二〇世紀ひみつ基地

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ビル屋上のビッグベビーは北方を指差す

秋田市・赤ちゃんビル

かつての映画館街・有楽町通りを南進、下新橋交差点を楢山表町方向に左折してすぐ、楢山登町に建つビル屋上に、デカい赤ん坊が鎮座している。

秋田市・赤ちゃんビル

ビルの角で足を投げ出し、北方を指差して座る姿が、ずいぶんと危なっかしい。

ビル名は「赤ちゃんビルディング」。

当方が始めて赤ん坊を確認したのが 2017年3月。以前は白い外装だったが、ビルのオーナーが変わったのか、現在の暗灰色に塗り替えたとき、シンボルとして赤ん坊を設置し、名称を「赤ちゃんビルディング」と変えたのだろう。

2018年8月時点、テナントとして「青い鳥のレストラン」洋風居酒屋「クリスタル・ガーデン」毛筆パフォーマー佐藤佳奈さんの「毛筆デザインオフィス フデサイン 」が入居。

ビル右隣の空き地は「伊藤畳店」跡地。ビル後方(南隣)にあった長野不動産の「ながのスカイプラザ」は廃業して今は更地。

ビルの西側角地にあるガソリンスタンドの六割ほどを占めて建っていた「秋田キャピタルホテル」は、倒産後に廃墟となるが、その話はまたいつか。

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看板撤去せよ!新種の落書きと地図看板商法

違法看板撤去せよ
▲2018.09

秋田市大町四丁目、四丁目小路と赤れんが館通りが交差する角地、駐車場のフェンスに設置された地図看板に、マジックインキで「無許可のこの看板撤去せよ!」の文字。ちょっと不気味だ。

詐欺まがいのセールスや押し売り行為で度々トラブルとなる(実例は巻末の関連リンク先に)地図看板。設置が容易なことから、駐車場などのフェンスでよく見かけるが、そのほとんどが無許可の不法設置。

地権者か管理会社が抗議のために「撤去せよ!」と書き込んだのでは?と最初に思ったが、調べると同様な案件が、この数ヵ月間に各地で広範囲に発生していた。

Twitter 検索すると、2018年5月の場所不明な報告を始めとして、7月に入ると一気に「撤去せよ!」関連 Tweet が増加。

報告された場所は、東京、埼玉、仙台、福島、山形など。

同業者のいやがらせか、業界に遺恨を抱く者の犯行か、義憤に駆られた個人もしくは組織による行為か、いわゆる愉快犯の一種か、最初の実行者を模倣した物件もあるのか。いずれにしろ、路上観察の対象としては興味深い。

落書きは器物破損罪にあたる。一般の野外広告物への書き込みであれば通報もできようが、それが違法看板の場合、設置業者が発見しても、うしろめたくてとても通報はできない。その点では痛いところを突いている。

スマホが発達した現代において、店舗の地図看板はもはや無用の長物。見向きもされない。ただし、落書きされた当物件を設置した業者の看板にはQRコードがプリントされ、しょぼいウェブサイトに店舗の情報が記載されている点で、旧態依然とした業界の中にあってはニューウェーブといえる。

違法看板撤去せよ
▲2011.05

「撤去せよ!」地図看板を見つけた駐車場は、1879(明治12)年に創業した呉服店「加賀正」の創業地。1970年代にキャッスルホテルの裏、仲小路にビルを新築し移転。その後「加賀正」跡地は同社経営の駐車場になっていた。2015(平成27)年の「加賀正」破産後、市内の不動産業者が管理している。

上掲画像の2011年5月時点で4枚の違法地図看板が確認できる。

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秋田県民会館跡・発掘現場に明治の遺構現る

秋田県民会館解体
▲秋田県民会館解体工事 2018.06

秋田県と秋田市が提携して整備する新文化施設建設のため、2018(平成30)年5月に閉館した「秋田県民会館」の解体工事が進んでいる。

秋田県民会館・東海林太郎胸像
▲県民会館下ポケットパーク 2018.06

県民会館の下、東海林太郎の胸像があるポケットパークも建設工事にともない撤去され、胸像はアトリオン一階に一時移転。

秋田県民会館・埋蔵文化財調査
▲県民会館下ポケットパーク跡 2018.07

当地は佐竹氏の重臣・渋江内膳の屋敷跡のため、県民会館周辺において、埋蔵文化財発掘調査を開始。

秋田県民会館・埋蔵文化財調査
▲県民会館下ポケットパーク跡 2018.08

柵の外から発掘現場に目を凝らすと、ポケットパーク跡の地層が現れた断面の上に、なにやら煉瓦の残骸が・・・・・・。

秋田県民会館・埋蔵文化財調査
▲2018.08

アスファルトに覆われていた土中から出現した煉瓦積みは、明治・大正期の文化施設「秋田県公会堂」正門の門柱を支えた土台に違いない。

過去記事で言及したように、ポケットパークの一部にかつて「秋田県公会堂」正門に通じる階段が存在した。

秋田県公会堂
▲秋田県公会堂・明治40年代の絵葉書

秋田県民会館
▲県民会館下ポケットパーク 2006.05

秋田県公会堂
▲秋田県公会堂・明治40年代の絵葉書より(部分拡大)

