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開封された日時計タイムカプセル


秋田市八橋運動公園・日時計タイムカプセル

除幕式から30年目にあたる、昨年の「時の記念日」 (6月10日)に、開封式を挙行する予定が、既報のように諸事情で延期になっていた、秋田市八橋運動公園の日時計モニュメントの台座部分に封印されていたタイムカプセルが、この8月15日、当時の八橋小学校生を集めて、ようやく開封された。


河北新報・朝日新聞 web 版より

31年前思い出鮮明 タイムカプセル開封 秋田

 秋田市八橋運動公園で15日、1977年に八橋小児童の作文などを入れて封印されたタイムカプセルの開封作業が行われ、卒業生らが31年前の思い出に浸った。

 秋田県時計宝飾眼鏡商業組合連合会が市に寄贈し、運動公園内に設置された日時計の内部に、当時1~6年生が書いた作文や絵の一部を収納した。満30年の昨年に開封する予定だったが、連絡が取れない卒業生が多く、延期されたという。

 卒業生とその子どもら約50人が見守る中、ガラス瓶に詰められた作文や絵が取り出された。作文は入り込んだ水で紙がふやけ、文字の判読が難しくなっていたが、聞き覚えのある名前が読み上げられる度に、歓声がわき起こった。当時の市長の名刺や写真、八橋小職員名簿なども出てきた。

‥‥中略‥‥

 カプセルの封印作業にも携わった連合会事務局長の岡部司さん(65)は「開ける瞬間に立ち会うとは思わなかった。集まった人たちの笑顔を見て、31年越しの宿題を終えたような気分だ」と話した。
2008年08月16日土曜日

河北新報 web 版より

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asahi.com:タイムカプセル、個人情報保護乗り越え開封式



| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 21:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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三十年目の日時計タイムカプセル


秋田市八橋運動公園

昨年記事にした、秋田市八橋運動公園の日時計。その台座部分に封印されたタイムカプセルは、昭和五十二(1977)年の除幕式から三十年目にあたる、今年の「時の記念日」 (六月十日)に、第一回目の開封式を迎えることになっていたが、諸事情で延期になってしまった。

タイムカプセルには、八橋小学校児童の絵と作文が含まれているため、モニュメントを設置した、県時計貴金属眼鏡商組合連合会は、タイムカプセルの開封にあたって、八橋小学校に当時の児童を照会したところ、個人情報保護の観点から開示を拒否されたという。なんともせせこましい世の中になったものである。学校の立場も判らないでもないが、もっと柔軟な対応ができないものだろうか。

‥‥‥岡部司事務局長は「当時小学生だった人に集まってもらいカプセルを開けたい。心当たりのある人はぜひ連絡してほしい」と呼び掛けている。

問い合わせは同会事務局(オカベ時計メガネ店内)TEL018・833・8558

『さきがけonTheWeb』2007/06/06 より

新聞記事や、そのWeb版を見た海外在住者をふくめて、当時の児童と関係者から多くの連絡があったという。しかし、現時点では連絡が行き届かず、人数を集めることができないため、「時の記念日」にこだわらずに、今年中のなるべく早い時期の開催を目標にして準備中とのことであった。

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日時計タイムカプセル、開封へ 30年前の八橋小生連絡を

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| 昭和ノスタルヂア・秋田 | 13:00 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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西暦2077年の日時計


秋田市八橋運動公園

八橋運動公園に「小原型精密日時計」が設置されてから約三十年の時が流れ、今ではその存在に気を止める人も少ない。

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この日時計モニュメントは、昭和五十二(1977)年、秋田県時計貴金属眼鏡商組合連合会が、時の記念日の行事として秋田市に寄贈したもので、その年の時の記念日(六月十日)に除幕式が執り行われた。

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日時計の台座部分には、タイムカプセルが収納され永い眠りについている。その中身は、市勢要覧、統計抜粋、広報あきた、都市計画図など市関係の書類。市長、議会議長の写真と名刺、東中、南中、東中の校舎の写真、市街地の航空写真。八橋小学校児童の絵と作文。腕時計、電子計算機、万年筆、ボールペンなど。それらを、500グラムの広口瓶十五本に詰め、松ヤニを主成分とした特殊糊で密閉し台座に納めた。

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設計者は日時計作家の小原銀之助。小原は独学で天文学を駆使した時差表を作成、五分刻みの精密日時計を開発し、「世界でいちばん正確な日時計作家」としてギネスブックにも載った日時計の権威。設置地点は海外も含めて約四百カ所におよぶ。昭和五十八年、八十四歳で逝去。

台座のプレートには、小原の文章が刻まれている。

太陽が人間に「時」を教えた

人間が起きて働いている間も、夜、寝て休んでいる間も時は絶えず流れてやまない。時には形がない。しかし誰にも時がたってゆくことはよく感じられる。

人類は太古の昔にこのとりとめもなく流れる時に区切りをつけた。それが時刻である。時刻をきめるのには正しくくりかえされる何かのよりどころが必要であった。原始人はこれを太陽に求めた。朝、太陽が東の空に顔を出し、夜西の空に沈む。これを一日とし、一日をまたいくつかに分けた。今が何時かというのは太陽の位置でわり出す。そしてつかみどころのない広い広い大空、そこを動いてゆく太陽の位置を、そのつど決定し、時刻をきめる役をするのが日時計である。

地面に棒を立てると、太陽が西へゆくにつれて棒の影も動く。太陽と地球との動きに狂いがない限り棒の影は刻刻正しく動き、正しい時刻を示し、日時計となる。人間は大昔にこの事実を発見し、そして現代においてもこの原理に従った時刻法を世界各国が用いている。日時計は最も原始的でしかも科学的な天文時計である。

この日時計の影はこの地の正しい時間で、すなわち真太陽時であるが、腕時計などの日本標準時にするには時差表グラフを見てください。

精度は五分きざみという世界最高です。日出、日没の方位角、その時刻、またその日の太陽南中高度などの天文現象を表し、非常に正確な八方位に続いて内部の都市山岳岬などの方角も示した。

取付けた地球儀は、太陽の光により地球全体に現れる時刻の移り、朝、昼、夕、夜、北極・南極の白夜の現象など、また地球の自転・公転を知ることにもなり、世界随一の天文学的日時計である。

台座の空洞内にタイム・カプセルが収納されている。

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当時の秋田市長・高田景次による揮毫

人類が滅亡しても太陽が消滅しないかぎり日時計は永遠に時を刻みつづける。

タイムカプセルの開封は、除幕式から三十年後、五十年後、百年後の時の記念日を予定しているという。来年はふたたびこの日時計が脚光をあびることだろう。そして百年後の2077年の時の記念日、そのときこの世界は一体どうなっているのだろうか。

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