二〇世紀ひみつ基地

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稀代の表現者ちあきなおみ&友川カズキ

ちあきなおみ 夜へ急ぐ人 1977

1977年の紅白歌合戦に出演した歌姫 ちあきなおみ の、女の情念を演ずる狂気をおびたパフォーマンスに、一家団らんでなごやかな大晦日をすごす全国の茶の間が凍りついたその曲は、友川かずき(現・友川カズキ)がちあきの依頼でつくった「夜に走る人」。歌い終えたあと白組司会者の山川静夫が発した「なんとも気持ちの悪い歌ですね〜」のコメントともに、今も語りぐさになっている伝説のシーンである。

ちあきなおみ 夜へ急ぐ人 フルバージョン
[サビ]
かんかん照りの昼は怖い
正体あらわす夜も怖い
燃える恋程 脆い恋
あたしの心の深い闇の中から
おいで おいで
おいでよ する人 あんた誰

[台詞]
ネオンの海に目を凝らしていたら
波間にうごめく影があった 
小舟のように あっけないそれらの影は 
やがて哀しい女の群と重なり 
無数の故郷と言う 
涙をはらんで 逝った

Kazuki Tomokawa > photosより

よみうり放送の深夜番組「11PM」に生出演し「生きてるって云ってみろ」を唄う友川の姿を、ちあきが偶然に見たのをきっかけとして、友川がちあきに提供した八曲ほどの歌は「夜へ急ぐ人」のような人間の内面をえぐりだす重い詩が多いのだが、なかにはこんな郷愁をさそう優しい曲もある。

ちあきなおみ 祭りの花を買いに行く
祭りの花を買いに行く 作詞作曲・友川かずき

祭りの花を買いに行く
村の鈴木商店へ
木々はさえざえと天にあり
祭りの花を買いに行く

いつもの顔いつもじゃない顔
子供もよそゆき おべべ着て
かごめかごめを唄ってる
祭りの花を買いに行く

上の姉やには ブルースター
チーの姉やには 山ききょう
祖母のミヤには 夏小菊
祭りの花を買いに行く

年に一度の無礼講
たいこや笛も鳴りやまず
いずれも浮かれて 赤ら顔
祭りの花を買いに行く
友川が生まれた八竜での、遠い日の記憶をベースに描かれたと思われるリリカルな曲。本人の歌う「祭りの花を買いに行く」もまた良い。

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天才表現者ちあきなおみは今も尚我々の前に屹立する
友川とちあきなおみの関わりについて

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古川堀端通り龍神前・定点観察


古川堀端通り 2007.06


古川堀端通り 2009.11

よもや変わるまいと思っていた見慣れた風景・街並も、世間の諸事情で変化することもある。

秋田署の裏、古川堀端通りに鎮座していた「雄柳大龍王尊神社」の跡地に、大町通りで営業していた「チーズ&ワイン アベ」が新築移転。大町一丁目、サンパティオ大町の筋向かいにあった旧店舗の前身は、よく買い物をした「ジーパンのドン・大町店」。





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友川カズキ主演映画・ベスト音楽映像賞受賞!



コペンハーゲンドキュメンタリー国際映画祭(CPH:DOX 2009)にてワールドプレミア上映された、ヴィンセント・ムーン監督による、友川カズキ主演ドキュメンタリー La Faute des Fleurs(邦題:花々の過失)が、Sound and Vision Award を受賞。

Modest Launch > 友川カズキ
Modest Launch > 『 花々の過失 』がCPH映画祭でSOUND & VISION AWARDを受賞!
Modest Launch > パリ、そしてコペンハーゲンへ その3

Modest Launch » 友川カズキ ドキュメンタリー映画『花々の過失』( 2009年 )



LA FAUTE DES FLEURS - a portrait of Kazuki Tomokawa - a set on Flickr
ヴィンセント・ムーンによるスチール写真多数

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秋田広小路モノレール計画・昭和30年代


トッパンの愛児えほん『はしれのりもの』(昭和30年代発行)より

昭和41年の市電(秋田市営電車)廃止を前にした昭和39年(1964)、市電に変わる交通網として、秋田市内のデパート業界間でモノレールを導入する計画が持ちあがった。

「協働社ビル」の浅利社長と「新秋田ビル」の北林社長が中心となって構想した計画は、秋田駅二階のステーションデパート・木内・協働社・新秋田ビル・本金のそれぞれの屋上をモノレールで結び、駅前から広小路・大町を一大ショッピングセンターにし、三、四年後には市内の商店街を空の交通で結び、将来的には市内を縦横に走らせようというもの。


淡色文字は昭和40年以降の商業施設


秋田市街モノレール計画 1964
距離1.048km

1 ステーションデパート
2 木内デパート
3 協働社ビル
4 新秋田ビル
5 本金デパート

しかし、支柱を建てるスペースの確保が難しく、上空をさえぎって走るモノレールは、住宅や商業施設の密集した市街地には適さない交通機関。秋田空港が新屋から雄和に移転した80年代に、市街地と新空港を結ぶ新交通システムとして、モノレールを導入する計画があったが、同様に実現するには至らなかった。


木内デパート屋上から大町方向を望む・昭和三十年代

さいわい橋をわたると「秋田名店街」入口、大町通りにそびえる本金タワー。まだ「新秋田ビル」は建っていない。


ランドマーク秋田(旧協働社ビル)から新秋田ビル、さいわい橋 06.03

広小路の突きあたりから旭川を渡り川反に抜ける「さいわい橋」はもともと、昭和36年(1961)、先代の辻兵吉が「秋田名店街」(現・AD)をつくったとき、広小路と「秋田名店街」を短距離で結ぶために架けられた私設橋で、現在よりも少し川下(南側)に位置し橋幅が狭かった。昭和40年(1965)、橋を渡った場所に「新秋田ビル」竣工、現在はブティックが入居するビル一階部分に開けられた通路を抜けると、正面に「秋田名店街」の入口があった。

「新秋田ビル」オープン当時の入居者は、地階に「茶の間」「鳥吉」「なぎ」「銀寿し」「りんでん」など飲食店。一階のファッションフロアに「杉」「ササキ」「ミウラ」。三・四階「農林漁業金融公庫」。四階「日立製作所」「住友火災海上」「千葉歯科医院」。五階「高千穂交易」「北林道場」(柔道場のちに日本拳法道場)。

現在は地階に「関西割烹・三四郎」、一階のブティック、二階に「ほくと商事」など、上階はほとんど空き部屋のようだ。

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