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二〇世紀ひみつ基地

●土地の記憶●歴史●民俗●路上観察●広告●二〇世紀ノスタルジア・・・秋田市を中心に

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さようなら「ブックスささき」平和通りの「ヤマサストア」

ブックスささき
▲ブックスささき 2020.11

秋田駅ビル「トピコ 」2階の書店「ブックスささき」が、 令和2(2020)年10月14日をもって閉店。創業から数えて70余年の老舗であった。

ブックスささき

「ブックスささき」跡地には、隣の「ジュピター」(コーヒー豆・輸入食品他) がスペースを広げ、この(2020)12月3日リニューアルオープン。

ジュピター トピコ秋田店
▲ジュピター 秋田トピコ店(ブックスささき跡) 2020.12

「ブックスささき」の前身は秋田駅前「平和通り」で、玩具と雑誌を扱っていた「ヤマサストア」。

昭和23(1948)年、創業者の佐々木常蔵氏は秋田駅前に完成したばかりの商店街「平和通り」に「ヤマサ商会」を創業。

その時代の広告がこちら。当初は「石油ランプ」などの生活用品を売っていたようだ。

ヤマサ商会
▲昭和23(1948)年 新聞広告

戦時中から戦後にかけて、石油ランプが売れ筋商品となる。

電気が通じる以前の遺物的な照明装置である石油ランプが、この時代になぜ売れるようになったかというと、戦時下そして終戦から数えて3年ほどのあいだは、曜日を定めて電気を止める計画停電や突然の停電が多く、電圧も不安定だったため、かつて生活必需品であった石油ランプが復活することに。

石油ランプの欠点は、ガラス製のホヤ(火屋)の内側がすぐに黒く煤けて輝度が低下すること。そのため本体から取り外したホヤを布きれで磨くことが日課になる。ホヤの口径は小さく、大人の手では入らないため、小さな手の子供がその仕事を任された。その作業中にガラスを割ってしまうことも多く、交換用のホヤも販売されていた。

ちなみに今は煤と匂いを抑えたランプ用オイルが使われている。

戦中・戦後の計画停電といえば、理髪店の定休日が月曜日になったのは、月曜日が計画停電日だったためだとか。

「ヤマサ商会」は間もなく「ヤマサストア」と名を改め、玩具・雑誌・お土産品を販売するようになる。

ヤマサストア
▲昭和29(1954)年 新聞広告

昭和29(1954)年、佐々木氏は秋田駅前の久保田町に、子供用乗り物専門店「フタバヤ」を創業。

フタバヤ
▲昭和29(1954)年 新聞広告

平和通り
▲昭和33(1958)年 平和通り

秋田県内初の全蓋式アーケードとされる、商店街をすっぽりと覆うアーケードが完成して間もない「平和通り」の、正面・北角の「ヤマサストア」店頭に浮き輪がぶら下がっている。

昭和36(1961)年、 鉄筋コンクリート2階建ての「秋田民衆駅」が誕生すると、駅舎に併設された「秋田ステーションデパート」2階に「ヤマサ玩具」と「ヤマサ雑誌コーナー」を出店。この小さな雑誌コーナーがのちに「ブックスささき」となる。

民衆駅(みんしゅうえき)とは、駅舎の建設を日本国有鉄道(国鉄)と地元が共同で行い、その代わりに商業施設を設けた駅である。
民衆駅 - Wikiwand

ヤマサ玩具
▲昭和56(1981)年頃「秋田ステーションデパート」内「ヤマサ玩具」

「ヤマサ玩具」の奥に模型・プラモデル・教材の「伊藤教材店」。同フロアには秋田駅前「金座街」で営業していた「おもちゃのミウラ」も出店していた。

秋田駅前の商店街、平和通り・銀座通り・末広町界隈の跡地に、昭和55(1980)年「イトーヨーカドー秋田店」を核テナントとする「秋田ショッピングセンター」が完成。地権者である「ヤマサストア」はその5階に「ブックスささき」を出店。

