を。

秋田キャッスルホテル
▲2019.09 三菱製エスカレーター

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

エスカレーターの運行は2階まで、3階へ向かうエスカレーターは停止中。

秋田キャッスルホテル
▲2019.05 千秋公園を望む

秋田キャッスルホテル
▲2006.12

向こう側に「木内」の側面。上掲画像に写る 1991(平成3)年の改装時に設置されたシャンデリアは今、取り外されている。

秋田キャッスルホテル
▲2018.12

秋田キャッスルホテル
▲2019.10

秋田キャッスルホテル
▲2018.09

秋田キャッスルホテル
▲2010.05

秋田キャッスルホテル
▲2015.10

秋田キャッスルホテル
▲2016.04

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1979「住友生命秋田ビル」に「パルナス」オープン

▼マルナカ跡地・まぼろしの「秋田中三デパート」計画

1979(昭和54)年3月、秋田市中通二丁目の中央通り沿いに「住友生命秋田ビル」竣工。

●地下1階、地上11階建
●設計/(株)日建設計
●施工/戸田建設(株)

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2009.03

「住友生命秋田ビル」(現・山二ビル) が建つ、十字路の角地はもともと、秋田市内にチェーン展開したスーパーマーケット「マルナカ」(旧名・秋田中央市場) の創業地であった。

「マルマカ」本社が大町一丁目(旧・上肴町)に移転した跡地および、東隣の「河北新報秋田支社」跡地を、1971(昭和46)年、青森に本社を置く「中三百貨店」が買収。

地下1階、地上8階、塔屋4階のデパートを計画するも、市場調査の結果、採算を見込めないと進出を断念。1972(昭和47)年に用地を転売屋に売却する。


▼「住友生命秋田ビル」に「パルナス」誕生

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲新聞広告

地上41メートルにも春風。街の流れが変わります。
“住友生命秋田ビル”中央通りに完成

見えてきた。見えてきた。
3月10日。住友ビルに、「パルナス」誕生。
美しくなるための冒険ではない 自分をひとつのカラに閉じ込めない
自分自身の生き方を大切にする人々の集う、新しいクオリティ・ライフ・ゾーン
PALNAS SUMISEI SQUARE

「住友生命秋田ビル」は当初、全館オフィスビルとして設計されていたが、中央通り商店街の商店主らの要請と「秋田市商店街連合会」のサポートにより、一部を店舗として開放することを決定、着工間際になって設計を大幅に変更することに。

地元商店主らの意図は、商店街として成熟した秋田駅前・広小路に対し、損保会社や金融機関が多く、ショッピングゾーンとしての魅力に欠ける中央通りの集客力を高めること。

こうして、1・2階が女性をターゲットとしたショッピング・スペース、その片側にオフィス棟を載せた逆L字形の下駄履きビルが誕生した。

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲新聞広告より

有馬晴彦とデキシージャイブ
秋田で初公開のデキシーミュージックで始まるオープニング。街頭演奏の華やいだ雰囲気が、道ゆく人の心も、街もはずませます。赤いオープンカーによるパレードをお楽しみに!! あさってが晴れでありますように。(雨天の場合、パルナスの前で演奏いたします。
★ラッキー・フラワー・プレゼント
当日、各テナント・店頭のフラワーワゴンのお花をお客様に差上げます。お花の中にラッキーカードが入っていて、当たった方には素敵なプレゼントをいたします。

1F
●SPACE SHOP JIN KIKKAWA
●プルミエール 新樹
●ELDIER マツヤ
●化粧品・輸入雑貨 ベルモア
2F
●宝石・時計 オノ宝飾
●きもの 有坂
●毛皮 エンバ
●ワコールファッションショップ チルチル
●ロイヤル・コペンハーゲン・ティー ヒラノ
●Rチェーン ルイ美容
●ブティック マツヤ アマール

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「パルナス」跡 2010.11

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「パルナス」跡 2012.06

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「パルナス」跡 2019.08

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲新聞広告より オフィス棟・入居テナント

開業当初のテナントで 2019年8月現在も入居しているのは「住友生命秋田支社」「ジャックス」「東北ダイケン」。

鳴り物入りでオープンした「パルナス」であったが、80年代後半からテナントが撤退しはじめ、1987(昭和62)年の時点で1階は空き家、2階に「ルイ美容室」と「毛皮エンバ」が残るのみ。