門柱の上に球形ガラスで覆われたガス灯が乗っている。

秋田県公会堂
▲秋田県公会堂・明治40年頃の絵葉書より(部分拡大)

大小4本の門柱と金属製らしき門扉と両翼の柵。門柱の下部に煉瓦らしき土台。その上部のアクセントも同じ煉瓦のようだ。

ポケットパーク跡の発掘現場では、遠目に大小3本の煉瓦積み土台の痕跡を確認。それを見つけたとき、思いも寄らぬ近代建築遺構の出現に胸がときめいた。

秋田県民会館・埋蔵文化財調査

中土橋通り▲秋田県公会堂と中土橋通り・明治40年代の絵葉書

上掲画像は「秋田県公会堂」裏門と中土橋通り。左手が現在の県民会館入口付近。中土橋通りに大きく突出する第二土塁(土手)に、手前の第一土塁上の樹木が影を落としている。

第二土塁の裏に、秋田の武道館「大日本武徳殿」その奥に「明徳小学校」が並ぶ。

「大日本武徳殿」は戦後、警察の武道場となり、その跡地に「旧・平野美術館」(旧・県立美術館)落成。「明徳小学校」が移転した跡地には「市立図書館・明徳館」が開館する。

以前にも書いたように、中土橋通りに突出した土塁は久保田場内に敵が侵入するのを防いだ要害のなごり。

穴門堀に面した県民会館南側の第一土塁も同様に中土橋通りに突き出し、左右から互い違いにS字型の「互い土手」を形成していた。

上掲の明治写真を撮影したカメラマンは、県民会館南側の第一土塁(S字の下部)上に三脚を据え、見下ろすようにシャッターを切った。

秋田県民会館・中土橋通り
▲県民会館入口と中土橋通り 2008.11

上掲画像右端「旧・平野美術館」(旧・県立美術館)前に第二土塁の残骸が残る。

※中土橋通りに存在した要害と、旧鷹匠町に一部が現存する「互い土手」については巻末の関連記事を参照のこと。

秋田県公会堂
▲秋田県公会堂裏門付近・明治40年代の絵葉書より(部分拡大)

千秋公園へ向かう日傘の女性と紳士、その奥に着物を着た男児。第二土塁の突端で人夫らしき男が腰を下ろして一服している。

横道にそれた話を元に戻すと、上掲画像左手、坂道上の「秋田県公会堂」裏門は正門と柵でつながっていた。

東宮(皇太子時代の大正天皇)御成婚記念事業として、1904(明治37)年に落成した「秋田県公会堂」は、1918(大正7)年4月、惜しくも焼失。

「秋田県公会堂」の正門と内堀側および中土橋通り側に延びる柵は、1918(大正7)年の消火活動で破壊されることなく残る。

秋田県記念館
▲秋田県記念館入り口付近・大正期の絵葉書

「秋田県民会館」入口付近を「秋田県公会堂」焼失後に撮影した写真。右手に「秋田県記念館」(秋田県民会館の前身)。

千秋公園・中土橋通り
▲県民会館入口付近 2007.10

秋田県記念館
▲秋田県記念館入り口付近・大正期の絵葉書より(部分拡大)

昭和初期にJOUK秋田放送局の「ラジオ塔」が設置され、最近まで「秋田県民会館」駐車場と機材搬入口があった付近を拡大すると、すでに裏門は無いが、その奥に「秋田県公会堂」正門が確認できる。

昭和6年頃に中土橋通り側を撮影した写真で、柵が消えていることを考えると、大正末から昭和初期にかけて「秋田県公会堂」正門が撤去されたのではないだろうか。

その後も正門が残ったと仮定すると、大東亜戦争中の金属不足のとき、金属製の門扉と周囲の金属柵が供出され、残って不要となった門柱が撤去された可能性も否定できない。

秋田県公会堂

上掲画像を「人工知能による自動色付け」を施したあと、手動で補正・加筆。まだカラー写真が普及していない時代のため、建物の色彩は想像に過ぎない。

2018年9月20日「秋田魁新報電子版」が「秋田県公会堂」門柱土台の発掘に関する記事を掲載。下記リンク先を参照のこと。

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秋田大学構内・校章入マンホール蓋・トーロー印

秋田大学構内マンホール蓋
▲穴径 600mm

排水器具メーカー「大阪ドレネージ工業株式会社」(現・ダイドレ株式会社)製の鋳鉄マンホール蓋。

秋田大学構内マンホール蓋

同社マンホールに特有の地紋「四つ剣菱」模様の中央に、蕗の葉に“大学”の文字を配した秋大の校章、その上に小さく、大正時代からつづく同社の伝統的ロゴマーク「トーロー(灯籠)印」がある。

秋田大学構内マンホール蓋
▲穴径 300mm


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