平成22(2010)年10月「イトーヨーカドー秋田店」撤退にともなう改装工事のための全館休業を前にして「秋田ショッピングセンター」内の「ブックスささき」は店を閉じる。

施設名を「フォンテAKITA」と変えてリニューアルしたビルの、かつて「ブックスささき」があった5階フロアには、香川県高松市に本店がある全国チェーン店「宮脇書店 」が営業している。

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1972 横井さんフィーバーと秋田プラザの「グアム生活展」

大東亜戦争終結から28年目の1972(昭和47)年1月、アメリカ領グアム島で、無条件降伏発令を知らされなかった残留日本兵・横井庄一が島民に発見される。2人いた戦友たちは発見から数年前に事故で亡くっていた。

「グアム島敗戦の状況を知っていただきたいと思い、恥ずかしいけれども帰ってきた」との、羽田空港に到着したときの第一声が「恥ずかしながら帰って参りました」と変化して、この時代の流行語となり、「ヨッコイショ」の掛け声をもじった「ヨッコイしょういち」とともに、世代を問わずよく使われたものだ。

横井庄一
▲昭和47年4月 新聞全面広告

横井さん発見の興奮がさめやらぬ同年2月、東京駅八重洲口のデパート「大丸」東京店にて「横井庄一さんグアム生活展」を開催。新聞各社が主催し、当初に所持品を保管した厚生省(現・厚生労働省)が後援する生活展はその後、全国を巡回する。

秋田では「秋田第一ホテル」(現・キャッスルホテル )の商業棟「秋田プラザ」を会場に、ゴールデンウィーク期間中の4月30日から5月3日までの3日間開催。

多大な集客力を見込める展覧会だけに、開催を希望するデパートが多く、各地で事前に開催権を獲得するための抽選が行わている。秋田でも催事場がある「本金」「協働社」あたりと争って「秋田プラザ」に決まったのかも知れない。

横井庄一

横井庄一

●期間中相当混雑が予想され係員の指示に従いご入場ください。又、入場制限する場合もありますのでご了承願います。

●会場入口
第1会場(2階特設会場)
広小路入口から入り階段を上りお入りください。
第2会場(3階催し会場)
駐車場入口から階段を上りお入りください。

●会場混雑をさけるため第1会場ご覧になりましたら一端店外に出て第2会場入口〈駐車場側〉からお入りください。

●期間中駐車場の混雑が予想されますので車での乗り入れは、ご遠慮願います。

「秋田プラザ」3階の催事場のほか、2階の一部を特設会場とし、できるだけテナントの営業に支障が出ないように専用の入口を設け、各所に係員を配した。

広小路側と裏手の露天駐車場側(現在のキャスルホテル正面玄関、立体駐車場、南館の場所)に長蛇の列がつづき、ようやく会場に入っても係員に立ち止まらないようにとせかされ、展示物をじっくりと見ることもできないほどの人出のなか、写真集などの記念品が飛ぶように売れていた。

下記「NHKアーカイブス」の動画に「グアム生活展」の様子が映っている。場所は「大丸」東京店だろう。

横井庄一さん グアム島から帰国

次は横井さんの出身地・名古屋での「グアム生活展」の様子を。

「恥ずかしながら帰ってまいりました!」グァム島のジャングルの中で終戦後28年間孤独と戦った元日本兵・横井庄一さんが1972年2月2日、奇跡の生還を果たした。当時日本中で話題となったこの衝撃的ニュースの興奮が冷めやらぬなか、松坂屋名古屋店は同年2月29日から6日間の会期で「孤独に生きた28年、横井庄一さんグァム生活展」を開催し爆発的な人気を呼んだ。