数年後、完全に空き家となった1・2階の「パルナス」跡に「住友生命秋田支社」が上階から移転。

やがて「パルナス」の誘致を進めた「秋田市中央通り商店街振興組合」は解散。その原因は役員による組合費の横領が発覚したためだとか。

前回記事のとおり、2013(平成25)年「住友生命秋田ビル」が「山二ビル」に改称。同ビルのシンボルツリーであった、前面のケヤキ並木が伐採される。

2019(令和1)年11月、レンタルオフィス事業を展開する外資系企業「日本リージャスホールディングス」が「山二ビル」6階に「リージャス秋田駅前センター」を出店。シェアオフィス・レンタルオフィスを開設。

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「山二ビル」(旧・住友生命秋田ビル)  2019.09

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「山二ビル」(旧・住友生命秋田ビル) の裏側は「アトリオン駐車場」

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秋田駅前定点観察・変形建築「緑屋ビル」近隣

▼秋田駅前定点観察 2004-2017

今回は記事が長くなったのであらかじめ概要を説明すると、まず前半は、秋田駅前「緑屋ピル」現在の正式名称「エスポワール緑屋」の西側、広小路に面した「ゼンオンビル」旧「美光堂」の、2004年から2017年にかけて、13年間の変化を定点観察。そして後半で「緑屋ピル」と近隣の、昭和から平成まで50年間をふり返る。

秋田駅前
▲2004.02

秋田駅前「緑屋ビル」一階右手にコンビニ「サンクス」が入居。その右隣に“カメラが安い”のキャッチコピーが見える「美光堂」は、すでに廃業してシャッターを下ろしたまま。

「美光堂」の左隣「緑屋ビル」の凹んだ壁面に張り付くように、小さな店を構える「キャッスルベーカリー」は、広小路「キヤッスルホテル」の焼きたてパンとエスプレッソコーヒーを販売する人気店。

秋田駅前
▲2004.03

カメラの「美光堂」右隣、居酒屋「屋々 YA-YA」が入る「ゼンオンビル」はもともと、レコード・楽器・楽譜を取り扱う「ゼンオン秋田営業所」があったビル。60年代末から70年代にかけて足しげく通った。

70年代末頃、仲小路「角繁ビル」一階に、支店「ミュージックスポット・ゼンオン」を開設。

秋田駅前
▲2004.04

カメラの「美光堂」が取り壊されて、ビルの谷間にポッカリと空間が出現。要塞めいた壁面を露出する「緑屋ビル」一階の「サンクス」はすでに閉店している。

美光堂
▲1973(昭和48)年7月 新聞広告

中央通りにも支店を置いた「美光堂」の現像所が、秋田市泉金ノ町の経営者宅地内にあって、そこで短期間バイトしたことがある。

広告のカメラは当時の人気機種「アサヒペンタックスSP」。今は手元にないが、自分がいちばん初めに手に入れた忘れがたき一眼レフ機。

秋田駅前
▲2004.10

「美光堂」跡地に新築された「コセキビル」にレストランなどが入る。

秋田駅前
▲2006.10

「ゼンオンビル」のテナントは「屋々 YA-YA」に代わって「東洋新食堂」。

秋田駅前
▲2009.11

「コセキビル」のテナントが一新。一階にドリームリンク経営の「炭火串焼き 助六」。二階のカフェ「Kissaten」は、2009年5月末まで秋田市保戸野通町で営業していた「てぃー・たいむはオブジェのように」が名を改めて復活した店。

「キャッスルベーカリー」が店舗と共に消失。現在(2017.08)後継店「キャッスルベーカリー 城東店」が秋田市広面字宮田の特別養護老人ホーム構内で営業している。

秋田駅前
▲2017.08

そしてこちらが最新の画像。

二台の自販機が並ぶ「キャッスルベーカリー」跡地。

「炭火串焼き 助六」跡に、ドリームリンク系の「駅前ラーメン すみたに」。「ゼンオンビル」のテナントは「東洋新食堂」に代わって「酒菜の隠れ家 月あかり」。

▼増殖する変形建築「緑屋ビル」

秋田駅前・緑屋ビル
▲Google Earthより

Google Earthで俯瞰すると、上に掲載した二つの飲食ビルが、緑色の「緑屋ビル」に囲まれているのがよく分かる。

「緑屋ビル」の前身「やまじんデパート」そのまた前身の「山甚ビル」も、扇形に近い不定形な敷地に建つ変形建築ではあったが「緑屋信販」が買収後、ビル裏側(西隣)に敷地を広げ、長方形・二階建ての別館(上掲画像右手)を増築。広小路側からもビルに出入りができた別館には、家具・インテリアが展示されていた。

