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二〇世紀ひみつ基地

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醤油の「田中屋」とライブハウス「田中屋」のこと


大町三丁目「田中屋」大正期か?

秋田市大町三丁目にあった「田中屋」は、元禄五年(1692)創業という歴史のある老舗の醤油醸造販売店で、醤油のほかに味噌、酢、漬物なども製造し、戦前は県内を始め東京、青森、北海道、朝鮮までも販路を広げていた。

創業時の建物は明治十九年の俵屋大火で焼失したが、じきに旧状に復元。秋田の町家の特徴である切妻屋根をかけた妻入の町家は、今ならば間違いなく文化財クラスの保存対象建築である。

玄関の暖簾にみえる「○に太の商号」は、代々襲名された田中太吉の名前から。立派な屋根付きの「志やうゆ・醤油」の看板は天保五年(1834)製。当時秋田に住み寺社の彫刻で名人として知られた池長の作で、揮毫は秋田の豪商・長谷川勘兵衛。ブルーノータウトが絶賛したという名物看板で、現在は県立博物館に収蔵。切妻の屋根には防火用の天水桶(てんすいおけ)がある。


「田中屋」看板


明治三十五年・書籍広告


明治四十二年・新聞広告

「田中屋」の建物が解体されたのが昭和四十五年頃、その跡地に、昭和四十七年(1972)、協働社の浅利社長が協働社大町ビル(現・協働大町ビル)をオープンさせる。


協働大町ビル 2007

オープン当時、一階の突き当たりには、暴力団の経営と噂されていたディスコ「夜光虫」が怪しい光を放っていた。一階で覚えているのは「夜光虫」のほかに、「喫茶エルザ」「藤原書店」、そして、旧「田中屋」の経営する、ライブハウス「田中屋」。「田中屋」は秋田に於けるライブハウスの草分け的存在であった。

昭和五十四年(1979)三月、二日間にわたり、友川かずき(現・友川カズキ)がライブを行い、その音源を元に、初のライブ盤「犬 友川かずき秋田コンサートライブ」が制作され、七月にキングレコード(ベルウッドレーベル)からリリースされた。生々しく濃厚なライブ感をともなったこのレコードをベスト盤と評価するファンが多い。

盲目のシンガーソングライター・長谷川きよしが全国のライブハウスで録音した音をまとめて、昭和五十五年(1980)リリースした二枚組アルバム「風織るまちを過ぎて」の冒頭にも、「田中屋」でのライブ音源が使われている。



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「田中屋」跡

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