会期中本館7階会場には、横井さんが28年間のグァム島のジャングル生活で使用した日用品や手製の洋服など64品目、90点余りが展示・公開された。展示品は旧陸軍の水筒を改造した鍋、ココナツの実で作った容器から、パゴの木の樹皮で加工した衣類、魚とりの竹かごなど、どの品も横井さんの創意と工夫あふれる発明品ともいえるものばかり。

特にパゴの木の皮で織ったジャングル服は一番人気で、「さすがは洋服屋だけのことはある。」と称賛と感嘆の声があちこちで上がった。

会場入口には横井さんが住んでいた洞窟が再現され、「よくこんな狭いところに長い間住めたものだ」と見物客はみな感心しきりだった。

名古屋は横井さんの地元ということもあって来場者の関心は高く、初日は早朝から開店前に約400人の行列ができ、1日の入場者数は2万5千人を超えた。数多い松坂屋名古屋店の名物催事の中でも、歴史に残る記録的な人出となった。

写真は1972年2月29日 名古屋タイムズ紙 より
松坂屋100年史 より抜粋

松坂屋名古屋店「松坂屋ヒストリア小話 その四十九」

名古屋は地元なだけあって会期も6日間と長い。開催にあたっては「松坂屋」「丸栄」「名鉄」「オリエンタル中村」の4百貨店が抽選を行い「松坂屋」が引き当てたという。

同年10月、今度はフィリピンのルバング島で、ジャングルに潜んでいた小野田寛郎元陸軍少尉と小塚金七元一等兵が発見されるが、ゲリラの山狩りをしていたフィリピン警察軍と銃撃戦となり小塚元一等兵が死亡する。

横井庄一

好評開催中!!
人形のオリンピック参加89ヵ国
世界名作人形展
25日まで/3階催し会場
●入場料 大人150円 学生130円 小人100円
協賛 パンアメリカン航空

正義を愛する者!!
月光仮面ショウ ご招待セール
●200円お買上げの方に補助券進呈
●10枚でご招待券と案内で引き替
ご招待日 4月28日.29日く1日3回>
会場3階催し会場/後援ABS 秋田放送
●招待券は定数に達し次第切らせて頂きます。お早めに

50年代後半のヒーロー番組の元祖「月光仮面」のアニメ版「正義を愛する者 月光仮面」(日本テレビ) の放送期間は1972年1月10日~1972年10月2日、放送時間・月曜日19:00~19:30。日テレ系の「ABS秋田放送」でもキー局と同時放送された。

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80年代後半「キャッスルプラザ3F カルチャーフロア」の時代

今回は、前回記事「1986 キャッスルプラザに透明エスカレーター登場」でも触れた、広小路「秋田キャッスルホテル」館内の「キャッスルプラザ」にかつて存在したカルチャーフロアに関するお話しを。

1985(昭和60)年の春「キャッスルプラザ」(旧・秋田プラザ) 3階に、ブックセンター、新星堂、ソニックプラザが新たに入居して、カルチャーフロアとしての様相を整える。

キャッスルプラザ
▲1985(昭和60)年4月 新聞広告

キャッスルプラザ

3F 知性のワンダーランド・・・・・・3Fの仲間たち

キャッスル ブックセンター(書籍)
コミックから専門書まで良書厳選8万冊。コンピューターによる本の情報スピードガイドで、本の検索も簡単。まさに「知の宝庫」。

キャッスル 新星堂(レコード他ミュージックソース)
LPレコード2万枚!! ミュージックテープ8千本!! コンパクトディスク3千枚など、県内随一の規模。ミュージックフリーク集まれ。

キャッスル フォト(カメラと写真)
写真のある素敵な暮らしを演出します。カラー写真は55分仕上げ。

キャッスル ロックイン 新星堂(楽器・スタジオ)
エレキギター、フォークギター、ギターアンプ、シンセサイザー、エフェクターなど、プロのニーズに応える楽器の数々。スタジオ完備。