さらにその後「やまじんデパート」時代にビヤガーデンが開かれた屋上に階を重ね、五階建てを七階建て?に増築したのが「MIDORIYA 家具インテリア」の箱文字看板が見える上階の突起部分。

このように増殖を重ねた末、まるで要塞のような変形ビルが完成。駅前再開発事業で金座街跡地にアゴラ広場が完工した前後に現在の外観となり、廃止された広小路側出入口につづく長方形二階建ての別館部分の多くが貸店舗となる。

1991年頃の西側別館のテナントは「アゴラ歯科」「サロンドマキシム」「アメリカンビリヤード」「シンデレラ」。

現在「緑屋ビル」の正式名称を「エスポワール緑屋」というが、ビル名にこの表記が見られるようになるのは1990年前後からで、最初はテナントが入る西側別館だけを「エスポワール緑屋」と称したらしい。

緑屋ビル
▲ 2016.06 アゴラ広場から「緑屋ビル」を望む

 

▼アーケードのある駅前商店街 1979

秋田駅前広小路
▲1980年秋田市発行『秋田 わが街と人と』より

秋田駅前から「電巧堂」「マルサン」「長崎屋」など、今は消えた大型店舗の看板がつらなる昭和の広小路を望む。

秋田駅前広小路

雪の降るなか、ねんねこ(赤ん坊をおんぶする時に着る綿入り袢纏)を着て、買い物袋を提げた母親の姿が時代を感じさせる。「ジャスコ秋田店」(なかよしビル)で買いものをして、これからバスで帰路につくのか、ジャスコ前の横断歩道をバスターミナルへと向かっている。

駅前アーケードに目をうつすと、手前から「美光堂」「ゼンオン」そして「クレジットの緑屋」の看板が見える「緑屋ビル」広小路側出入口。

確認できるその他の看板は、金座街西角の「メンズショップ かめや本店」「VAN ハウス」とつづき、その向こうに、赤地に四つ葉のクローバーを配した「電巧堂」(現デンコードー)の大きな屋上看板。

60年代から70年代にかけて、アイビー・ルックで一世を風靡したファッション・ブランド VANの専門店「VANハウス」は、隣接する洋服店「かめや」が経営。70年代初頭「VANハウス」で奮発して購入した濃紺のダッフルコートは、さすがに品質が良く、永い年月を経て親類の子どもへのお下がり品となった。

1984(昭和59)年3月「緑屋ビル」前のアーケードが積雪の影響により、長さ40メートルにわたって倒壊、通行していた卒業式帰りの高校生4人が下敷きになり、重軽傷を負う惨事が発生。事故からさかのぼること10年ほど前「緑屋ビル」の出入に支障をきたすことを理由に、支柱を切断した行為が倒壊の原因と推定された。

秋田駅前
▲2014.08

上掲写真から34年後の秋田駅前広小路。ねんねこ姿のお母さんが渡っていた横断歩道はスクランブル交差点となった。

秋田駅前
▲2012.06 アゴラ広場前・広小路より

画像右手「秋田チケット」などのテナントが入る部分が、かつての「緑屋ビル」広小路側出入口。

70年代後半に「緑屋ビル」が西側に別館を増築する前、広小路に面したこの場所に、女優・浅利香津代の生家「浅利旅館兼食堂」があった。旅館を廃業したあとであったか、晩年は一階部分をSONYの電化製品を主に販売する「ソニーショップ・ミュージックエース駅前店」に貸していた。

▼駅前「緑屋」盛衰・昭和から平成へ

緑屋ビル
▲1972(昭和47)年 新聞広告より

秋田駅前「緑屋」オープン時の新聞広告のイラストに一部彩色。

増設される前の非常にシンプルな外観だが、前身の「やまじんデパート」時代にはなかった屋上看板が新設されている。その看板に見える四つ葉のクローバーをデザインしたロゴマークが「電巧堂」のものに少し似ている。