ソニックプラザ(オーディオとエレクトロニクス)
AV時代にふさわしい、音と映像の新次元を切り拓く先進のショップ。オーディオ、ビデオはもちろん、パソコン、周辺機器も充実。

コーヒーショップ ブラジル(喫茶)
お買物のあい間にちょっとひと息。炒りたてのコーヒーをどうぞ。

コミュニケーションボードで、情報交換を・・・。
いわゆる伝言板です。
売ります。買います。交換します。など、ご自由にご利用ください。お申し込みは1Fインフォメーションへどうぞ。

いまどき無料(ロハ)のコインロッカー。
つまり、早い者勝ちです。
大きな荷物はロッカーへ預けて、らくらくショッピング。投入した100円はロッカー使用後お手元へ。

催し物ご案内
「秋田大学美術科3年次展」●4月12日(金) ~15日(月)●会場:3Fキャッスルホール
「春の器」●4月11日(木)~16日(火)●3F特設会場●主催・保原屋

「キャッスル 新星堂」の「LPレコード2万枚!! ミュージックテープ8千本!! コンパクトディスク3千枚」という品揃えのように、この時代はまだアナログレコードとCDが混在していた時代で、1985(昭和60)年の時点ではLPレコードがその数を圧倒していた。ミュージックテープというのは音楽が録音されたカセットテープのこと。

ようやく値段がこなれてきたソニー製コンポ用CDデッキを購入し、始めてCDを買ったのが「キャッスル新星堂」だった。

クリストファー・ホグウッド指揮 エンシェント室内管弦楽団
バッハ:ヴァイオリン協奏曲集
録音・1981年ロンドン
発売・日本ポリドール、ディスクのみ西ドイツ ポリグラム製 ¥3,500

ところがこのポリグラム製CDが音飛びがする不良品で、交換することになった顛末が記憶に残っている。初期は不良品が多かったらしい。

キャッスルプラザ
▲1986(昭和61)年5月 新聞広告

山瀬まみ 歌とサイン会
ホリプロタレントキャラバンで一躍スター街道に躍り出た 山瀬まみがいよいよ秋田に!
5/29(木) 4:30pm ~ 3F コミュニティ広場

高橋アキ エリック・サティの世界
出演/高橋アキ(ピアノ)お話と演奏
6/5(木) 6:00p.m~
会場/ 3Fキャッスルホール
●入場無料●

小林旭 オンステージ
6月30日(月) 秋田キャッスルホテル
●第1部/午後5時30分開場●第2部/午後8時30分開場
●お一人様(税・サービス料とも)19,000円

父親の転勤で「秋田城南中学校」に在籍したことがある山瀬まみ。その父親が支店長を務めていた「森永レストラン」は、山瀬まみがプロモーションで来秋した1986年、「マルサンショッピングセンター」から「キャッスルプラザ」2階に場所を移し、南欧風レストラン「morinaga カプチーノ」の店名で数年間営業していた。

1986(昭和61)年3月、歌手デビューした山瀬まみのキャッチコピーは「国民のおもちゃ新発売」。この年リリースされたデビューシングル『メロンのためいき』の作家陣は、作詞:松本隆/作曲:呉田軽穂/編曲:松任谷正隆という豪華メンバーで、ホリプロの期待のほどがうかがわれる。呉田軽穂(くれだ かるほ)は松任谷由実のペンネーム。

「キャッスルホテル」ではまだ40代の小林旭によるディナーショー。

この時代、エリック・サティによる楽曲が、環境音楽として、ちょっとしたブームとなるが、その立役者が高橋アキであった。

シースルーエスカレーター
▲1986(昭和61)年6月 新聞広告

ビデオホール誕生!

3F・キャッスル新星堂店内に、100インチのビデオプロジェクター装備の本格的なビデオホール完成。
6/21(土) 2:00pm〜 MUSIC FLASH & 渡辺美里
6/28(土) 2:00pm〜 DAYS VIDEO CONCERT

 1986(昭和61)年6月「キャッスル 新星堂店」内にビデオホールがオープン。

キャッスルプラザ
▲1987(昭和62)年2月 新聞広告

3F 催しものご案内

THE BEE VIDEO CONCERT
2/28(土)PM 2:00 ~
TM NETWORK「TM VISION」
松岡英明「M's Design 1」

キャピタゴン・ビデオコンサート vol.14
「俺たちが、てっぺんだ。」
2/28(土) PM 3:00~
REACTION KAZUO TAKEDA & BOYS ON ROCKS
UP-BEAT「PRISONER of LOVE」

のりピーが来るぞ〜!
酒井法子●歌とサイン会
とき/3月10日(火)PM4.00~会場/3Fキャッスルホール
キャッスル新星堂にて酒井法子のシングル「男の子になりたい」をお買い上げの方にもれなく握手券とサイン色紙プレゼント。

80年代に入ると、多くのレコード会社が宣伝活動の一環として、各地のレコード店や小ホールにファンを集め、主に週末にプロモーション・ビデオを上映する「ビデオコンサート」をさかんに開催するようになる。

「キャピタゴン」はビクター主催、「THE BEE」はEPICソニー(現・エピックレコードジャパン)主催のビデオコンサート。

酒井法子 歌とサイン会は「キャッスル新星堂」主宰。山瀬まみ、高橋アキなどの物販がともなうイベントも同店が主宰したものだろう。

1985(昭和60)年に誕生したカルチャーフロアは「キャッスルプラザ」が「横浜そごう」の運営に変わった1991(平成3)年9月のリニューアルを前にして幕を下ろしたのは前回記事のとおり。

1985(昭和60)年から1991(平成3)年まで、約6年間つづいた「キャッスルプラザ・カルチャーフロアの時代」は丁度、バブル経済期と重なり合っている。

秋田キャッスルホテル
▲2010.05 キャッスルホテル

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1986 キャッスルプラザに透明エスカレーター登場

▲キャッスルのシースルーエスカレーター

秋田キャッスルホテル
▲2015.11

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

今回は「秋田キヤッスルホテル」広小路側の、サンルーム型シースルーエスカレーターのお話し。

1986(昭和61)年6月、その初期形態であるチューブ型シースルーエスカレーターが登場する。

シースルーエスカレーター
▲1986(昭和61)年 新聞広告

当時の「秋田キヤッスルホテル」(旧・秋田第一ホテル) 商業棟の名称は「キャッスルプラザ」(旧・秋田プラザ) 。「秋田プラザ」時代のことは文末の関連記事に。

シースルーエスカレーター

シースルーエスカレーター

知性が、ぐぐっと接近・・・。東北では新登場のシースルーエスカレーターは「知性のワンダーランド」3階への、とても便利な近道です。

ビデオホール誕生!
3F・キャッスル新星堂店内に、100インチのビデオプロジェクター装備の本格的なビデオホール完成。
6/21(土) 2:00pm〜 MUSIC FLASH & 渡辺美里
6/28(土) 2:00pm〜 DAYS VIDEO CONCERT

「知性のワンダーランド」とは、なんとも大袈裟なコピーだが、当時カルチャー・フロアであった3階へ直通する「東北では新登場のシースルーエスカレーター」の誕生と同時に「キャッスル新星堂店」内に「ビデオホール」オープン。最新のMVが無料で見ることができた。カルチャー・フロアの変遷などは後半で。

「キャッスルプラザ」の初期形態のチューブ型シースルーエスカレーターを製作するにあたって手本としたのは、1983(昭和58)年、東京都練馬区東大泉にオープンしたショッピングセンター「プラッツ大泉」のシースルーエスカレーターだろう。

シースルーエスカレーター
▲プラッツ大泉(西友 リヴィン オズ大泉店)