クレジット販売の「緑屋信販」が南通りから秋田駅前に進出した当時の営業品目をあげると、主力の家具・インテリア・電化製品を中心に、スポーツレジャー用品・ファッション用品・貴金属・カメラ・時計・メガネ・レコード・楽器・住宅設備用品、等々と食料品以外の生活用品を場広く取り揃えていた。

70年代後半、県内8ヶ所に支店を展開、従業員約200人、年商約40億円規模の優良企業に成長をとげるが、あいつぐ県外大手量販店の進出が影響して、次第に事業規模を縮小していく。

1984(昭和59)年、大手量販店に対抗するため、YESブランドの「そうご電器」とフランチャイズ契約を結び、家電部門の業務提携を開始。一階から三階フロアを「緑屋そうご電器」が占め、四階以上を自社の家具コーナーとした。

こうして秋田駅前を舞台に「緑屋そうご電器」と至近距離に先にオープンした「電巧堂」とのあいだに、折り込みチラシを主要武器にした家電戦争が始まり、その流れ弾が個人経営による街の電気屋さんのシェアを奪っていった。

1989(平成1)年「そうご電器」とのフランチャイズ契約更新の交渉が決裂し、同年8月「緑屋そうご電器」を閉店するが、家電売場は継続。「そうご電器」は同年、広小路の「三浦書店」とフランチャイズ契約を結ぶが、そのお話しはいずれまた。

その後、家電と家具の専門店「緑屋」一階に、CD・レコード・ビデオを豊富に揃えた、レンタル・レコードショップ「グリーンパーク」を新設。県内最大規模のレンタル・レコード店だった。

90年代初頭、消防法の改正によりスブリンクラーの設置が義務づけられたことを契機にに、秋田駅前北地区再開発事業を念頭にビルの新築を計画。

地下一階、地上八階建て、地下から三階までをテナント用スペース、四階以上を自社の家具売り場とする計画であったが、バブル崩壊後の不況も影響し、計画は立ち消えとなる。

緑屋ビル
▲1990年頃

カラフルにライティングされた「緑屋」の壁面に、広告文を記した懸垂幕が確認できる。

右手の袖看板は「家具&電器」その下が「レンタルショップ グリーンパーク」。階上レンタルスペースのネオンは「富士通」と「TDK」。

緑屋ビル
▲2004.12

時代は飛んで2004年。未使用スペースが多くを占める「緑屋ビル」。カラフルに駅前を彩っていた照明も消えて久しい。

2003年、市内の広告代理店「アクティブイエロー」が、壁面に「アクティブビジョン」と称した大型屋外ビジョンを設置、音声付きの広告を流し始め、7年間ほど運営したあとに廃止。

緑屋ビル
▲2014.09

アサヒビールの看板に覆われて隠れていた増築部分壁面の「緑屋」ネオンサインが久々に顔を見せた。

秋田駅前に五階建ての「やまじんビル」(やまじんデパート)がオープンして約50年、経営が傾いたそのビルを買収した「緑屋信販」が駅前に進出して45年。

未使用スペースが大半を占めるなか、2017年8月現在、ビル内で「緑屋」が経営するのは、ゲームコーナーのあるリサイクルショップ 「グリーンライフ」と、ビリヤード・雀卓・卓球台が並ぶ「遊間専科アソヴェ」。店内改装のため「グリーンライフ」が2017年9月中旬から一時休業とのこと。

テナントの飲食店は「まぐろ居酒屋さかなや道場」「秋田きりたんぽ屋」「柚柚」など。

2017年5月、ビル内で最もにぎわっていた「アニメイト秋田店」が「フォンテAKITA」(旧・イトーヨーカドー秋田店)地階に移転。

支店については、90年代なかば、四ツ小屋にオープンした郊外型大型家具店「緑屋」南店が2010年頃に店をたたみ、大仙市花館に唯一残っていた支店・家具の「緑屋」大曲店の前を、2年ほど前に通過したときは閉店セールの最中であった。

「山甚ビル」「やまじんデパート」「緑屋信販」のことはまた日を改めて。

| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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