外壁を這うように配置された、SFチックなチューブ型エスカレーターが印象的だ。

チューブ型シースルーエスカレーターの起源をさかのぼると、1977(昭和52)年、パリに落成した「ジョルジュ・ポンピドゥー国立芸術文化センター」に到る。

シースルーエスカレーター
▲ポンピドゥ・センター

工事の足場が組まれまま残されたような外観の「ポンピドゥ・センター」の造形は当初、批判の的となった。

 
 
 
 
 
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Photo de fête ! @with_a_kayyy #CentrePompidou40

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▲「横浜そごう」との業務提携後サンルーム型エスカレータに

1991(平成3)年、チューブ型シースルーエスカレーターが現在のサンルーム型に改装される。

この年、経営不振がつづき、リニューアルを重ねていた「キャッスルプラザ」は「横浜そごう」との業務提携を開始。

それまでビル全体の運営を行っていた「秋田ビル」は、商業棟である「キャッスルプラザ」の運営を「横浜そごう」に委ねる。

「横浜そごう」100%出資の現地法人「秋田アレックス」を設立。「都心のセンスあふれるおしゃれなファッションスクエア」をコンセプトに全面改装。高級婦人既製服を中心とした品揃えで、1991(平成3)年9月リニューアルオープン。

それまでのチューブ型シースルーエスカレーターの外観がコンセプトにそぐわなかったためか「キャッスルプラザ」のリニューアルに際してサンルーム型に改装された。

それまで、書店、CDショップ、ソニーショップなどが入るカルチャー・フロアであった3階は、銘菓・日用品・寝装品・食料品・贈答品などを扱う「そごうギフトショップ」が大半を占めるようになり、目当ての店もなくなった自分は、ほとんど入館することがなくなってしまった。

「そごうグループ」の歴史を網羅したブログ「黒崎そごうメモリアル」に「横浜そごう」時代の「キャッスルプラザ」に関する記述があったので引用させて頂く。

株式会社「秋田アレックス」秋田県秋田市 資本金 2,000万円 「横浜そごう」子会社

キャッスルプラザ

キャッスルプラザ

1991年9月開館。6,823平米。秋田市中心部に位置するプレステージホテル「秋田キャッスルホテル」内のショッピングエリア。横浜そごうの子会社であるデベロッパー「秋田アレックス」が企画・運営していた。“サロン・ド・キャッスル”をコンセプトとしたハイグレードな店作りを展開。テナント数42店舗。モウワードブティック、ワールドキャビンなど。

ブログ「黒崎そごうメモリアル」より


▲キャッスルプラザ3階のテナント変遷

キャッスルプラザ(旧・秋田プラザ)3階のテナント変遷から、最初期と80〜90年代初頭を抜萃してみる。

1970(昭和45)年7月「第一ホテル・秋田プラザ」が入居する「秋田ビル」オープン。

開業当時「秋田プラザ」には衣料品の「辻兵」「森長」「佐々忠」菓子補「榮太楼」「かおる堂」駅前の「金萬」「マルシメ鎌田」「金鳥園」など、秋田市内の有名商店を中心に70店ほどが名を連ねたが、数年後にはその多くが撤退。

  • 開業当初、1970(昭和45)年の「秋田プラザ」3階テナント
  •  
  • ゲームセンター「金万遊園」(金萬)
  • お好み大食堂「○〆(マルシメ)鎌田」
  • 総合家庭用品「ボンマート」
  • 「なめかわカメラ」
  • 「タキタ美容室」
  • 「秋田プラザ家具部」
  • 和風レストラン「串一」
  • 催事場

まだカルチャー的なものは催事場だけだが、1階に「三浦書店プラザ店」が入居している。

1981(昭和56)年12月「秋田プラザ」を「キャッスルプラザ」と改名。

昭和60年代初頭「キャッスルプラザ」3階の催事場およびコミュニティ広場でアイドルによる物販、また「FM秋田」の番組「スプラッシュサウンド」の公開録音なども行われている。

  • 1986(昭和61)年5月「山瀬まみ 歌とサイン会」
  • 1987(昭和62)年3月「酒井法子 歌とサイン会」

父親の転勤で「秋田城南中学校」に在籍したことがある山瀬まみ。その父親が支店長を務めていた「森永レストラン」は、山瀬まみ来秋時、「マルサンショッピングセンター」から「キャッスルプラザ」2階に場所を移し、南欧風レストラン「morinaga カプチーノ」の店名で数年間営業していた。

  • 1987(昭和62)年3月「キャッスルプラザ」3階テナント
  •  
  • キャッスル ブックセンター
  • キャッスル 新星堂(レコード・CD・ミュージックテープなど)
  • キャッスル ロックイン 新星堂(楽器・スタジオ)
  • キャッスル フォト(カメラ・DPE・スタジオ)
  • ソニック プラザ(SONY製品 オーディオ・ビジュアル)
  • コーヒーショップ ブラジル
  • キャッスルホール(催事場)
  • ビューティーサロン・タキタ(美容・着付)
  • キャッツ(ファンシー雑貨)

カルチャー・フロアとして最も充実していた時期。のちに「ソニック プラザ」は店名を変えて保戸野学園通りに移転。「新星堂」は秋田市大町二丁目「ファッションアベニューAD」に移転する。

1・2階はブティック、雑貨など、大半が女性向けの店。

  • 1991(平成3)年11月「キャッスルプラザ」3階テナント(横浜そごう時代)
  •  
  • そごうギフトショップ キャッスルプラザ
  • ソシエ・レディスクラブ秋田(エステサロン)
  • シェイプアップスタジオ・ミューズ
  • キャッスルギャラリー
  • その他

「横浜そごう」が「キャッスルプラザ」の運営から手を引いたのち、1〜3階の商業棟は「キャッスルズアーケード」と改名。

2011(平成23)年の大幅なリニューアルで、2階が複数の医療施設で構成される「メディカルモール」となってからも、一部を「キャッスルズアーケード」と称していたが「秋田キャッスルホテル」のホームページを見ると、現在は「キャッスルズアーケード」の名は消え「秋田キヤッスルホテル 館内施設」に分類されている。現在のテナントは下記関連リンクに詳しい。

最後に、今ではほとんど使われることもなくなった、シースルーエスカレーターの画像を。

秋田キャッスルホテル
▲2019.09 三菱製エスカレーター

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

秋田キャッスルホテル
▲2019.05

エスカレーターの運行は2階まで、3階へ向かうエスカレーターは停止中。

秋田キャッスルホテル
▲2019.05 千秋公園を望む

秋田キャッスルホテル
▲2006.12

向こう側に「木内」の側面。上掲画像に写る 1991(平成3)年の改装時に設置されたシャンデリアは今、取り外されている。

秋田キャッスルホテル
▲2018.12

秋田キャッスルホテル
▲2019.10

秋田キャッスルホテル
▲2018.09

秋田キャッスルホテル
▲2010.05

秋田キャッスルホテル
▲2015.10

秋田キャッスルホテル
▲2016.04

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1979「住友生命秋田ビル」に「パルナス」オープン

▼マルナカ跡地・まぼろしの「秋田中三デパート」計画

1979(昭和54)年3月、秋田市中通二丁目の中央通り沿いに「住友生命秋田ビル」竣工。

●地下1階、地上11階建
●設計/(株)日建設計
●施工/戸田建設(株)

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲2009.03

「住友生命秋田ビル」(現・山二ビル) が建つ、十字路の角地はもともと、秋田市内にチェーン展開したスーパーマーケット「マルナカ」(旧名・秋田中央市場) の創業地であった。

「マルマカ」本社が大町一丁目(旧・上肴町)に移転した跡地および、東隣の「河北新報秋田支社」跡地を、1971(昭和46)年、青森に本社を置く「中三百貨店」が買収。

地下1階、地上8階、塔屋4階のデパートを計画するも、市場調査の結果、採算を見込めないと進出を断念。1972(昭和47)年に用地を転売屋に売却する。


▼「住友生命秋田ビル」に「パルナス」誕生

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲新聞広告

地上41メートルにも春風。街の流れが変わります。
“住友生命秋田ビル”中央通りに完成

見えてきた。見えてきた。
3月10日。住友ビルに、「パルナス」誕生。
美しくなるための冒険ではない 自分をひとつのカラに閉じ込めない
自分自身の生き方を大切にする人々の集う、新しいクオリティ・ライフ・ゾーン
PALNAS SUMISEI SQUARE

「住友生命秋田ビル」は当初、全館オフィスビルとして設計されていたが、中央通り商店街の商店主らの要請と「秋田市商店街連合会」のサポートにより、一部を店舗として開放することを決定、着工間際になって設計を大幅に変更することに。

地元商店主らの意図は、商店街として成熟した秋田駅前・広小路に対し、損保会社や金融機関が多く、ショッピングゾーンとしての魅力に欠ける中央通りの集客力を高めること。

こうして、1・2階が女性をターゲットとしたショッピング・スペース、その片側にオフィス棟を載せた逆L字形の下駄履きビルが誕生した。

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲新聞広告より

有馬晴彦とデキシージャイブ
秋田で初公開のデキシーミュージックで始まるオープニング。街頭演奏の華やいだ雰囲気が、道ゆく人の心も、街もはずませます。赤いオープンカーによるパレードをお楽しみに!! あさってが晴れでありますように。(雨天の場合、パルナスの前で演奏いたします。
★ラッキー・フラワー・プレゼント
当日、各テナント・店頭のフラワーワゴンのお花をお客様に差上げます。お花の中にラッキーカードが入っていて、当たった方には素敵なプレゼントをいたします。

1F
●SPACE SHOP JIN KIKKAWA
●プルミエール 新樹
●ELDIER マツヤ
●化粧品・輸入雑貨 ベルモア
2F
●宝石・時計 オノ宝飾
●きもの 有坂
●毛皮 エンバ
●ワコールファッションショップ チルチル
●ロイヤル・コペンハーゲン・ティー ヒラノ
●Rチェーン ルイ美容
●ブティック マツヤ アマール

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「パルナス」跡 2010.11

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「パルナス」跡 2012.06

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「パルナス」跡 2019.08

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲新聞広告より オフィス棟・入居テナント

開業当初のテナントで 2019年8月現在も入居しているのは「住友生命秋田支社」「ジャックス」「東北ダイケン」。

鳴り物入りでオープンした「パルナス」であったが、80年代後半からテナントが撤退しはじめ、1987(昭和62)年の時点で1階は空き家、2階に「ルイ美容室」と「毛皮エンバ」が残るのみ。

数年後、完全に空き家となった1・2階の「パルナス」跡に「住友生命秋田支社」が上階から移転。

やがて「パルナス」の誘致を進めた「秋田市中央通り商店街振興組合」は解散。その原因は役員による組合費の横領が発覚したためだとか。

前回記事のとおり、2013(平成25)年「住友生命秋田ビル」が「山二ビル」に改称。同ビルのシンボルツリーであった、前面のケヤキ並木が伐採される。

2019(令和1)年11月、レンタルオフィス事業を展開する外資系企業「日本リージャスホールディングス」が「山二ビル」6階に「リージャス秋田駅前センター」を出店。シェアオフィス・レンタルオフィスを開設。

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「山二ビル」(旧・住友生命秋田ビル)  2019.09

山二ビル(旧・住友生命秋田ビル)
▲「山二ビル」(旧・住友生命秋田ビル) の裏側は「アトリオン駐車場」

| 昭和・平成ノスタルヂア・秋田 | 08:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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